4 ハントストンへ
「お2人さん、起きてくださいっす」
運転手の声に起こされたレオンとレフラ。窓を見るとまだ暗い。
「ん、あれ………まだ夜じゃない」
「タバリは山の陰になっているから、日の出が遅いんす。フリースの村はもう朝になってるっすね。朝ご飯食べたら荷物しまいますよ」
運転手はテキパキと片付けていく。遅れてレオンも起きて、レフラとともに朝食をとった。昨日の夜に組んだ予定を運転手に伝える。
「ベストは尽くしますが、やっぱり3日は見てもらった方がいいっすね」
「ベストって言ったって、あんたはただ運転してるだけじゃないの?」
「まぁ、そうなんすけどね。何かあった時はよろしくっす」
「さぁ早く行くぞ。こうしている間にも時間は過ぎていく」
3人はトラックに乗り込むと、タバリを出てハントストンへ向かった。
タバリを発ち数時間走り続ける一行。最初の時と同様、レフラが真ん中に座り、レオンが窓側に座っている。昨日と変わって今日は曇り空が広がり、天気は芳しくない。
この地域は晴天であることが多く、雨はおろか曇りになることはそうそうない。むしろウィリア方面の方が雨は降り、それ以外のところはほとんど雨が降らない。よって今レオン達のいるところで曇りになるのは珍しいことだ。
「これってもしかして雨降るの?」
「雲の色からして降りそうだな。荷台は幌が張ってあるから大丈夫だろう」
「穴が空いてなきゃいいけどねっ」
「穴なんて開いてないっす」
そんな冗談を言いながら快調に走っていく。
しばらく走ると再び分かれ道に突き当たった。右に行けばハントストン油田、左に行けばポトロコ方面。トラックは右に曲がりハントストンへ向かう。曲がってすぐに対向車が走ってきた。こちらと同じくトラックだった。すれ違いざまにお互い停止し窓ガラスを開ける。
「あんたら油田に行くのか?」
「そうっすけど」
「あそこな……、いま魔族が来てるんだわ」
「なに!?」
「どうして今なの!?」
「さあな。たまたまだろうよ?時々来てるからなー、あんたらの運が悪かったんでないの?ハハハ」
想定外の事だった。今回の計画は、当然の事ながら魔族に知られるわけにはいかない。魔族に見つからない様に石油を調達したとしても、ハントストンを出る方法を探る必要がある。今回の任務のハードルが、一気に上がった。
「せめて言えることは、事前に知ることが出来て良かったということか」
「事前に知ったとしても、どの道油田に行かないと石油は手に入らないのよ?」
「このまま行っても大丈夫っすよ。僕商人なんで」
「でも魔族に見つかるんじゃない?」
「なるほど、商人は顔が利いているからここに来たとしても変に怪しまれない、と」
「そういうことっす」
「じゃあ私たちは?商人でも無いし、顔も利いてないわよ?」
「大丈夫っす。考えがあるっす」
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トラックはハントストン村の入り口に着いた。先ほどの情報通り魔族がいた。どうやら検問をしているようだ。
トラックの列があり一台一台チェックをしている。自分たちの番がやってきて、2人の魔族が両側から車内を覗き込んできた。いろいろと運転手に質問をする魔族。
「1人か?何の目的でここに来た?」
「石油の備蓄がなくなってきたので補給しに来たっす」
「荷物の確認をするぞ」
「いいっすよ」
魔族は荷台に上がり中を確認した。運転手も荷台に上がる。特に怪しい物はない。荷台の幌の中で話をした後に下りてくる。
「よし、通れ」
トラックは検問を通過してハントストン村に入っていった。
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<少し前>
「ここっす。2人ともここに隠れるっす」
そこは幌とか工具や道具、スコップや車輪止めなどが入れられている備え付けの工具箱で、一応は人が入れそうなほどの大きな容量はあった。運転手は中に入れていた道具を出し、簡単に埃を払った。
「ここならまず見つからないっす」
「こんな狭いところに2人も入るか?」
「大丈夫、なんとかなるっすよ」
まずレオンが先に入り、その上に覆い被さるようにレフラが入った。運転手は上蓋を閉めるが、レフラの背中が少し出っ張っていて閉まらない。
「レフラさんもっと低くしてくださいっす」
「ちょっと待ってね」
少し体を浮かせていたレフラはレオンの体に体重を預けた。これでなんとか閉まり、その上に取り出した道具を乗せる。ついでに旅荷物も乗せていく。
「………真っ暗だな。レフラ、苦しくないか?」
「私は大丈夫よ。でもこんなに密着する事になるなんて思わなかったわ。それよりレオンは大丈夫?」
「オレは大丈夫だが、お前意外と重たいんだな」
レフラはレオンの脇腹をつねった。いたたたたっ!と悶えるレオン。
「蓋に押されて重たく感じるのよ。ってか女の子に対して失礼じゃない?こういう時は『思ったより軽いね』とか気の利いた事を言うもんでしょ?」
「いや、言わない」
トラックが動き出した。振動に揺らされる2人。ほこりが少しぱらぱらと落ちる。真っ暗で窮屈な中、レオンに抱きつく体制になっているレフラ。彼女の耳にはレオンの心臓の鼓動が聞こえ、体温も伝わってきている。
反射的にレオンの服を握りしめていた。ガタンと1~2回揺れてレフラの体がレオンの横へ落ちそうになる。レオンはレフラの両肩を掴み安定させた。
「あ、ありがとう………」
「どうした?怒ると思ったが、急にしおらしくなったぞ?」
「何でもないわよ。ばかっ」
振動が止まった。着いたのかと2人が思った時、足音が聞こえてきた。1人だけじゃない。2~3人くらいか、話し声が漏れ聞こえてくる。
「…………は………、見さ………………な?」
「……………………っす」
「どこ……………んだ?」
「タ………っす」
(運転手はタバリから来たって伝えているのか)
断片的に聞こえてくる会話から、何を話しているのか何となく読み解くレオン。レフラも何となく分かっているようだ。物を漁る音も聞こえる。あまり探されると、ここも見つけられる可能性もある。いかにしてやり過ごすか運転手にかかっていた。
「…………………………………」
「………………………………………」
「…………………………」
「……………………………………………」
途中から話し声が聞こえなくなり、やがて荷台から下りる足音が聞こえた。どうやらうまく行ったようだ。
トラックは再び走り出し、右に左に振れられる。しばらく揺られて止まった。また足音が聞こえ、レオンたちのいる工具箱の直上から物を動かす音が聞こえる。
コンコンと叩かれる。これは運転手と決めていた、安全が確保された時の合図だった。
どうやら安全なところまで来たようだ。工具箱の蓋が開かれ、光が差し込んできた。ようやく狭い空間から解放されると胸をなで下ろしたかと思いきや、体を起こすと目の前に銃口が突きつけられていた。そこにいたのは運転手ではなく見知らぬ男だった。
「やば!?」
レフラが咄嗟に声を出した。検問はクリアできたはずだと思っていたがバレていた。レオンに向けてパンッ!と発砲した。
弾はレオンの少し上の工具箱に当たった。ギリギリのところでレフラがトンファーで銃を叩いて狙いを逸らせていた。すぐに飛び上がり男の腹部に一撃を与える。
「ぐふっ!?」
反対の手で続けざまに後頭部を打つ。男はそのままうつ伏せに倒れて気を失った。レオンも起き上がると男を見下ろした。
「助かった。レフラ」
「貸しにしといたげるね」
異変に気づいたのか、男が数人幌の中に入ってきた。レオンは倒れた男から銃を奪い取ると、侵入してきた者たちに撃ちまくった。
慌てて外へ逃げる男たち。撃ち尽くした銃を捨て幌から外に出ると5~6人の男がいた。
「ヤロウ!殺せぇ!!」
襲いかかってくる男たちにレオンは剣で対抗した。続いてレフラが加勢する。男たちはそれなりに腕は立つが、レオンたちには歯が立たなかった。
最後の1人の首元に剣先を向けるレオン。
「お前たちは何者だ?」
後ずさろうとするも後頭部にコツンと何かが当たる。
「刃物よりこっちの方がお好き?」
レフラのトンファーが逃げ道を遮っていた。後ずさって空いた隙間を詰めてレオンは睨む。
「もう一度聞く。お前たちは何者だ?」
「………俺たちは盗賊だ」
「盗賊だと!?これの運転手はどうした?」
「そんな奴は知らねぇな。この車はここに投げ捨ててあったからな」
投げ捨ててあったとはどういう事なのか。レオンたちが身を隠している間に、運転手に何かが起きたのだろうか。
既に運転手がいなかったのなら、残念ながらこれ以上この男に聞いても事情が掴めそうにない。いや、それよりもなぜ盗賊がここにいるのか不思議だった。
「ここはハントストンのどこなの?」
黙って聞いていたレフラが質問した。確かにここがどこなのか分からない。見たところ外の荒野と同じ風景だった。
「ここはハントストンの外だ。向こうに壁があるだろ?あれがハントストンだ」
「バカな!ハントストンの検問を潜ったはずなのになぜ外にいる!?」
「知ったことか。悪いが俺はここで退散させてもらうぜ」
男は立ち上がって逃げていった。レオンとレフラとトラックが残された。
「困ったな………。おそらく検問は通過できたはずだ。その後何かが起きてトラックを奪われた………と、見た方がいいだろう」
「そして私たちごとここに投げ捨てられて盗賊が見つけた?」
「そのようだな」
状況整理が済んだところでとりあえず1つの結論に達した。
『検問の通過は失敗した』
このままでは石油を持ち帰ることはできない。レオンが運転して検問に再び行ったとしても、商人でない彼には通過できるわけがない。こんなところで足止めを食らってしまった。
「レオン、これからどうする?」
「手ぶらで帰るわけにはいかない。必ず石油を持ち帰るんだ」
「でもどうやって?」
「何とかして検問を突破するか、あるいはどうにかして壁を登って中に入るか………」
「でも、それで入れても持ち出せられないよ?」
確かにその通りだ。そもそも壁の高さからしてそう簡単に越えられるようなものではない。やはりどうにかして検問を通るしか方法はないのか。だがうまく通れる手段が思いつかない。
いっそ強行突破をしてしまおうかとも思ったが、魔族に知れ渡ってしまう可能性がある。
「なるべく騒ぎを起こさずに中に入る方法を見つける。それしかない」
「他のトラックに潜んで中に入るとか?」
「それで入れたとしても、持ち出す手段がない」
「中にあるトラックを拝借するとか!」
「拝借できたところで出るにしても検問を通過しなければならない」
「これじゃ何も出来ないわね」
「そうだな………」
「あーもぅ………壁のどこかに秘密の入口があればいいんだけどねー」
レフラが遠くの壁を見ながらボヤいた。レオンも壁を見た。どこかに秘密の入口など、そんな都合のいいものはないと思った、その時閃いた。
「そうだ!秘密の入口だ!」
【登場人物】
運転手/20代前半/男
フリースの村の物流を担う1人で、主に石油の運搬を担当している。顔が広く、タバリやハントストンに商談相手をもっている。