2 出発
フリースの村では、魔族からの提案に戸惑っていた。
「おい、これって…今までの差別を無くすチャンスじゃないか?」
「バカ言え!今さらそんな事でハイそうですかと納得できるかぁ!」
「奴らのことだ、絶対に何かを企んでいるはずだ」
「おいハック、あんたはどう思う?」
ハックはしばらく考える。確かにこれはまたとないチャンスだ。しかし、ほいそれと対話の場に行くのも危険すぎる。
(対話だけで終わるとは思えない。これに乗じて、絶対何かを仕掛けてくるハズだ。ならば………)
「対話の席には行く。ただ、それをうまく利用して積年の恨みを晴らす。絶対に悟られるな。向こうにはいつも通り弱い人間の姿を見せるんだ」
ハックは対話の場を利用して、魔族に一矢報いることを決断した。その場にいる全員が動揺した。みんな魔族の強さを知っているからだ。しかし、いつまでもこのままでは、何も進まない。このチャンスをハックは逃したくはなかった。
「大丈夫だ。今日まであらゆる対策を取ってきた。奴らは奢りきって隙だらけになっているはずだ。必ず上手くいく!注意すべきは魔法だが、数で押し切るんだ。10人がかりで1人を狙えばいい!1人倒せば20対1だ!」
「…そうだな。俺たちはそのためにここにいるんだ」
「やってやる、やってやるぞ!」
魔族には多大な恩がある。けれどもそれを上回る以上に、人間は人としての尊厳を奪われ、虐げられ、それを許せないでいた。溜まりに溜まった恨み辛みが、もうとっくに引き返せないところまで達していた。
「ハックさん、レオンさんが来ましたが…」
「わかった。すまない、ちょっと席外すわ」
レオンの来訪を確認したハックは、一旦退席する。レオンと合流すると、空いている部屋に移動した。
「レオン、来てくれて助かるよ。実は頼みたい事があってな…」
「何かあったのか?」
「ハントストン油田から石油を調達したいんだが、途中に盗賊がいるらしくてな、運ぶには危険すぎるんだ。悪いが護衛してやってくれないか?」
厄介な集団『盗賊』。目的のためなら平気で非人道的な手段で略奪・強奪を行う。主に荒野を徘徊しており、地の利を活かして襲っている。複数のグループで行動しているようで、正確な人数は分かっていない。
「護衛だけならいいが、面倒な事はやらないからな」
「さすが!頼りになるなぁレオン殿っ!」
レオンの背中をバシバシ叩くハック。いくら盗賊とはいえ複数人いるため、それ相応の人数が必要になる。仮に襲われるにしても、戦力になる者を同行させれば生還率は高くなる。ハックはレオンの強さを十分に理解しているからこそ、盗賊からの護衛を任せたのだ。
「1人じゃ大変だろうから、もう1人と協力してくれ」
「悪いが、オレは1人の方がやりやすいんだ」
「そう、私がいたら邪魔だっていうのね?」
1人の女性が部屋に入ってきた。黒髪のショートヘアをしており、チューブトップの衣服にショートパンツの露出が多めの服を着ている。ドアのところで腕を組んで、仁王立ちしていた。
「レオンと組んでもらうレフラだ。仲良くしてくれよ」
「ハック。悪いが他のやつに頼んでくれ」
「あらいいの?あなた1人だったら、難しい事も自分でやるハメになるかもよ?そ・れ・に、親友の頼み事断っちゃうんだー」
「お前、盗賊を相手に戦えるのか?」
「ご心配なく。私だってそれなりに強いわよー。もし何かあっても、これで玉をカチ割ってあげるわ」
そう言って、腰から下げている愛用の武器のトンファーを見せて構えた。
「なっ。お前好みの美女だろ?」
「美女かどうかはどうでもいいが、肝は座ってそうだ。足でまといになるなよ」
「そっちこそね」
「よし!話がまとまったところで作戦会議だ。とは言っても特別難しい事じゃない。ここからハントストンへトラックで向かう。着いたら、石油が入っているドラム缶を積み、持ち帰る」
「どれくらいかかるんだ?」
「直接行けば往復1日半ってとこか、石油を積めたり諸々あわせると、最短で3日といったところだ」
「食料は私が用意しておくわ。重たいのを積むのはよろしくねっ」
「わかった。それと、せめて何か羽織れ」
「あら、この服あなたには刺激が強すぎたかしら?」
「目立ち過ぎだ。男が寄ってきて要らん争いを招きかねない。自分の身は自分で守れ」
「そんなの言われなくても分かってるわよ。でもマントとかはダサいから却下ね」
レオンの忠告を拒否するレフラ。そこにハックがコーヒーを3人分入れてきた。レオンとレフラに渡す。
「そういやほれ、コーヒーだ。レオン殿はこいつが大好きだからな、ご機嫌取りに使ってくれ」
「そうなの!?覚えておくわ」
「ハック、余計なことを言うな」
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翌朝、1台のトラックにレフラが荷物を持ってやって来た。レオンは先に来ていて、レフラが来るのを待っていた。
「あら、レオン朝早いのね」
「特別早くはないが、荷物はこれで全部でいいんだな?」
「ええ。これだけあれば1週間は持つわ」
「多すぎだろ。3日分で十分なはずだ」
「備えあれば憂いなしよ。さ、積んでちょうだい」
3日を予定しているが、レフラは延びる事も考え多目に用意していた。レオンはレフラが用意した荷物をトラックの荷台に積んでいく。
上には幌が被せられていて、アーチ状の丸パイプで支えられている。パイプは両サイドのあおりに直接固定されていて、両サイドのあおりは下ろすことが出来ない。このため、後ろから荷物の積み下ろしを行う事になる。天井は170cmほどと高めに作られているが、レオンは少し屈まないと頭がぶつかってしまうため、荷物の搬入には一苦労だ。
「奥にある木箱は何だ?」
「あーこれは幌とか工具や道具とか、なんかバラけそうなのを仕舞うためのものっすよ」
運転手が説明した。荷台の横幅と同じ長さで、高さはあおりと揃えてある。奥行きは高さより少し長めだ。上部が蓋になっていて、2つに分かれている。中は何の仕切りのない空間1つで、スコップや車輪止め、竹ホウキやぬかるみから脱出するための板などが入っていた。
「よぉよぉ御二方、準備オーケーかな?」
ハックが様子を見にやって来た。
「こっちはいつでも出れるぞ、ハック」
「よし、ではさっそく行ってくれ。遅くても6日後までには戻ってきてくれよ」
「なぜだ?」
「その翌日は魔族との対話の日なんだ。同時に、決行の日でもある」
「もし間に合わなかったらどうするんだ?」
「そこはレオン殿が間に合わせてくれるさ。そうだろ?」
「その『殿』はやめてくれ」
「レオン信頼されてるわね」
「さあ行くぞ!モタモタしている暇はないんだ」
「照れてるな」
「照れてるわね」
レオンとレフラは、石油輸送トラックに同乗してハントストン油田へ出発した。
【登場人物】
ハック
29歳/172cm/男
打倒魔族を旗印に結成した解放軍の代表。1児の父親。
仲間思い故に、今まで傷つけてきた魔族への恨みは人一倍大きい。