1 フリースの村
[フリースの村]
ウィリアから離れた森の中を一部開拓し集落を作り、解放軍の基地としている村。もちろんウィリアとの交流はなく、当然のことながらウィリアの民ひいては魔族には存在が知られていない。
ここでは対魔族の剣術の稽古や、かつて魔族が支配される前に使われていた石油を動力とする機械の整備・改良が行われている。
今日もまたウィリアの動向を調査し、変わった動きがないか監視を行っていた。
「ウィリアの方はどうだ?」
「相変わらず魔族がふんぞり返っています。あぁ、ここの事はまだ知られていませんよ」
「当たり前だ!今バレたら全てが水の泡になる。細心の注意を払って偵察を続けてくれ」
「もちろんわかってますよぉ」
「それと石油の方はどうなった?」
「それがあまり芳しくなくてですね……、協力者から幾らか融通してくれてはいるんですが、運ぶのに手こずっていましてねぇ。あそこは盗賊の住処なんで、護衛に1人か2人は欲しいとこですわ。ハックさん、どうにかなりませんかね?」
「そうか……何とかしておく。ありがとう」
報告を受けたハックは偵察の男を見送ったあと、ある建物に向かっていた。そこでは、剣術の稽古をするための道場のようなものだった。中に入ると2人の男が戦っていた。他にも30人程いて、2人の戦いを観戦していた。
握られているのは刃の直径が柄の倍以上ある木刀で、八角形の形をしている。お互いに剣道の防具のようなものを身につけているが、蹴りも使った戦い方をしている。1人が隙をついて木刀を薙ぎ払い、面を叩いて体当たりで思いっきり吹き飛ばし、後ろの壁に激突させる。
「これで50連覇!」
「あいつ強えなぁ!」
吹き飛ばした相手に歩み寄ると手を差し出し、面を外して息を切らしている対戦相手を引いて立たせた。
「ハァ!……ハァ!………あんた……強いな………」
「お前も……なかなかだった……ハァ、ハァ…」
「レオン!今度はオレが相手だ!」
「……ハック」
レオンと呼ばれた男が視線を向けると、ハックが面を被っていた。
「50人抜きしたのか!?強くなったな!よし、オレに勝てたら『剣豪』の名を与えてやる」
「剣豪?どうした突然……悪いがそんなもの興味ないな」
レオンに向けて木刀を突き出すハック。荒れる呼吸を整えつつ構えるレオン。しばらく睨み合う。どちらが先に動くか、踏み出しの機会を探る。
先に動いたのはレオンだ。下から斬り上げてハックに一撃を与えるが、これを1歩引いてかわし、レオンのガラ空きになった胴体に向けて低姿勢で突き返す。しかし振り下ろしてきたレオンの木刀に弾かれてしまう。
一瞬体勢を崩したハックに、すかさずレオンが攻撃するが、ギリギリのところでハックが受け止めた。両者譲らずの鍔迫り合いが続いたが、ハックがレオンを弾き返して間合いを取り仕切り直した。
「お主やるな!」
「茶化してないで本気で来い、ハック!」
「遠慮なく!」
再び打ち合う――――――
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夕暮れ時、ハックとレオンは帰路に就いていた。前方から女の子が走ってくる。ジャンプしてハックに抱きつき「おかえりなさい」と出迎えた。ハックは我が子を抱き上げて肩ぐるまをする。親子の団らんを眺めるレオン。
「おとーさん勝ったの?」
「もちろんさ!とーちゃん最強だからな!」
「へー」
「何だレオン、羨ましいか?お前も勝ちたかったら早く結婚しろよ!家族を持てば更に強くなれるぞ」
「余計なお世話だ」
何気ない日常、魔族に対抗するための準備をしつつ、家庭を持ち仲間を導き、娘に立派な背中を見せているハックを、レオンは心なしか尊敬していた。遠くの方から女性が走ってきた。ハックの奥さんではなく、集落をまとめるメンバーの1人だった。急ぎの用事なのか、ハックにすぐ来てほしいと呼びに来ていた。
「すまないレオン、娘を家に送っていってくれ。それと、後で話があるから本部に来てくれ。うまいコーヒーと綺麗な美女を用意しとくから」
「美女は要らんが了解した」
ため息をついて手を上げ了解したと合図を送る。娘を肩から下ろしレオンに預けると、女性と走っていった。取り残された2人。
「行くぞ」
「……うん」
歩き出すレオンに、女の子は小走りをして必死についていく。それに構わずスタスタとレオンは歩いていく。
「ねぇレオンおじさん……」
「なんだ?」
「おじさんは魔族とたたかうの?」
「当然だ」
「おとーさんもたたかうの?」
「………お前のお父さんは、オレが必ず守る。心配するな」
女の子は頷く。友達からも、親が戦いのために準備していると聞いていたので、やはり大人全員が戦うのだと再確認した。そこで1つ疑問が出てきた。
「おじさん、あのね……」
「着いたぞ。さあ入るんだ」
ハックの家に着いて、女の子を中へ促す。少女は聞くタイミングをすっかり逃してしまった。しかし忙しいのを考えると改めて聞くことが出来ず、素直に従った。
レオンは扉を閉めると、本部へ向かう。
「………なんで、戦わなきゃいけないんだろ」
閉まった扉に疑問をボソリと投げかけた。
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ウィリア中心部の中に、ひときわ目立つ屋敷があった。そこの3階の部屋に10人ほどの魔族がいて、話し合いが行われていた。
とある情報が入ってきたため、急きょ開かれていたのだ。その内容とは……
『人間たちの中に、反乱を企てている集団があるようだ』
ここにいる誰しもがにわかには信じられなかったが、可能性としてはないわけでもない。
「ふむ、不貞をやらかす魔族が増えてきたから、その対策だろう。それでも、たかが知れてるだろうがな」
「…それだけだと思うか?」
「他に何がある?」
「われわれを倒す準備、とか」
「ハハッ!まさか!」
「感謝されこそすれ、恨まれる言われはないんだけどなぁ」
魔族は、ウィリアに住む人間にも豊かな生活を提供している。それを知っていて反抗するつもりなのかと、人間のする事が愚かだとみんな口々にした。
「そもそも人間はすでに魔族なしには生活できない。歯向かってきたところで、ライフラインを止めてしまえばすぐ大人しくなる」
「そうだろうな。それ以前に、歯向かって来ること自体が信じられない」
「いや、楽観視するのは危険だ。“窮鼠猫を噛む”という言葉もあるように、我々を倒そうと何か企んでいる可能性も捨てきれない。密かに暗躍しているのがその証拠ではないか?」
確かに一理ある。所詮は何を起こそうとしても、魔族の力を以てすれば簡単に制圧できるであろう。しかし、万が一と言うこともある。
「彼らと対話し、今後の有り方を話し合うべきじゃないか?」
「対話だと?そんなものは必要ない。刃向かってくる奴は片っ端からひねり潰す。そうして反抗の芽を摘みきった先に、安寧がもたらされる。我々にとってな」
「その安寧がいつになることやらだな。もし対話が安寧への道にあるとするならばどうする?」
「ははっ、あんたは人間に同情でもしているのか?…まぁ対話がしたければ好きなだけやればいいさ。それで人間が大人しくなるのならな」
「わかった。では、一度対話の場を設けよう。人間側に伝えてくれ。日時などは追って連絡する」
魔族は人間側の代表に対話の意向を伝える。受け取った代表は、すぐさまウィリアに来ていた解放軍の偵察隊に知らせた。
【登場人物】
レオン(主人公)
25歳/178cm/男
少年の頃、魔族から数々の虐待を受けていたが、ハックに拾われて以降、フリースの村にて生活するようになる。
解放軍の1人。