醜い姿
驚いた拍子に美月は俺の目から両手を外した。
「「醜い?」」
「見ないでって言ってんのよ!」
俺と美月は敬礼でもするかのようにピシッと自分の両手で目を隠す。
「あ〜〜もうダメだ。この世の終わりだ。見られた」
「いや別に終わりじゃねーよ」
「ムリムリモウムリ生きていけない」
「猫ちゃーん?」
「生まれてきてごめんなさい。生きててごめんなさい……」
黒猫は俺たちに聞き取れない声でぶつぶつ続ける。
俺は口を開く。
「ごめん」
「ぅっ……ひっく、う、みゃーん!」
「泣くかぁ!?」
「呪いのせいで、うう、異性に抱きつかれると、ひっく、こんな醜い姿に変身しちゃうのにーー! みゃあーーん!! あんたが私のことキャッチするから〜〜!!」
「ごめん」
どうすりゃいいんだよ。ごめんしか言えない。
すると横から美月の声がした。
「猫ちゃん」
「ひっく、みゃ?」
「かわいい」
美月の声は移動し、黒猫のそばに行ったようだった。
泣き声が止んだ。
もう見ても大丈夫だろうか?
「かわいいよ」
美月はそう言いながらうずくまって泣く、人の姿になった黒猫をぎゅっと抱きしめていた。
「みゃおおー」
こういう美月のあったかいところ、俺大好きなんだよな。
黒猫もだんだん安心したような顔になっていく。
「みゃ〜〜お」
「へへ。落ち着いた?」
頭を撫でながら美月は黒猫に話しかける。
「みゃ〜〜」
デレデレとした声を出す黒猫。
必要以上にすりすり美月にくっついてる気がするんですけどぉ!?
「おい!」
「なによ。こっち見ないでよ」
「いや、お前」
「なに?」
「距離近くね?」
「え! やっだ! ジェラシー?」
「なっ!」
「余裕ないのねー! かっこわるー」
「あのな」
ガバッと黒猫は美月に抱きつく。
「きゃっ」
「美月ってなんかあったかいんだもん」
それは俺も完全に同意。
「かわいいし」
うんうん。
「優しいし」
うんうん。
「空大にはもったいない」
うん、うん?
「おまっ」
反論しようとしたが黒猫があまりに幸せそうな顔をしているのでつい見守ってしまう。
「私、こんな風に誰かに抱きしめてもらったの初めて」
「え?」
美月が話しかける。
「初めて?」
「うん。お母さん早くに亡くなっちゃって、お父さんに抱きつかれるとこの姿に変身しちゃうし」
「そう」
「うん。子どもの頃ね一緒に遊んでた子が石につまづいて、こけそうになったから助けようとしたの」
「うん」
「その拍子に変身しちゃってさ」
「そうなんだ」
「うん。私のこの姿を見たら呪われた子だー!!って逃げて行っちゃった」
「そんな」
「ホントのことだからしょうがないんだよ」
黒猫は美月の腕をぎゅっと掴む。
「でもやっぱり……悲しかったな」
「猫ちゃん……」
「ねえ、美月には名前で呼んでほしい。ダメ?」
「もちろんいいよ。お名前は?」
「ソラナ・ティニエブラス。ソラナって呼んで!」
「ソラナ!」
「わー! 美月〜!」
黒猫は美月を抱きしめる。
「ねぇ美月、もしかして私たち昔どこかで会ったこと」
ぼわんっ
「わあ」
「時間経つと勝手に戻るの」
「はいはい戻ったなら離れてくださいねー」
俺は黒猫と美月の間に割り込む。
「はー。かっこ悪い」
「かっこ悪くて結構」
「美月、こいつと結婚するのやめたら?」
「お前何言ってんだよ」
「ははっ! 結婚ってなんの話?」
「「え!?」」
「あ! 子どものときの約束?」
「え、いやその」
「ずっと言ってるもんね!」
あ! そうだ! と、俺は左ポケットに入っている小さな箱を取り出す。
「わわっ!」
慌てて取り出したせいで落とした。
「しまった!」
コロコロと箱が転がっていく。
「ちょっと待って!」
カサッ
箱は茂みの中に入っていった。
はぁ。美月、もしかして俺と結婚する気ないのか。
うわあ。むちゃくちゃ凹むんですけど。
頭がクラクラする。
はぁー。……とりあえず拾おう。
俺は茂みを両手でかき分けた。その瞬間。
バッ
「うお!」
何者かが飛び出してきた。俺は急いで後方に避ける。
「お前! 草むらで見た」
黒いマントに全身を包んだ追っ手は俺に掴みかかろうとしてくる。
それを避けながら叫ぶ。
「美月! 黒猫!」
うん! と3人で息を合わせてジャンプする。
「マッチカット!」
風がそよそよと吹き木々の葉が揺れる。
ザザッ
走りながら美月が不安げにこちらを見る。
「もう一度ジャンプだ! マッチカット!! そんな……場面転換できない!? なんで!」
「あんた想像力使い切ってない!?」
「え? そういうもん!?」
「そういうもん!」
俺は走りながら必死に考える。
「あ! じゃあお前の魔法は?」
「使えない」
「なんで!」
「私もう魔法使いじゃないから」
「はぁ?」
「きゃっ」
「美月!」
追いつかれた。
追っ手は美月に掴みかかろうとする。
俺は必死で美月と追っ手の間に入る。
「下がってろ!」
黒猫が美月を連れて隠れるのが見えた。
美月を追いかけようとする追っ手の行く手を阻む。
「お前の相手は俺だ!」
俺は追っ手と向かい合う。
追っ手の表情はマントで見えない。
「カットイン!」
やっぱり何も起こらない。
まずい。
俺腕っぷし強くないし。
でももし追っ手をここで倒せたら、俺と美月は現実に戻れるのか?
あーー! もうわかんねーー!
追っ手は俺を避け美月の方へ向かおうとする。
「待て!」
ボコッ!!
「っいてーー!!」
追っ手は俺を素手で殴ってくる。
ボコッボコッ!!
「ぐあっ」
腕には白い毛が生えている。
ボコボコボコボコッ
「うっがはっ」
文字通りボコボコにされる俺。
殴り合いの喧嘩なんかしたことのない俺は手も足も出ない。
はぁはぁ。
でも、ここで俺が負けたら、美月は、美月は……
ドコッ
「ぐわあ」
ドシャッ
俺はパンチをくらって地面に転がった。はぁ、はぁ。口の中で血の味と土の味が混ざる。
美月の方へ向かう追っ手。
俺は力を振り絞って追っ手の後ろから体当たりする。
「わふっ」
ズザザッ
俺と追っ手は一緒に倒れ込む。
このチャンス逃すか!
俺は追っ手の上にまたがって胸ぐらを掴みながら叫ぶ。
「行かせない!! 美月は俺が守る!」