一緒に
「どうしたらいいかってなにが?」
「一緒にいちゃダメなんだもん」
「はあ?」
「私は『不吉な黒猫』で、近づくと不幸になるの」
「別に私たち不幸になってないよ?」
「なってる! 大事なこと忘れてる! 美月は私のせいで死んじゃったんだよ」
「いや俺のせいだろ」
「違う! 私が道路に飛び出してなきゃあんたが私を助けることも美月があんたを庇うこともなかった」
「道路に飛び出したのはあれだろ? 人間界のルールが分からなくてとかだろ」
「見くびらないで!」
銀猫はすごい剣幕で俺を見る。
俺と美月はただ銀猫を見つめた。
銀猫の瞳は形を変え、ついには涙が溢れた。
「し、し、死のうとしてたの」
涙の重さに耐えきれず銀猫は下を向く。
「私はみんなから忌み嫌われる存在。獣人たちにはもちろん、獣族にもこいつよりはましだって思われるだけの存在。神に近づきすぎた異形の姿だとか、魔法の力を奪った呪いだとか、ずっとずっと言われてきた。嫌われるだけなら嫌だけど耐えられる。でも、でも…」
銀猫は言葉に詰まる。
「私が私を一番許せないの! 私は周りを不幸に巻き込む。美月だって。空大だって。みゃああああ」
銀猫は泣き叫ぶ。
俺と美月はきっと同じことを思っているだろう。
お互いにこくんと頷く。
「きれいだな」
「みゃ、そ、空が?」
「お前だよ」
俺は銀猫の頭をよしよしと撫でる。
「お前、そんなに優しくて、よく今まで生きてこられたな」
「へ?」
「今までよく頑張ったね」
美月が銀猫を抱きしめる。
「お前さ、自分のこと醜いっていうけど、どれだけきれいか気づいてねーの?」
「きれいじゃない! みんなが醜いって」
「ふーん。俺はここの住人じゃないからその『みんな』の価値観はよくわからないけど、自分は嫌なことされても耐えられるのに人が不幸になるのは耐えられないってどんだけ優しいわけ? 俺はお前の涙きれいだと思ったよ。人のために、俺や美月のために泣いてくれたんだろ」
「違う! そんなかっこいいのじゃない! ただ自分が嫌いで……一緒にいると二人を不幸にするってわかってるのに、少しなら少しならって黙ってた自分は狡い。早く離れなきゃって思ってるのに一緒にいたいって望む私は自分勝手で、死のうと思ったのに……二人を巻き込んだ自分は早く死ななきゃいけないのに、もし死んだら二人が、か、悲しむんじゃないかななんて烏滸がましいこと考えて、だったら死ぬんじゃなくて消えるにはどうしたらいいかなって」
「屋根の上で消える方法考えてたのか」
「みゃああ」
銀猫も美月もぼろぼろに泣いてる。
「消えるなよ」
「みゃあ」
「死ぬな」
銀猫は首を振る。
「苦しい、苦しいの」
「苦しいに決まってんじゃん! 周りが不幸になるってなんだよ。こんなに優しいやつの周りにいて不幸になんのか? 少なくとも俺はお前と出会えて幸せだ」
「私も、ソラナと出会えて幸せ」
「しあ、わせ?」
「そう、幸せ。ぎゅーー」
「みゃ、みゃ、ウソだウソだ! 最初はそう言っててもずっと一緒にいたら不幸になって出会わなきゃよかったなって思うよ。美月と空大に出会わなきゃよかったって思われるくらいなら最初から出会わない方がまし!」
俺は銀猫のほっぺたを引っ張る。
「そんな悲しいこと言うのはこの口か? ああ!?」
「ふゃお」
「こっちこそ見くびらないでもらいたいですけど」
「ふゃ?」
「俺たちもう友達だろ」
「ともだち……」
銀猫の顔が赤くなる。
「だーーっ! なんかこの歳で友達宣言って照れるけど、ちゃんと言っておかないとお前勝手にどっか行っちゃいそうだからな」
「ソラナ、もう一人で苦しまないで」
月明かりが柔らかく差し込む。
「……ううん。一人でいいの、一人がいいの! これ以上二人を巻き込みたくない!」
銀猫は頭を横に振りながら後退りする。
「唯一利用価値のあった魔法の力だって私にはもうない。全部空大に渡した」
「え、待てよ、俺に全部くれたからお前は魔法が使えなくなったってこと? あんな軽い感じで言ってたじゃん」
「そうだよ、だってあの後すぐに死ぬはずだったんだから。なんの問題もない。魔法の力を空大に渡して私はトラックに轢かれて死んで、美月と空大は幸せになる。それでよかった。よかったのに。どうして私のこと助けたの? どうしてあそこで死なせてくれなかったの? あそこで死ななかったから……わ、たし、私、今こんなに幸せになっちゃったああ!」
俺と美月は銀猫を抱きしめる。
「みゃああああ」
「ソラナ」
「銀猫」
「みゃ、みゃ、ソラナって呼んで」
「ん?」
「空大もソラナって呼んで!!」
「ははっ! ソラナ!!」
なんだよ。嬉しくて幸せで笑ってるのに泣けてくる。
「ソラナ!!」
「ソラナ!!」
「美月! 空大!」
銀猫はぐしゃぐしゃに泣きじゃくりながら、震える手で俺たちを力強く抱きしめた。




