名探偵な妻は、深夜に夫の帰宅を待つ
なろうラジオ大賞2第十六弾。今回のテーマは「名探偵」。探偵物は好きですが、自分で書くのは無理なので、自分のテイストで書いてみました。本格的な推理物とは違いますが、よろしければお楽しみください。
「た、ただいま……」
「お帰りなさい」
0時過ぎの居間で、妻は寝ずに待っていた。
「ごめん、遅くなって……」
「二次会までは連絡もらってたけど、その後は?」
「課長に捕まって……」
「そう」
妻は突然私の襟元に顔を近づける。
「な、何?」
「煙草の匂いに紛れて香水の匂い」
強張る私の身体を、妻はなおも調べる。
「しかも左側だけ。つまり三次会はキャバクラね」
「……はい」
「楽しかった?」
「いや、その……」
チラリと妻を見ると溜息を吐かれた。
「私の怒りが気になってそれどころじゃなかったって訳ね」
「ち、違っ」
「視線は言葉より雄弁よ。まったく、キャバクラ位で怒る女だと思ってるの?」
「え、いや」
「それとも」
妻の声が氷の刃と変わる!
「その口紅の女と後ろめたい事でも?」
く、口紅!? どこ、どこだ!?
「襟の裏」
な、何でこんな所に!?
「ここまで近づかれて気付かないなんて……」
「ご、ごめん!」
私は勢いよく頭を下げた。酔っていても許される事じゃない!
「なんてね。ごめんね」
「へ?」
「その口紅、今私が付けたの」
妻は可愛く舌を出す。
「口紅に心当たりがあったら、その箇所を真っ先に見ると思って。でもあなたは探し回った。心当たり、無いのね」
よ、良かった……。心臓に悪い……。
「もしあったら、歯形で上書きしてあげたのに」
血が出るまでやられそう……。
「で、その駅の反対側にあるコンビニの袋は、怒っている私へのご機嫌取り?」
「いや、これは……」
「嬉しいけどそんなに怯えなくたって……。確かにちょっと細かい事に気が付いちゃうけど……」
そこだけは明晰な妻の推理を否定しなければならない。……できるだろうか。
「恐いとかじゃない。課長に連れられてキャバクラに行っていた間も、君の事ばかり考えていたんだ。早く会いたくて」
視線が言葉よりも雄弁なら、真っ直ぐに、真摯に!
「そしたら君がこのスイーツを食べた時の笑顔を思い出したんだ。それで……」
「……あの、待って……」
無言で私の目を見つめていた妻が、急に赤くなった顔を背けた。
「も、元々疑ってないの! 連絡くれなかったから、ちょっとからかっちゃったの!」
先程までのクールさは消え、妻は顔を押さえて俯く。
「信じてる! 信じてるから、そんな、真っ直ぐ、見つめないで……」
何もかもを見抜く名探偵のような君にも、伝えないと伝わらないものがあるんだね。
私は『ごめんね』と『ありがとう』と『愛してる』を込めて、妻をぎゅっと抱きしめた。
読了ありがとうございました。
修羅場だと思ったか!? 甘いな! 甘々だよ!
ちなみにオチとして、
翌朝課長は出勤しなかった。
妻が朝どこかに電話して、随分長く話していたようだが、何か関係があるのだろうか……。
と言うのを考えていたのですが、やはり字数の関係で消えました。課長、運の良い奴……。
それではまた次回作でお会いしましょう。