番外編〜お姉ちゃんのエッセイ〜
どうしても、お姉ちゃん視点を書きたくなってしまいました……よろしければこちらも……!
まずい。
今日は模試だ。
毎日会いに行くって約束していたのに。それでいて黙って破る訳にもいかないだろう。しかしあいにく母はケータイを持っていない。せめて病院の番号ぐらい知っておけば良かった。田舎過ぎてネット環境も家に無いし、友達に頼るのも難しい。まあ、先生に言えば何とかなる気もするが。そして父は父で、少し前から出張だ。
今日1日ぐらい良いだろう、とも思った。しかし、すぐに、前に母と交わした会話が頭をよぎる。
――春香と陽葵に会えたら、気も晴れるわ。ほんとにありがとう。毎日会えたらいいんだけど、忙しいわよね……
――何言ってんの、お母さん。ほんの1時間じゃん。
――ひまりも、毎日お母さんに会いたい!
……妹をひとりで行かせるほかない、か。
「ひとりで行ける?」
「行けるよ! だってもうひまり、1年生だもん!」
「ごめんね、一緒に行けなくて……じゃあ、お願いね。寄り道はだめよ?」
陽葵と話していると、つい母親のような、優しいというか甘ったるい口調になってしまう。年が離れているからだろうか。
「道、分かる?」
「わかるよ! だってお姉ちゃんに教えてもらったもん!」
「……迷わない? 大丈夫?」
本人がわかると言っているのだから大丈夫だろうに。我ながら、過保護だろうか。いや、でも、彼女はまだ6才なのだ。
「大丈夫! ひまり、行けるよ! まかせて!!」
ふんすっと胸を張ってみせる陽葵に、つい頬が弛んでしまう。
「じゃあ、任せたよ。いってらっしゃい」
「うん! いってきまぁす」
彼女を見送り、ひとりになる。私もそろそろ出発しなくては。
しかし、ひとりになって部屋が静かになるのを合図に、ふと考えてみる。
――いつだって、私は、あの子の明るさ、呑気さ、優しさ、単純さ――そんなものに助けられてきた。
母は、昔から体が弱かった。とはいっても、昔は今ほど入退院を繰り返していたわけではなかった。私が小さい頃、何も知らないで、きょうだいが欲しいなんて言った時にはいつも、悲しそうな顔をしていた。後で知ったことだが、私ひとり産むのも、母の体には負担が大きかったのだ。
それなのに、私が10才の時、陽葵を産んだ。何も知らない私は、願いを聞いてくれた母に、ただ心から喜んだ。母も嬉しそうだった。陽葵をいとおしそうに抱きながら、私の頭を優しく、しかし弱々しくかきなでた。
だが、それからは、母の体調はめっきり悪くなってしまった。
――私のせいだ、私があんなこと言ったから、無理して――
そう思い詰めてみても、陽葵の無邪気な笑顔に、いつだって心は緩むのだった。
母が不在の間は、私が陽葵の世話をした。育児関係の本や主婦向けの本とにらめっこしながら、色んな仕事をこなすうち、小5ぐらいにはほとんどの家事が出来るようになっていた。毎日、陽葵を抱っこして母に会いに行った。やがて陽葵が立てるようになると、手を引いて。
中1ぐらいの時だ。私の葛藤がピークに達したのは。
――何で皆と一緒に遊びに行けないの?
――それは母の体調が悪いからで、仕方ないでしょ。
――じゃあそれは何で?
――もともとの体質なんだから、何でも何も……
――でも、昔は違った。陽葵を産んだから。
――そうとは限らない。
――陽葵を産んだのは、私が欲しがったから。あの子は私のためだけに産まれたんだ。母は私なんかの為に産んだんだ。
――そんなの、憶測でしょ? 自分が欲しかったのかもよ。
――いや、あんな優しいお母さんだもん。だけど、私のためだとしたら、全然私のためじゃない!
――私のためだとしたら、その考えは自分勝手すぎるよ。
――お母さんが苦しむのは私が嫌なのに!
――それは、私が遊びに行けないから?
――……それは……。そんな、はずは……
――でも、お母さんが望んだから産んだのかもよ。でなけりゃ、そんな無理しないよ。そのせいで、私が悩んでるなら、それなら、お母さんのせいで、私が……
――それだったら本望よ! だけどっ……
定期テストが終わり、学校が早く終わった時だった。あの時も、私がひとりで居たときだ。
まさにその時だった。
「お姉ちゃんただいまー」
「あぁ……おかえり」
――陽葵の、なんて呑気なことよ。私なんかの為に産まれてきた、なんて知ったら、どう思うだろう。
「あのねー、今日ねー、るなちゃんって子とねー」
「るなちゃん?」
「お友達! んでね、その子がねー」
私は、さっきまでの思考をすっかり忘れて聞き入っていた。
屈託ない笑顔で、今日あった様々なことを話す陽葵。
――そっか。陽葵は陽葵だ。
その笑顔に、何か、穢れを知らぬもの……いや、もっと美しいもの……誰の足も踏み入れられていない、ユートピアのような、花畑のようなものを連想した。
――いや、あの子はむしろ、何かそんな美しい花畑からの贈り物なのかもしれない。
――もしかして、その贈り主は母だと言えるのかも。
いや、また思考が堂々巡りになりそうだ。でも、不思議と暗い気分にはもうならない。もしかして、あの子は魔法使いか妖精か何かだろうか――
そういえば、母がある時、お守りを買ってくれた。元気だった時、どこかのお土産で。それは、透明で透き通り、卵形をしていて、しかし覗き込んで見れば、中には花のような飾りが散りばめられている……そんな、不思議なものだった。あの中の花畑と、どこか重なる。
――そうだ、模試にはこれも持って行こう。
あぁ、しまった。
老人みたいな回顧で、すっかり時間が経っていた。
あの子なら、上手くやってくれる。きっと大丈夫。
純粋で朗らかな花畑は、純粋で朗らかなままであってほしい。
その世界が、純粋で朗らかなままでさらに広がれば、なお良い――陽葵があまり遠くに行けないうちは、私が、伝書鳩として、楽しいこと、もっと呼び込めるなら。
さて、出発しなくては。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!!!
なお、少し拙作を宣伝させてください……
『魔法が使えるだけの普通の女の子』
https://ncode.syosetu.com/n9589eq/
完結済みの処女作です。
『私の天職は巫女だそうです』
初めてのテンプレハイファンもどきです。受験生ゆえ休止中ですが、春に必ず再開します!
よろしければ、ご一読をお願いします……!