第1話 日記
警察から連絡が入ったのは午後6時少し前のことだった。妹さんが飛び降りた。すぐに病院に来て欲しい。
俺は戸締りもせず家を飛び出した。
この辺りで1番の設備を誇る病院に駆け込んだ。受付のおばちゃんに怒鳴り込むようにして、病室まで案内させた。
殺風景な廊下を駆け抜け、電話口で伝えられた病室に入る。そこには救命装置をつけた妹の姿。加奈の体を揺すって起こそうとする俺を周りの人間たちが力尽くで止めた。
「妹さんは全身を強く打ちました。骨折が4箇所あります。特に頭部への損傷が激しく……」
医者の説明は俺の頭を通り過ぎていった。ただ、加奈が二度と目を覚まさないことは分かった。皮肉にも、俺の脳科学者としての知恵がその事を確信させた。
「仲村加奈さんの体にはいくつものあざがありました。ええ、自殺を図った時についたものではありません」
次に俺の前に現れたのは医者ではなく警察だった。警察は鋭い目つきで俺を睨みながらこう続けた。
「火傷の痕も多くあります。……疑うようで申し訳ありませんが、家庭内に暴力などはありませんでしたか?」
頭が真っ白になる。気がつけば俺は警察に殴りかかっていた。
3日が経った。妹は全く目がさめる様子はない。この3日俺は病院に寝泊まりし、加奈の手を握り続けた。それでも、目は覚めなかった。
3日目の夜、俺は家に戻った。妹のいない家はまるで灯りの消えた祭りのようだった。哀しく、寂しく、不気味だった。
加奈はどうして自殺なんかを。
やはり家庭環境が悪かったんだろう。両親は死に、唯一の肉親である俺は大学院にこもりっきり。そうだ、冷静に考えれば加奈はあまりに孤独すぎる。
腕にはリストカットの跡があったらしい。だから加奈は長袖を着ていたんだ。その痕を隠すために。
自分の鈍感さに嫌気がさす。それが加奈からのSOSだったのだ。
どうしても眠ることができず俺は妹の部屋にいった。
一見整頓されつつも、端々に加奈の生活感が見える。ゴミ箱に入ったちり紙は昨日捨てられたもののようだし、本棚の本の何冊かは斜めに傾いて並んでいた。
引き出しを開けた。加奈の机を物色するのは初めてだったかもしれない。親しき仲にも礼儀ありってやつだ。妹の目が覚めない以上無駄な配慮なのだと、俺は自分に言い訳をした。
机の引き出しには二冊の本が入っていた。
『高校日記①』
『高校日記②』
俺は①を開いた。
4月6日
今日から高校生!クラスは1年3組だった。知ってる人が1人もいないけど大丈夫かなぁ……? お兄ちゃんが入学式に来てくれた! 嬉しい!!
可愛らしい丸っこい字でそう書かれていた。
4月7日
授業が始まった。高校の授業についていけるか心配だけど、頑張る! 理科の杉本先生はイケメンかも……! お昼は隣の席の沙苗ちゃんと一緒に食べた。
妹の日記は1日も欠かすことなく続いた。加奈の真面目さと優しさが文面から見てとれ、また切なくなった。
妹は沙苗という女の子と仲が良いらしい。俺のいない間にもお泊りをしていたようだ。沙苗さんの家は大金持ちらしく彼女の家にお泊まりした日の日記は枠をはみ出してもまだ続いていた。
3月21日
今日で学校は終わり。あっという間の一年だった。来年も沙苗ちゃんと同じクラスになりたい
ここに書かれていることが真実なら、妹の自殺未遂と学校生活とは関係がないようだ。俺は『高校日記②』を開いた。
4月5日
今日から2年生! なんと、沙苗とおんなじクラスだった。でも、あの3人と同じクラスだった。少し不安……。
「あの3人?」
①の方にはほとんど見られなかった妹のネガティブな記述に違和感を覚える。俺は若干の引っ掛かりを覚えつつページを進める。
4月8日
沙苗が星名さん達に目をつけられてしまった。なんとか沙苗から気をそらさせたい。
「星名……?」
俺はふとこの前の出来事を思い出す。ピンク色の髪をしたハツラツとした少女。その子の名前も星名だったはず。
4月11日
星名さん達が沙苗を本格的にいじめ出した。卑怯なやり方かもしれないけど先生に報告しておいた。直接助けられなくてごめんなさい。
4月12日
先生の中途半端な対応でさらに状況は悪化した。もう誰にも止められない。
4月15日
沙苗がお金を渡しているのを目撃した。星名さん達に呼び出されて黙っているように言われた。夏目さんに殴られた。痛い。
4月20日
やっぱり止めなくちゃダメだ。星名さん達もきっと分かってくれる。
4月22日
標的が私になった。
4月29日
沙苗も話してくれなくなった。
5月4日
我慢すれば星名達も諦めてくれるはず。沙苗もまた仲良くなってくれるはず。
5月8日
先生に相談した。無視された。
5月17日
もう学校にはいかない。
5月20日
私の家に星名達が来た。明日は学校に行かなければならない。
5月24日
家はすっかりあいつらの溜まり場になった。暴力の嵐。死にたい。
5月30日
死にたい。
6月2日
死にたい
6月5日
もう嫌だ。私はあいつらを殺す。【魔法少女】がなんだ。刺し違えてでも必ず。
俺はノートを閉じた。全てを悟った。
妹が自殺を図った原因はいじめだったのだ。友人を助けて自分が標的になったのだ。
いじめっ子達の名前は星名、夏目、香妻。数日前俺の前に姿を見せた3人の女達だ。大胆不敵にも加奈の友人を演じたのだ。
俺は吠えた。
絶対に許さない。
絶対に復讐してやる。




