プロローグ 全てのはじまり
「ただいまー」
俺は二週間ぶりに自宅の扉を開けた。時刻は午後5時を少し過ぎた頃だった。
俺の名前は仲村。東帝大学大学院で脳科学の研究をしている。まあ、いわゆる科学者ってやつだ。
科学者って職業は世間一般で思われている通り変人の末路みたいな職業だと思う。家族や友人から離れ、研究室に泊まり込むやつも少なくない。かく言う俺もそのタイプだ。
「加奈ー。帰ったぞー!」
加奈は俺の妹だ。幼い頃に両親を亡くした俺たちは郊外の一軒家暮らしている。加奈は華の高校2年生だ。話を聞く限りでは楽しい学校生活を送っているらしい。
ふと、妙なことに気づく。玄関にある靴の量が多い。それも見慣れない靴ばかり。
「おーい、加奈! 誰か来てるのかー?」
加奈の部屋がある二階に向かって声を張り上げると階段を駆け下りる足音が聞こえてきた。
「お、お兄ちゃん! おかえり! ごめん今友達来てて……」
目の前に現れたのは俺の唯一の肉親、加奈。短い黒髪で小柄な少女だ。夏が迫る季節だと言うのに冬物のセーラー服を着ている。兄の俺がいうのもアレだが、見た目は発育の悪い中学生のようだ。
「ああ、そうなのか。悪いな、いきなり帰ってきちゃって」
「う、うん」
ふと、視線を感じ階段の上を見上げる。
「……?」
少女が2人立っていた。
片方は青い髪のロングヘアー。加奈とは逆に夏物のセーラー服が似合わないほど大人びて見える。
もう片方は黄色い髪をツインテールにした少女。加奈ほどではないが小柄で顔つきも幼い。
そんな2人の目は氷のように冷たかった。俺は何か悪いことをしたのかと一瞬頭を巡らせる。
「あれっ?加奈ちゃん、その人って……」
俺のことを睨みつけるように見る2人の後ろから鈴を転がすような声が聞こえてきた。
現れたのはピンク色の髪を頭の後ろで結んだ少女だ。彼女は俺の顔を見るや否や満面の笑みを浮かべ、階段を転がるように降りてくる。
「もしかして、加奈ちゃんのお兄さんですか?」
「あ、ああ。そうだけど……」
「お話は聞いています!なんでも、とーっっても頭がいいとか!?」
鼻息が聞こえてきそうなくらい興奮している少女に俺が圧倒されていると、制止の声がかかった。
「コラ、愛美。お兄さんが困ってるでしょ?」
声の主は青い髪の少女。いつの間にか階段を降りたらしくピンク色の髪の少女の肩に手をかけている。
「失礼しました。私は夏目七瀬。明光高校の2年生です。加奈ちゃんとはいつも仲良くさせていただいています」
上品に頭を下げる七瀬さん。しっかりとした印象で育ちの良さが伺える。
「星名愛美ですっ! こんなかっこいいお兄ちゃんがいるなんて、加奈ちゃんは羨ましーな!」
ピンク色の髪の少女がそう言った。ふっふっふ、お世辞とはわかっていても満更でもない。
「僕は香妻いろは、だよーー」
最後に黄色い髪の少女が気の抜けた声でそう言った。
「そうかそうか。加奈と仲良くしてくれてありがとう」
思わず感極まり、おっさんみたいなことを言ってしまう。いつも家に帰らないから、クラスで孤立したりしていないか心配だったのだ。どうやら、杞憂だったらしい。
「今日のところは帰りますね」
「え?もうちょっとゆっくりしていってもいいんだよ?」
「そんな、せっかく兄妹水入らずのところを邪魔するほどやぶさかではありませんから」
3人は我が家の事情をよく知っているらしい。これ以上気を遣わせるのも申し訳ないので無駄に引き止めることはしなかった。
「いやー3人とも可愛いし礼儀正しいし、いい子達じゃないか」
3人が玄関の扉を閉じた後、俺は加奈にそう話しかけた。
「…………」
「ん? どうした? 具合でも悪いのか」
加奈は青白い顔をして俯いている。
「お兄ちゃん……」
「なんだ?」
「………………ううん! なんでもない」
加奈は満面の笑みを俺に向けた。
「ごめんね、今からご飯作るから!」
加奈はそう言うや否や、キッチンに駆け出していった。
俺は妹の元気な姿に一安心した。その後、加奈お手製の世界一美味しい料理を堪能し、熱いお風呂で足を伸ばしてくつろぎ、加奈と一緒に笑えるバライティ番組を見て、おやすみ、と挨拶をしてそれぞれの部屋で横になった。
科学者という特殊な職業に就く俺だが、妹との日常が一番の幸せだ。
そう、幸せだったのだ。
次の日、妹は学校の屋上から飛び降りた。




