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孤独は嗤う  作者: 譜久山 希
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-第3章- 本当の自分

「これがあなたの聞きたかったことでしょう。」

彼女は話し終わると、澄ました顔でこう言った。衝撃と混乱で脳が機能停止しているようだ。今さっき知ったといっても過言ではない10年前の事件の犯人が、今、目の前にいる清楚な女の子?信じられない。悪い冗談か。

「そんなこと信じられるわけないだろ。」

どうにか、声を絞り出して言った。

「あら、どうして?事件のこと気になってたんでしょう。私は、報道されている嘘ではなくて、本当のことを知ってほしかっただけよ。」

彼女は、部屋を歩きながら、懐かしそうに窓の外を眺めている。

「普通に考えてありえない。警察は犯人が分からなかったっていうのか。もし、本当にお前が犯人なら、捕まっているはずだ。」

僕は、至極まともなことを言った。

「それがね、父が自首したおかげで、犯人を捜さなくなったのよ。それに、どう考えても外部犯じゃないことは明白だったし、介護疲れっていう理由をつければ、警察はそれで捜査終了。警察なんてそんなものよ。捜査にも莫大なお金をかけているし、犯人を名乗れば犯人になるものよ。」

 そんなことが……。しかし頭の片隅で、彼女がやっていてもおかしくないのではないか、とも思っていた。彼女は、笑顔が絶えず人望も厚い。そういう人っていうのは、ある日突然、ナイフを振り回したり、誰かを車で轢き殺したりする。そして、ニュース番組に出てくる近所の人は決まって言う。「挨拶のするいい子だった」と。犯人はこう供述する。「誰でもよかった。」と。

「私は、どうやら世間の普通とは違うみたいなの。殺しは嫌いよ。でも、私がしたことは実験。単純な実験だったの。そのあとは、人間の頭を切り落とすのは大変だと分かったから、他のも試してみたわ。ハムスター、蛇、猫、といろいろね。でも、親戚で預けられたときに、仔犬を拾ったの。雨に濡れて可哀そうだったから、育てることにした。その仔犬だけは頭を落とせなかった。それが、あなたの拾ってくれたXよ。」

 部屋には当時のなにも残っていない。あるのは、埃と、懐かしむ彼女の顔。しかし、一瞬、彼女がここで血まみれになりながら、恍惚とした表情で切り落とされた頭部を眺めている風景が目に浮かんだような気がした。

「じゃあ、テンだけは、殺せないっていうのか。情がうつったから。」

「情……とも違う気がするわ。なぜかは分からないけど。」

彼女は部屋をぐるりと一周すると、部屋を出て階段を下りた。

この課外実習は、なんだったのだろう。10年前の古い事件は、実はクラスメイト(しかも少し気になっていた女子)が犯人で、しかも犯人は堂々とこの世に罪の意識もなく生きている。捕まるべきなのだろうか。捕まるべきだろう。僕は、なぜか、彼女の罪について自問自答を繰り返していた。彼女の両親はなぜ、罪をかぶって自首したのだろう。自分の子供を罪に問えなかったからだけか。そんなはずはない。彼女曰く、殺害後、両親からなんのお咎めも受けなかった。質問すらないというのは、いささかおかしいのではないだろうか。僕の母親なら、発狂するだろうし、世間一般的に言ってなにかしらのアプローチがあって然るべき。愛されていなかったのだろうか。だったら、子供を警察に突き出せばいい。要らない子供なら、さっさと少年院なり更生施設なりに入れればいい。一体、彼女と両親との間に何が――。

「今日は、付き合ってくれてありがとう。」彼女はいきなり僕の首に手をまわして抱きついてきた。

「おい、ちょっ、なんのまねだよ。」僕はたじろいだ。

「今日のお礼よ。ふふふ。」

 彼女はふわりといい匂いをさせながら、去って行った。




 あれから一週間。僕は悶々と考えながらも、彼女の普通過ぎる学校での振る舞いに、殺人鬼であることを忘れるときさえあった。それだけ彼女は、普通で、清楚な女子で、虫一匹殺せないような人間に見えたのだ。僕は、学校での読書をやめた。話せる友人はいなかったが、読書をやめて人間観察に徹することにした。このクラスメイトから、今後、殺人鬼が出る可能性がある、かもしれない。すでに殺人鬼の彼女を除いて、今のところ、該当者はいないが。

「智幸くん、話があるの。」斎藤が話しかけてきた。

「いいけど。また、とんでもない話だったらごめんだよ。」

「ふふふ。もしかしたら、そうかもね。」

 彼女は、屋上で話そうといい、僕を屋上へ連れて行った。クラスの女子たちは、好奇心の眼差しで見ていたが、残念ながら、そういう関係ではないよと言いたかった。彼女とそういう関係と誤解されるのは、いやではない。むしろ少し嬉しい。そう思ったのに気付いた瞬間、彼女が殺人鬼であることを思い出し、頭を振り払った。なにを考えているんだ。彼女なんかと付き合ったら、次に頭を落とされるのは僕かもしれない。

 屋上は、誰もおらず、秘密の話には持って来いの場所だった。屋上といえば、恋人の聖地のイメージであるが、彼女は絶対に、恋人の申し込みに来たわけではない。

「あのね、私、本当は事件前から知ってたの。」

「なんだよ。」

「私は、育てられた両親の子ではないということ。」

 やはりか。養子で愛せないというのも、僕の中では選択肢にあがっていた。なぜ養子にしたのかはわからなかったが。

「親戚の家に預けられたとき、母親と親戚の人が話しているのを聞いてしまったの。母親は子供ができなかった。今みたいに不妊治療が一般にされていなかったから、子供をあきらめるか、よその子をもらう外、手がなかった。それで、両親が選んだのが、養子をもらうということ。」

 彼女は僕のほうを見ずに、空を見上げながら話した。僕は、ただ、手を見つめて話を聞いた。

「その両親が見つかったの。」

「えっ。」僕は驚いた。

「その両親があなたの両親。」

 また、奇妙なことを言い出した。僕の家に兄弟はいないし、父はすでに他界。もし、両親が斎藤を生んでいたら、僕と双子ってことになるじゃないか。

「いい加減にしてくれ。お前の虚言に付き合っている暇はない。」

 僕が去ろうとすると、彼女は大きな声で言った。

「DNA検査をしたの。」

「はあ?」

「あなたの髪の毛を使ってDNA検査をしたの。そしたら、80%の確率で兄弟よ。80%っていうのは、もうほとんど確実ってこと。」

「え、何言ってんだ。いつ髪の毛を?」

「あなたに抱き着いたときに、髪の毛をもらったの。実は、DNA検査をする前から目星はついていたわ。母が親戚の人に、近所に住む人が双子を産んで、その一人をもらったと話していたの。私と同じ年の人間がいるなんて、調べればすぐにわかる。私が実験をして、母に捨てられたのは、養子をもらったけどどうしても愛せなかったことと、養子をもらったあとに、父とあなたの母がいい仲になったからだそうよ。」

 あまりの情報量に解析が追いつかない。彼女は、DNA検査の紙を渡し、僕に読ませた。そこには、兄弟である可能性が高いと書かれており、難しいグラフはなんとなく、二つの線が同じ波形をしている。僕は双子だったのか。しかも、斎藤の父親と僕の母親が不倫だと。どう考えても、一回に知る量を超えている。受け入れるまでに時間がかかりそうだ。

「君が殺人をしただけでも、十分驚きなのに、この上、君と兄弟だなんて。」

「まだ驚きの事実がある。」彼女は僕の目を見て言った。

「私たちの父親は殺されている。」


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