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孤独は嗤う  作者: 譜久山 希
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-第1章- 過去の事件

 あれから数日が経った。学校で彼女と顔を合わせても、特に話しかけもせず話しかけられもしない。今まで、彼女のクラスにおいての動向をしっかりと見たことがなかったが、このたび分かったことがある。彼女は、学級委員長で男女問わず友達も多い。たくさん話すキャラクターではないが、にこにこと誰とでも信頼関係を築いている。また、教師からも信頼されている。まだ、入学して一か月しか経っていないというのに、どの教師からも名前を覚えられており、ノートを運んだり、用事を任されている場面も見かけた。きっと、成績優秀なのだろう。学校において、成績優秀な者とそうでない者は、教師から最初に覚えられるのだから。そして、僕と同様、部活はしていない印象に思える。7時間目が終了すると、他が部活に行く様子を尻目に下駄箱に向かっていた。さて、そこまで観察しておいて僕自身、彼女と話したいということはないが、せっかく出来た友達(の可能性を秘めた人物)なのに、僕は、金魚と同様に短い付き合いしかできないのかもしれない。あの日、僕の家でお茶をした後、彼女はそそくさと帰って行った。「あなたはきっと幸せなのね」には一体どんな意味が含まれているのだろう。正直なところ、僕は幸せではない。家庭環境は最悪といってもいいくらいだ。小さいころ、父親と母親は仲が悪かった。口喧嘩は毎日だったし、ときには手をあげていることもあった。そして、僕が7歳の時に離婚。父は僕には目もくれず出て行った。父のことはよく覚えていないが、出て行った日は、少し心が平穏だったことを記憶している。だから、僕には家庭環境の点で言えば幸せではないだろう。彼女に聞いてみるか、否か。僕は、悶々と聞くか聞かないかで悩みながら、同じページの文章を何度も読み返している。頭には一文字も入って行かない。他に話すことはないだろうか。彼女との会話を思い出そうと記憶の引き出しを開けたり閉めたりしていた。そういえば、商店街の殺人事件のことを話していたか。老人が殺されたとか、犯人は息子で捕まったとか。そのあたりから、会話をふくらませて、話すきっかけを作ろう。僕は、ようやく話すきっかけづくりと、会話内容を考え席を立ち上がろうとした瞬間、4時限目開始のチャイムが鳴った。

 昼休み。僕は彼女のところへ歩いて行った。

「あのさ。」

彼女は驚いた表情で顔を上げたが、すぐにいつものミステリアスな表情に戻った。

「どうしたの?智幸くん。」

「あのさ、この前、商店街の事件の話してただろ。少し気になって…」

彼女はふふっと笑うとこう続けた。

「テンを拾ってくれてありがとう。でも、数日後に話すのが、テンの話じゃなくて殺人事件の話?智幸くんは変わってるわね。普通は、テンは元気?とか聞くものじゃないのかしら。」

そうだった。Xの話をするべきだった。僕はこの数日の間に、Xのことはすっかり忘れ、彼女の事ばかり考えてしまっていた。実際には彼女が発した言葉についてだが。

「あ、そうだな。ごめん。Xは元気?」

「元気よ。あなたがお風呂に入れてくれたおかげで、風邪をひくこともなかったの。ありがとう。」

「いや、別にいいんだ。あの時はびしょ濡れだったし。」

「ところで、殺人事件がどうかしたの?」

僕にとって、本題は殺人事件ではない。しかし、自分が出してしまった以上、昔の事件の話題を振っておいて、いやあ何も考えてないんだ、とは言えない。

「あ。いや、その、事件の現場って残っているのかなって思ってさ。」

「放課後、一緒に行く?」

昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。どうも今日はタイミングが悪いようだ。それとも学校のチャイムは会話を遮るための特殊な細工でもしているのだろうか。


 僕たちはまず、図書館で古い新聞を調べることになった。10年前の新聞はおろか、もっと古い新聞でも図書館は保存しているというのだから、驚きだ。新聞は読み物として役目を果たした後、野菜に包まれてその生涯を終えるか、学校でいろんな雑事(そのほとんどが主役ではない)に飲まれて捨てられるのがおちだと考えていた。図書館で古新聞をどうやって保存しているのか分からないが、相当な量になることは確かだ。

「すみません。10年前の新聞記事を調べたいのですが。」

「分かりました。記事を絞り込むためのキーワードはありますか?」

受付の女性はにこやかに、ボリュームの小さめな声で言った。

「えっと、それでは、『殺人事件』と『堀北商店街』でお願いします。」

 記事は10分程して、印刷され渡された。何枚にも渡り、大きな事件だったことがうかがえる。その記事を斜め読みしていると、横から彼女が顔を近づけてきた。

「見出しが微妙だわ。」

「どういうこと。」

「『介護に疲れ両親殺害、自首』って書いてあるけど、これじゃこの見出しだけで記事が分かってしまって面白くないわ。」

「そうだけど、見出しって分かり易いのがいいんだろう。記事を読まなくても内容が掴めていいじゃないか。」

「そうだけど……。」

 彼女はまだ何か言いたげだった。引き込む見出しってことなのか?僕は新聞を読み込む習慣はないから、見出しである程度の情報が掴めればいいと思っている。その点、この見出しは最高に適している。何が不満なのだろう。

「この事件の時は、町がとても人で溢れていたわ。」

「そうだろうな。記者とか?」

「そう、記者。それにテレビの取材、好奇心で来た野次馬とか。私は、この事件のことをよく覚えてる。とても人が沢山いて、こんなにも人がいるのに、きっとこの事件のことは10年もすればみんな忘れるんだろうなって思ったの。案の定、この町の住人なのに智幸くんは忘れていたわ。」

 10年も前のことは誰だって忘れる。1週間前の食事内容を覚えていないのと同じで、ほとんどの事件が過去の大量の事件に紛れて人々の記憶から消えていく。大抵のことは人間は忘れてしまい、そうやって脳内のメモリーを少なくしている。でないと、記憶が溢れて、外付けで記憶装置が必要になってしまう。

 僕は椅子に座り、記事を読んだ。何枚にもコピーされた記事を要約すると、1997年6月13日に大前和成(37)は自宅で寝たきりとなり介護をしていた両親(大前正蔵とその妻、大前多江)を包丁で首を刺し殺害。殺害に使用した包丁は自宅のもので、刃渡り25㎝の包丁からは血液反応と大前和成の指紋を確認。遺体は数週間放置されていたが、罪の意識に耐えられず自首。息子の大前和成は逮捕された。介護に疲れ殺したと自供している、ということらしい。世の中の事件のほとんどが、どこか別の世界で起きているような、そんな平和的思考があった僕にとって、自宅の、しかも100mほどしか離れていない場所でこんな事件があったことは衝撃だった。改めて、事件の大きさを把握し、そしてこの犯人とも町ですれ違ったり、もしかしたら話しかけられたりしていたのかもしれないと思うと、過去のことながら身震いした。

「どうだった?」彼女は聞いた。

「どうって言われても、今更ながらに怖いなと感じたよ。」

「じゃあ、行きましょうか。事件の現場に。」

 彼女は、立ち上がって鞄を肩にかけると、出口に向かって歩き出した。僕も慌ててそのあとを追った。

 商店街は相変わらず活気がなく、人気も少なかった。脚を右、左、右、左。少しずつ前に進む僕の前を歩く彼女。背中で揺れる長い黒髪は、夕日に当たって輝いている。単純に綺麗だなと感じた。どうして、彼女はこんな僕と一緒にいるんだろう。そんなことを考えながらも、視界は変わり、商店街の端に近い、古びた家の前で止まった。看板は無い。普通の二階建ての一軒家だ。

「ここよ。」

僕は、少し怖くなった。ここで殺人事件があったということは、ここにはもしかしたら幽霊がいるかもしれない。怨念とかそういうものが溜まって、悪いものがいるかもしれない。そんな、根拠もない恐怖に駆られ足がすくんだ。しかし、彼女は扉を開けて、中へ入ってしまった。そして、腹をくくって僕も中へ入る。

 家の中には、当然のことながらほとんど物という物が無かった。人が住んでいないと、家は朽ちていくというが、本当のようだ。崩れそうなのではなく、埃がたまり、蜘蛛が巣を張り、床はぎしぎしを音を立てた。階段を上ると、まるで来客を歓迎するかのように、床の音が激しくなった。階段の壁には、何か写真を飾っていたのだろうか、四角に色が白い部分があった。2階には3部屋あり、殺人現場を思わせるような部屋はなかった。業者が綺麗に掃除をしたからなのか、過去が残った部屋は見当たらなかった。ふと、そばの廊下の柱に目がとまった。そこには、僕の腰あたりの高さに、横線がいくつか書かれている。横線の下には「りか」と書かれていた。身長を記入していたのか。その時、僕の中に嫌な想像がよぎった。明らかに、子供の字で書かれたその文字が、僕の頭を駆け巡った。

「あのさ、聞きたいことがあるんだけど……」

「なあに?」

「あの、その、お前の名前ってなんだった……?」

「あら、もう忘れたの?ふふっ。斎藤よ、斎藤梨華。」



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