悩むよね
いーちゃんの説明を聞いていたらいい時間になったので、1度切り上げてご飯の準備をする。
いーちゃんはその間に装備の点検とアイテムの確認をするってさ。
準備は大事なんだって。
……そういえば本屋で異世界をテーマにした本のポスターがあったなぁ。
今度読んでみようかな?
……べ、別に異世界行きたいとかじゃないけど!
「いーちゃーん、ご飯出来たよー」
テーブルに皿を並べていーちゃんに声をかける。
はーい、と間延びした声が聞こえてきたので、お茶碗にご飯をよそって置いて、わたしはこたつに入って待つ。
この家のリビングは厳密に言えばダイニングキッチンと和室に分かれる。
だが、両親が生きていた時に人数が増えて襖が邪魔だね、という話になって片付けられたままなのだ。
キッチンの方に4人掛けのリビングテーブルがあり、和室には座卓がある。
今日は座卓の方でのご飯だ。
なんせまだ寒い。
座卓という名のおこたでぬくぬくのご飯タイムだ。
「あー、いい匂い」
祖父の部屋は座っているわたしの正面にある。
間にはソファーがあって、いーちゃんがこたつに入るには真っ直ぐ進めないようになっているが、元々こうやって置かれていたので気にしない。
いーちゃんもソファーを避けて回り込み、ソファーを背もたれにしてこたつに入る。
「うまそー」
「お口に合うといいんだけど……」
「いっただっきまーっす」
「いただきます」
今日の晩御飯は本当に簡単なものだ。
肉じゃがにほうれん草のおひたし、豆腐とネギの味噌汁と焼き鮭だ。
なにせ引っ越ししてきたばかりだからね。
材料もあるもので済ませたから、明日は買い物に行かなくちゃいけない。
「うまーっ」
「ホント?良かったぁ」
ちょっと赤い目のいーちゃんが、美味しそうに食べてくれるから、ちょっと嬉しい。
1人きりの晩御飯は味気ないもので、それを思い出すと同じく1人だった祖父が思い浮かばれて苦いものが込み上げてくる。
「菜摘ちゃんはいい奥さんになれるよ!……あ、いやでも、まだ結婚は早いと思う!」
「そんな予定は残念ながらありません」
「可愛くて料理も上手な菜摘ちゃんに何の不満があるんだ!?」
「元々彼氏いないんだって」
いーちゃんは可愛いと言ってくれたけど、わたしは別に可愛くはない。
ちょっと髪が焦げ茶色で、目も真っ黒ではないけれど、普通の二重だ。
総合しても普通の日本人顔だと思う。
異世界人のクオーターって言っても通じないしね。
いーちゃんは同じ焦げ茶色……いや、もうちょっと薄いかな?
目の色も薄いかもしれない。
祖母が赤茶色の髪で、黄色っぽい目だった。
ちょっと目鼻立ちがはっきりしてるかな?ってぐらいだったから異世界人だって言っても笑われて終わりそうなぐらいだと思う。
母親も真っ黒じゃないだけで日本人顔だったしね。
可愛い系ではあったけど。
父親は普通の日本人顔だった。
……うん、わたしは普通にしかならなかった。
「彼氏いないの?」
「うん。興味なくて……」
「そっかぁ」
「いーちゃんはいそう」
「えー?俺もいないよー?」
「嘘だぁ」
「ホントホント」
軽口を叩きながら楽しくご飯を食べた。
こたつで何やらやってるいーちゃんを尻目に後片付けを終えると、もう1度いーちゃんと向き合う。
話は全部片付いていないからね。
とりあえずいーちゃんのやってる事が終わるまで待とうとその様子を見ていた。
「*%#&$$¥#*%」
「?……っ!!」
こたつの上に広げた紙に何かの図形を描いていたいーちゃんは、その紙の上に指輪を乗せて、理解出来ない言葉を喋り出した。
すると紙に描かれている図形が光り出す。
その不思議な光景に思わず口をぽかーんと開けて見入ってしまった。
「…………よし、これでいいだろ」
「……なに、今の」
「ああ、この指輪に魔術陣を込めたんだよ」
わたし『魔術』とやらを見たようです。
いーちゃんの掌に乗せられたその指輪は、一見しただけならただの指輪だ。
でも今見た光景と、いーちゃんの言葉に思わずその指輪を凝視してしまう。
「父さん……じーちゃんも結婚指輪とは違うやつ着けてたろ?」
「あ、うん。どっちも一緒にお墓に入れたよ」
「ああ。あれはばーちゃんがじーちゃんに作ったやつだったんだよ。……言葉が通じなかっただろ?」
祖父の指輪を思い出してみる。
祖母との結婚指輪とは別に、小指に指輪を着けていた祖父。
ファッションにしてはシンプルで、そして祖母の小指にも同じ指輪が填っていたことを思い出した。
ただのペアリングじゃなくて、お互いの世界で言葉が通じるようにと祖母が魔術陣を作り、指輪に篭めたものだったらしい。
でも、どうしてこの指輪をいーちゃんは作ったのだろうか。
わたしは異世界に関わるつもりは今の所ない。
「俺は向こうで生活してるからさ。もし何か伝言とかあったら向こうで菜摘ちゃんが誰かにお願いすることもあるかもしれないでしょ?」
いーちゃんはそう言ってわたしの左手を取ると、小指に指輪を填めた。
ゆるゆるというよりぶかぶかだった指輪が、わたしの小指に合わせてしゅん、と縮まった時にはビックリして肩が跳ねてしまった。
驚くことは先に言っておいてほしい。
「これで菜摘ちゃんも向こうの言葉がわかるようになったよ」
「……うん」
手をゆっくりと持ち上げて指輪をまじまじと見つめる。
どこからどう見てもただの指輪だ。
「じゃあこれからどうするか、話し合おうか」
「あ、うん」
手を下ろしてしっかりといーちゃんと向き合う。
これから、と言われてもわたしもまだ色々消化出来ていないから何を言えばいいかわからないのだけれど。
「まずこの家の事だけど、俺はやっぱり向こうがメインになるから、菜摘ちゃんがこの家の持ち主でいいと思うんだ。こっちの世界に知り合いも少ないし、持ち主がいないって思われて何かあっても嫌だし」
「……わかった」
「で、あの道具屋をどうするかなんだけど……」
「うーん……」
あの道具屋が祖父の大事なモノなのは何となく理解出来る。
祖母との思い出もあるだろうし、いーちゃんとの繋がりでもある。
積極的に『異世界』に関わりたいとは思わないけれど、祖父の遺したものの1つであることは間違いない。
あの道具屋も祖父との繋がりになるのではないだろうか。
「……おじいちゃんって、どんな物売ってたの?」
祖父の……いや、家族の遺した繋がりだと思うと『関わらない』という思いもどこかへ行ってしまう。
そんなわたしはいーちゃんの知る限りで道具屋のことを教えてもらった。