不思議なレンタル服屋
「いい桜?今回で決めないとあんた20連敗ですからね」
「20なんていってないわよ。それに、あれは相手が
私の良さを分かっていなかっただけなの!!」
沸騰しかけてる味噌汁を背にした母親に、
桜は言い訳するようにそういうと、バックを手に
玄関の扉を開けた。
「どこいくの?会社は?」
「今日はお昼からにしてもらってるの、明日に着る
服をレンタルしてくるから」
「レンタル?」
「うん、あゆみからいい店を教えてもらったの」
「そう、あゆみちゃんはあんたの幼馴染だけど
もう、結婚して子供もいるし、あんたのせん」
母の言葉を遮るように、扉を勢いよく閉め、桜は
雨が上がり晴れた空に目を向け、複数できている
水たまりに気を付けながら駅のほうへと歩いて行った。
ーーーーーー
その店は、最寄駅から二駅で降り、人通りの多い商店街を
避けた暗い通路にポツンと建っていた。
「レンタルショップKODAMA。よし、ここだわ」
ドアは手をかけると音もなくスッと内側へと開き
外見とは違い、煌びやかで清潔な店内には、一般的な
服から、和服、ドレスまで多種多様な服がきれいに
分けられて並べられていた。
「いらっしゃいませ。今日はどういった服をお求めですか?」
「えっ!?あっ、どうも」
いつ来たのか、左右に泳がせていた視線を正面に戻すと、
桃色のスーツを着た40代ぐらいの女性が桜の前に立っていた。
「あの、明日のお見合いに着ていく服を探していて」
「かしこまりました。こちらえどうぞ」
店員の女性についていくように、桜は着替える用のブースに
案内された。
「身長は153,2、体重は、、28歳ですね。」
「えっ!?どうしてわかったんですか!?」
「職業柄、お客様に最適な服をご用意するために自然と
身についた能力ですわ。」
女性はニコリと笑うと、少しお待ちくださいと桜に告げ
ブースに桜を残して姿を消した。
そして、数分が経過したとき、女性は片手に一着の
服をもって現れ、きれいにカバーされた桜の刺繍が全体に
施されている着物を桜に差し出した。
「こちらが桜様にピッタリの服ですわ。」
「綺麗な桜ですね。着てみてもいいですか?」
「もちろんですわ」
店員にも手伝ってもらい、用意された着物を身に着け
鏡の前に立ってみると、そこには、見たこともない自分が
驚いた表情で写っていた。
「これが、、私」
「はい、とてもお似合いですよ。どうされますか?」
「あっ、レンタルします!おいくらですか?」
ーーーーーー
帰りの電車の中で、右手に母へのお土産のたい焼きを
持ち、左手にはきれいに包装された服をもち、桜は
格安でレンタできた喜びと、本当に自分にピッタリな
服をゲットできたせいで微かに電車の窓に映る顔は
ニヤニヤとにやけてしまっていた。
「レンタル期間は明日だけですと、2000円でございます。」
「やすぅ!!あっ、すいません」
「延長はききませんので、必ず明後日までにはお返しください。」
「はい。」
「あと、複数回の試着はお控えください。」
「えっ?」
「あなたが服を着るということではなくなってしまいますので」
「服はきるものでしょうが、、」
電車の中で小さくつぶやきながら、桜はそう問いかけたが
答えは返ってこず、知らぬ間にニヤニヤした顔は消えてなくなり、
窓には、少し複雑な表情な自分が映っていた。
ーーーーーー
「新井桜です」
用意された料亭の座席には、桜と母が座り、前の席には
緊張した面持ちの男性とその母親が座っていた。
「まぁ、とってもお綺麗なお嬢様ですこと
着物もものすごくお似合いあですわ」
「ありがとうございます。信二さんは気にって下さいましたか?」
「えっ!?も、もちろんです。とっても似合ってます」
信二は顔を真っ赤にしながら目の前の女性を一瞬みて、途端に
視線を下に戻した。
「信二さんは銀行員だそうで素晴らしいですわ」
「いえいえ、肩書も大切ですが、私としてはお宅の
お嬢様のように、芯が一本立っている方のほうが
うらやましいですわ。本当に、信二にはもったいない方です。」
ーーーーーー
「向こうからお願いしますなんて、、これって夢じゃないわよね桜?」
「夢じゃないわ。これで、私も晴れてお嫁さんよ!フン!!」
「はぁ~あんたが、大手銀行員の旦那さんをもらえるなんてね」
「まね、私の魅力がようやく理解できる人がでてきたってことよ」
「でも、本当に似合ってるわその着物、、見てると
惚れ惚れしちゃうもの」
夕焼けの日差しの中、桜模様の着物は淡い光を浴びて
キラキラと生きているかのようにきらめき、後ろに
長く伸びた3つの影はゆらゆらとうごめき、それを
塀の上から見ていた猫は不思議そうに首をかしげると
ピョンと跳ねて塀の内側へと姿を消した。
ーーーーーー
「そうですか、うまくいきましたか」
「はい。選んでくれた服のおかげです」
次の日の午後、仕事帰りに桜はあのレンタルショップに
服を返しに来ていた。
「いえいえ、服は着る本人様の魅力を引き出すための
一因でしかありません。」
「ありがとうございます。また、この服をレンタルさせてもらいますね」
「それは、無理です。」
「えっ!?」
「同じ服を2度レンタルすることは出来かねます。」
「そ、そうなんですか、、」
「ご安心ください。桜様に合う服をまた私がご用意させていただきます。」
「本当ですか!!ありがとうございます。でも、なんで、
同じ服をレンタルできないんですか?」
「それは、服を着るのではなく、服が、、」
店員は言葉を詰まらし、スッと開いたドアの方に視線を向けていた
「いらっしゃいませ赤坂様」
桜も目を向けると、そこには黒と赤の着物に身を包んだ
女性が、冷たい目でこちらを見つめていた。
「わたくしは忙しいの?ご用件はなに?」
「失礼ですが、森様はどうなさったのでしょうか?」
「森?誰のことですの?」
「、、、こちらに」
奥へと店員と消えていく女性を目で追いながら、桜はなぜか
違和感を感じていた。どこか、変わっている、、どこか
そう考えながらフト視線を下へと向けたとき、一瞬だったが確かに
その女性の足元から延びる影が2つに見えたのだ。しかし、それは
一瞬で大きめの影が小さい影を食い尽くすかのように覆い隠し、
ごく普通の影に戻り、奥へと消えていった。
「服を着るのではなく、、服が着る、、」
何かが解りかけたように、そう桜はつぶやきながら
店を後にしたが、家に着くころには、すっかり忘れてしまい、
幼馴染のあゆみと奇跡の?お見合いについて大いに
語り合っていた。