牢獄で団欒
「思い直して頂くことは叶わないのでしょうか?」
鉄格子の向こうで小さな肩が震えている。自らと同色の瞳から、今にも決壊して零れそうな涙を堪えて、その貌が余りに蠱惑的で扇情的な空気を醸しているので、彼の将来がほんとうに心配になる。
「オレは長く生き過ぎたんだよ」
「ーーそんなことは」
「あるんだよ、ひとりがどれだけ頑張って踏ん張っても、土台が腐ってりゃいずれ崩れるのが道理さ」
囚人の寝床にしてはフカフカとした清潔なベッドから半身を起こし、首の後ろで手を組み欠伸を噛み殺す姿は、とてもこの国を存続させて来た統治者には思えないほど、安穏とした猫か何かの様である。
「退位する形では駄目なのですか?」
「誰に譲れるんだ?直轄領へ尻尾巻いて引き籠ってる誰を引き摺り出し担ぎ上げれば良い?」
辛辣な言葉とは真逆の笑みを浮かべてまだ幼く麗しい少年を見据える。
「おまえさんがもうちょっと早く生まれてくれればなぁ。ーーでも、アンリだって王様になんか成りたくないだろ?」
「それは…」
「オレだって可愛い曾孫を、こんな目に合わせるのはごめんだしなぁ」
慈しむ微笑みを贈り、哀しみに暮れている瀟洒なアンリの姿を目の裏へと焼き付ける。
「顔見せに来てくれてありがとな。それから、ノーマン、エドガー。悪りぃ反体制派潰し損ねた、教会の連中がどーにもなぁ」
「陛下、其れについてなのですが」
ふたりの語らいの邪魔にならぬよう、後方に控えていた者共から進み出て、悄然としている少年を鉄格子から引き剥がし背後から両腕をまわして包み込みその頭上に自らの顎を載せると、真剣な眼差しで賢王を射る。
「私の祖父ジャン=バディストからの言伝です。『今迄、何も希わなかった陛下の最後の望みくらいは必ず成就させます』とのこと、何やら真っ白く灰に成りかけてましたが、腐ってもこの国の宰相ですので余計な問題は無いでしょう」
「ーーそうか」
居住いを正し腕を組むと、面白くなさ気にヴィンセントを睨む。
「確かにおめぇにアンリを頼んで良いかとは言った、そう言ったけどさぁ。それはどうなの?」
彼の腕の中で顔面を蒼白にして小動物のようにプルプルとしている曾孫が心配で心配で心配である。大事なアンリを時折り盗み見るヴィンセントの熱視線にちょっと砂でも吐きそうだ。
「また消えられても敵いませんし、隙を与えれば逃げますので」
「逆効果じゃねぇの?」
「ショック療法です。私に慣れ親しんで貰わないとこれからは困りますので」
毅然と言い切る態度に、若い者にはかなわんなぁと目を逸らして、次はノーマンに視線を移す。
「このまま順調に行けばおまえさんが英雄なんだが…」
賢王の言葉に瞬きの数を増やし、首を竦めたノーマンにも心配になる。
「英傑サラディーンの子孫の内で1番の意気地無しで泣き虫小僧が新時代の英雄か…オレ心配多過ぎて霊廟から出張しそうなんだが?」
「皆んなみーんなそう思ってますがもう今更です。まぁエドガー隊長とかも付いてますし」
「えー、俺に話振るなよー」
責任の重さに沈む面々を他所に、アンリは抱き締められていた腕を振り払い、意を決して鍵のかかっていない牢内へと突き進み賢王の傍へと立つ。
「僕は弱くて欠片もひいおじいさまに辿りつかないかもしれません」
そう言って、言葉を呑む賢王の両手を取りおずおずと自らの額に押し当てる。
「けれどまだ貴方は此処にいる。お願いです、力無き僕に与えて下さい」
涙は零さない、泣いている時間が在るならば、最後まで小さな自分の総てで尊き御方を捕まえて居たい。
「たった一夜で賢王の叡智を」




