★☆ホワイトデー☆★
美夏は、公園のベンチに座り、景色を見ながら小さく息を吐いた。
この公園はよく俊彦との待ち合わせに利用していた。ここに来るのは半年ぶりだった。俊彦が消えてからは一度も来ていない。もう、二度と会えないことを再確認するのが怖かったのだ。
いずれはこんな日が来る、覚悟はしていたはずだった。ずっと、そう聞かされて来たのだ。
「美夏には、嘘はつきたくない」
今にも泣きそうな表情と口調でそう口にした俊彦の表情を今でも昨日のことのように思い出せる。
そう、覚悟はしていた、つもりだった。でも、予想よりも早く、突然訪れた別れを受け入れることはできなかった。生きていればいい、妹たちに告げたその言葉は、美夏自身に言い聞かせるための言葉だった。
だから、今年のバレンタインを最後にしよう、と決めた。もし、妹たちが届けることができなければ、届けられても、ホワイトデーである今日、彼がこの場所に現れなければ、諦めようと、決めた。もし彼がここに来たら、伝えたいことがある。
「やっぱり……来ない、か……」
小さく、小さく呟いた美夏の頭上に、影が差した。
「…………し…………ひこ」
どこか困ったように笑う、彼の姿がそこにあった。
「会いに行かないのか?」
薄暗い部屋の中で聞こえた聞き慣れた声に、俊彦はどうすべきか、と顔をあげた。
「じーさん、頭大丈夫か?」
とっさに出てきたのは、そんな呆れたような、冷たい声だった。あの事件を引き起こした監獄代わりにここにいるはずなのに、そう簡単に会いに行っていいはずがない。
そもそも、自由に出れること自体がおかしいのではないだろうか?それなのに、望めば外へ出ることも叶う。もっとも、まだ完全に成長が止まっていない俊彦には食事は必需品なのだ。基本は自給自足をしているが、それだけではどうしようもない物も多々ある。それらの買い出しで外に出る許可は貰えていた。監獄というにはあまりに優しい時間だった。
それでも美夏に会いに行く許可を貰えるはずがない。
「ひどいことを言うね、嫌な孫だな〜」
くすくすという笑い声さえ聞こえてくる由良の言葉に、ひどいのは誰だ、と言いたくなる。 見ることの許されない夢を、忘れたい夢を、思い出させないでほしい。
「はい、これ」
ぽん、と投げてよこされた巾着袋に俊彦は軽く首を傾げた。手のひらサイズの袋は見た目に反し、まるで羽のように軽い。
「何これ?」
「開けてみなさい、夏樹からのプレゼントだよ」
言われ、俊彦は巾着袋の紐を解いてみる。見覚えのある半透明の水晶玉がそこに入っていた。薄い紫色が渦を巻いている。
「精霊球……?」
精霊の力を一次的に水晶に閉じ込めている。これを持てば、1回だけ、自分の契約している精霊以外の力を扱うことができる。これを作れるのは、相当力のある術者だが、俊彦は何度もこれを見たことがある。
兄が作った機械は、これを参考に構築されたものだ。ただし、これは自分の意思で作るほか、作った後はかなり脱力するため、作れる人間はさほど多くない。
「そ、記憶を司る精霊の術者が作った」
目を見張った俊彦は、すぐにどこか苦々しい表情を浮かべた。
「これで、俺の記憶を消せ、とでも?」
「いいや……。夏樹からの伝言をそのまま伝えよう。"もし、美夏が神家のことや、精霊のこと、そして先祖返りの事を受け入れることができたなら、共に生きることを許そう。もし受け入れられなければ、彼女の記憶を消しなさい"」
予想外の言葉に俊彦は唖然と目を瞬く。
「……じーさんは、ばーさんと生きて、幸せだった?」
「そうだね、辛いことも多かったけど、概ね幸せだったよ。……俊彦、決めるのは君だよ」
由良が部屋を出て行くと、唖然とした俊彦と、光り輝く精霊球だけがその場に残された。
数ヶ月後、楽しそうに笑いあう俊彦と美夏の姿が見られた。




