7 行方不明者の行く末4
美冬はその時の事をさほどはっきりと覚えてはいない。当時五歳だったのだから、それも当然と言えるが。覚えているのは、目を覚まして嬉しそうに顔を輝かせた両親や医者の表情が一瞬で凍りついた事だけだった。鏡を見るまで、なぜそんな風に凍りついたのかさっぱり分からなかった。そして、その一瞬の笑顔が、彼らが美冬たちに向けた最後の笑顔だった。
「五歳の時?水と関係あったり、する?」
嘉穂の問いに美冬は小さく頷いた。
「あまりよく覚えてないですけど、海で遊んでて溺れちゃったんです。二人で」
「二人?」
「はい、私と、双子の妹と」
苦しくて、苦しくて、どうしようもないくらいつらかったことは覚えている。助けて、助けて、と何度も何度も願っていた。
《そなたと彼女、どちらかを助けてやろう。誰を望む?》
不意に頭に響いてきた声に美冬ははっと息をのんだ。そうだ、あの日、沈んでいきながら、もう、駄目だ、と思った。伸ばした手が少しだけ、美琴に触れて、それだけで少し嬉しかったのを覚えている。
「宮乃原さん?どうした?」
祐次に肩をゆすられ、美冬ははっと顔を上げる。海に体をさらわれた、あの日の事はずっと思い出せなかった。靄がかかったみたいに何も思い出せない。幼さゆえだと思って気にしてもいなかったが。
「声……が、聞こえたんです」
言葉を一言、一言、口にするたびに体の中から何かが沸き起こってくる。温かなものに、内側からあふれてくる何かに包みこまれているような気がして、どこか安心した思いがする。ここに来てから感じることのできなかった美琴の存在を傍らに感じたような気さえする。
「水の中で、沈んでいく美琴に手を伸ばして……もう、駄目だって思った時に女の人の声が聞こえたんです。……私か、美琴どちらかを助けてくれるって。どっちを選ぶって、言っていました」
その時、美冬は然程深くは考えなかった。ただ、ずっとともに、そばにあった存在を失うのが嫌で、ただ、ただ、美琴の存在だけを思っていたような気がする。
「どっちを選んだの?自分か美琴さん?か」
「……美琴を」
記憶があふれてくると同時に包みこむ温かさも、そして傍らに感じる美琴の気配をも強く、強く感じる。
「……駄目。宮乃原さん、だめ。それ以上は……力を扱えなければ利用価値がなくなって見逃してくれるかもしれないけど、あなたが認識して使ってしまったらもう、駄目。押さえて」
不意に抱きしめられた美冬は軽く目を瞬いた。嘉穂が何かから美冬を守るかのように抱きついて来ている。
「え……あの……」
「後で説明する。君のその力は、相手に渡すわけにはいかない」
「私たちが守るつもりではいる、けど、おそらくこの中で一番力が強いのはあなた、なのよね、宮乃原さん」
彼らが何を言っているのか、さっぱり理解できないのは、美冬が悪いのだろうか?後、ではなく今すぐ説明してほしい。
記憶のふたを閉じても、包みこむ気配が消えることはなかった。




