不安な男
この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません
相手の左拳を半身になって避け、その反動でカウンターを顔面目掛け撃ち込む。
沈み込んだ相手の足払いを予測した俺は、すでに飛び上がっており、動揺した相手に膝をお見舞いした。
「決まったー!勝ったのは期待の若手、村田だー!」
実況の絶叫と解説の賞賛が響く中、俺は一人この後のことを考えて憂鬱になる。
インタビュアーが俺にマイクを差し出してくる。
「20連勝、おめでとうございます!次は世界戦ですか?」
次は世界戦ってなんだ?日本で雑魚狩りしてないで早く海外に挑戦しろ臆病者ってことか?20連勝で思い上がるなって?
「このまま、頑張っていこうと思います。」
「頑張るとは具体的に何をされるのでしょうか?」
ぬるいこと言うなって?もっと詳細なプランを立てろって?
「いつか世界に挑戦します」
「なるほど、頼もしいです!村田選手の次の活躍に期待しましょう!」
あああ言ってしまった。お前ごときが世界に挑戦するのは早いとか、Twitterで叩かれるんだ。入れ墨入れた怖い人に裏で詰められるんだ。
超ネガティブな俺は、他人をいちいち気にしてしまう。ネットでエゴサしまくって、一つでも嫌なコメントがあったら落ち込む。俺が見ると負けるから、贔屓の野球チームの試合結果はネットニュースでしか見ない。
ネガティブ思考で得られるものは少ない。しかし、いやだからこそネガティブゆえに得られるポジティブがある。
それは、「相手の行動を予測する」という技術だ。
ネガティブだからこそ、常に色々なパターンを想定する。だから、対戦相手が何をしてきても予測の範囲内、ってやつだ。
将棋やチェスもやってみたが、他人の手が触れて菌まみれの駒を触るのが嫌だったから三ヶ月でやめた。
「池田との試合まで残り一ヶ月だ。お前なら勝てる。追い込むぞ」
総合格闘技は長期戦。コーチに言われた通り、ランニング。
─ただし、うまくいくことは少ないのだが。
あ、あの看板古くて落ちそう!ランニングコース変えるか。なんか黒色のベンツがある。近く通ったら攫われそうだな。車道から離れよう。入れ墨入れたヤンキーだ。追い越したらケンカ売られそう!ペース落とそう。
「ランニングはペースが乱れるな。公園で技の練習をしよう」
公園の注意書きを見る。
「ボール遊びや危険な行為は禁止…か」
ボールは持っていないし、危険行為でもないだろう。
でも、たまたま管理人が見ていて、俺のトレーニングを見て不審者扱いされて警察を呼ばれたら?それで所属事務所をクビになって、2ちゃんで笑いものにされたら?
【悲報】村田、雑魚すぎるwwwみたいな晒しスレ立てられたら立ち直れない。
「帰るか…」
家でおとなしくトレーニングしよう。
家はには3台の防犯カメラ、窓には鉄格子、防火シャッター、いざというときにはSECOMが駆けつけてくれるからな。
これが俺の日常だ。
っと、そろそろあの時期だな。今回の相手に会いに行こう。
「俺はお前より強い」
はあ、と興味のなさそうな相槌を打つ目の前の男に、俺は続ける。
─ライト級日本5位、池田広明。21歳で、26歳の俺よりも5歳若い。
21歳ってことは、肉体の全盛期じゃん。俺より絶対死ぬの遅いじゃん。なんかチャラくて怖そうだし。
「いきなりなんだ、って顔だな。まあ、こんな前置きをされたらそうなるか」
「前置きってなんすか?」
池田が首を傾ける。
うっわ、首裏にタトゥー入ってる。痛そ〜。
でもタトゥー入ってるってことは痛みに耐えてるんだよな?じゃあ打たれ強くね?負けるんじゃない?
「だから、俺は強いってことだよ」
「俺は、あらゆる可能性を想定する。端的に言えば、相手の動きが読めるんだよ」
「つまり、お前の攻撃は俺には当たらないし、俺の攻撃はお前に当たる。シャア対ザクみたいなもんだな」
俺は馬鹿だ。シャアはザクに乗ってるじゃねーか。ザク対ザクじゃん。
「俺、機械のことは分からないです」
「ってか、なんで俺にその話するんですか?」
「だから、お前に勝ち目はないから諦めろってことだよ。日本ランキング5位の小池くん?」
「だから、今の話が俺が諦めることにどう繋がるんですか?」
「若いってイイねぇ、諦めることはさらさらないってか」
「当日、楽しみにしてるよ」
小銭を置き、俺は喫茶店を出た。
今のセリフ、くさかったな。格闘技ファンに聞かれて、恥ずかしい発言として晒されたらどうしよう。カッコつけたけどダサくなかったかな。あいつに嫌われてないかな。
「いよいよやってまいりました!村田VS池田!日本ランキング1位と5位の対戦に、注目が集まります」
「試合前に、両選手にインタビューをしてみましょう!」
「楽しんで勝ちまーす」
「どんな試合だろうと俺のやることは変わらない。勝ちます」
いつも通り相手の動きを読むだけだ。ああでも手汗がヤバい。なんか頭がぐるぐるする。ここで負けたら俺の時代は終わったとか言われるんだろうな。
でも俺にはこの予測能力がある。
「やっぱり怖え…」
強がってみても、怖い。震える膝を押さえつける。ガチガチなる歯が鬱陶しい。
「それでも俺は、勝たなきゃダメだ…」
負けたら誹謗中傷されそうだし生活水準上げすぎて落ちぶれたセレブみたいになるかもだし。
名前がコールされる。光るスポットライトを浴びて、ステージに向かう。
「レディー ファイト!」
俺は試合に大敗した。池田は馬鹿だった。よく考えれば、ヤツとの会話は噛み合っていなかった。馬鹿すぎるゆえに、予想もしなかった手を繰り出す。俺は普段の読みが使えず、5ラウンドでKOされた。




