知らないことを恥じる必要はありませんが、誇るのはやめた方がよろしいですよ
「アリアナ・クレイン、お前のような頭でっかちな女はもう懲り懲りだ! 婚約を破棄させてもらう!」
伯爵令息エリオット・フォルド様は私に向かってこう言った。
跳ねた前髪が特徴的で、整った顔立ちだけど、常に人を見下すような目をするタイプの男性だった。
こうなるだろうなとは思っていたし、私としてもこの人に未練はない。
「分かりました。お元気で」
私は長い黒髪をふわりとなびかせ、なるべく颯爽さを演出して、夜会会場のホールを立ち去る。
こんな演出をしている時点で未練はなくとも少なからず悔しさはあるのだなと、心の中で苦笑する。
後日、正式に婚約解消の手続きをすることになるだろう。
さて、なんでこんなことになってしまったかというと――
***
私は幼い頃から本や資料を読むことが大好きで、自分で言うのもなんだけど豊富な知識を持っていた。
やがて、子爵令嬢として社交界にデビューを果たす。
私自身、理知的な令嬢を演じたかいもあって、すぐにエリオット様に見初められ、婚約できた。
ここまではよかった。
だけど、私とこの人は相性が悪かった。致命的なまでに。
エリオット様は物を知らなかった。
もちろん、伯爵令息としてそれなりの上等教育を受けてはいる。
だけど、余分な知識を蓄えることに興味はなく、貴族なんて最低限の社交マナーさえ知っていればいいというそんなタイプだった。
実生活ではとても役に立たないような知識でさえ貪欲に吸収したいという私とは真逆だった。
ただし、それだけならばまだいい。問題は――
ある時、私はエリオット様と街を歩いていた。
教会で、大きめな規模の葬式が営まれている。
気になって話を聞いてみると、かつて大道芸人として一世を風靡したラートル氏が亡くなったとのこと。
私は本で読んでいてラートル氏のことを知っており「ジャグリングではこの人の右に出る方はいなかったとか」と追悼の声をかける。
ところが、エリオット様は肩をすくめる。
「誰それ?」
その場の空気がピリッとするのが分かった。
「ラートル? 聞いたこともねえや。大道芸で有名って……狭い世界でトップ獲っていい気になってたお山の大将ってところか。まさにピエロだな」
暴言にも程がある。国外で芸を披露したこともあるラートル氏に対して“狭い世界”扱いは無理があるだろう。
私は慌ててエリオット様を連れ出す。
「エリオット様、さっきのはまずいですよ。ラートル氏はすごい大道芸人で……」
「だけど、知らないもんは知らないし」
「ですが……」
「だいたいお前だってラー何とかの芸を見たことあるわけじゃないんだろ? そういうのを頭でっかちって言うんだよ。知識だけ無駄に豊富なタイプだ」
「……!」
これを言われると正直耳が痛かった。私のラートル氏に関する知識は、あくまで本で読んだだけのものだ。
だけど、だからといって亡くなった人に「誰それ?」はないだろう。
思えばこの時からだと思う。婚約者としてのこの人に明確に疑問符がついたのは。
それから、だんだんとエリオット様の本質が分かってくる。
「昔の文豪の小説らしいが、一行も読んだことねえ」
「そんなマニアックなことわざ、聞いたこともないわ」
「オリーグ国? どこにあるんだよ、そんな国」
この人は知らないことを“誇る”のだ。
そんな生きる上で不要な知識を知らない俺はかっこいい、という具合に。
だから葬式という厳粛な場でも「誰?」「聞いたこともない」なんて言葉が出てくる。
知識を吸収するのが好きな私と、余分な知識などないに越したことはないエリオット様。
繰り返すが、致命的に相性が悪かった。
私は知らないことを誇るエリオット様にいい印象を持てないし、エリオット様は事あるごとに知識を披露する私のことが疎ましかったはずだ。
この婚約は遠からず破綻する――そう予感していた矢先の婚約破棄劇だった。
婚約はすぐに解消され、エリオット様は新たにパトリシア・ナールという男爵令嬢と婚約したという。
いくらなんでも早すぎるから、私との婚約中にすでに関係があったというのが妥当でしょうね。
一方の私はそう簡単に次の相手と……とはいかない。
エリオット様との件で男性に対してどことなく忌避感を覚えてしまい、以前のように自然に振る舞えなくなってしまった。
両親からは「焦らなくていい」と言われたけど、焦りは募る。
この私、アリアナ・クレインはいい男性と巡り合うことはできるのかしら――
***
私は旅に出ることにした。
従者として、侍女のテレサを伴う。
栗色の髪をお下げにしたテレサは私と年が近く、護身術の心得もあるので、話し相手としても護衛としてもピッタリだ。
たとえば――
「お嬢さん、旅してんの? どこかでお茶しない? その後はしっぽり……」
言い寄ってくるこんな輩はたちまち腕を捻り上げてしまう。
「ぽっきりと腕を折られますか?」
「あだだっ! すみませんでしたぁ……!」
ナンパ男を撃退してみせたテレサに私は微笑みかける。
「ありがとう、テレサ。助かったわ」
「いえいえ、アリアナ様の旅の安全は私にお任せを」
「ええ、お願いね」
「そして、アリアナ様はどうか新しい恋を見つけてくださいませ!」
拳を握り締めるテレサに、私は心の中でつぶやく。
(優秀な娘だけど、ちょっと恋愛脳なのが玉にキズね)
とはいえ、テレサとの旅は楽しく、いい気分転換になった。
婚約破棄で受けた心の傷もだいぶ癒えた。
やがて、私たちはある地方にやってきた。
メディス地方――ヴィッセン侯爵家が治める、モダンさと昔ながらのレトロさが融合したような土地だ。自然や資源が豊富で、ヴィッセン家主導のもと近年めざましい経済発展を遂げ、観光業も栄えている。
もっともこれらの知識も本の受け売りなんだけどね。足を踏み入れるのは初めてだった。
実際に来てみると、やはり聞きしに勝る素晴らしい街並みだった。
長い歴史を感じさせる景観を維持しつつ、街は大都市にも匹敵する賑わいを見せている。
私もテレサも思わず感嘆の声を漏らす。
「いい街ね……」
「ええ、住んでみたくなりますね」
通りを歩いていると、露店の店主に声をかけられる。
「お嬢さん、ルーナの実を買わない? 美味いよ!」
「じゃあ二ついただこうかしら」
私は人差し指と中指を立てて答える。
「毎度!」
ルーナの実は茶色く、楕円形で中央に筋がある果実だった。
私はテレサに一つ渡す。
「これ、とても美味しいのよ」
「へえ。ですが、どうやって食べるんです?」
「どうやってって……」
ルーナの実は美味しい。というのは聞いたことがあるのだけど、肝心の食べ方は知らなかった。
硬い殻で覆われていて、爪でひっかいてもビクともせず、かじったりしたらきっと歯が欠けてしまうだろう。
私が手出しできずにいると――
「ルーナの実はね、こうやって食べるんだよ」
声がした。
振り向くと、一人の青年がいた。
艶やかでさらさらの金髪、鮮やかな蒼い瞳、そして物静かな雰囲気の青年だった。
グレーのコートを纏ったその姿はとても知的で、どこか学者を思わせる。
青年は近くの石壁に、まるで卵を割る時のようにルーナの実をぶつける。
殻が綺麗にパカッと割れて、橙色の果肉が姿を現した。
私もテレサも同じようにしてみる。そして、果肉を味わう。
「……美味しいっ!」
思わず声が漏れた。
甘く、柔らかく、しかも上品な後味が残る。
この果肉をそのまま皿に載せるだけで、一流コース料理のデザートにできそうなほどの美味だった。
食べ終わり、私は青年に礼を言う。
「ありがとうございました。おかげでルーナの実を味わえました」
「ルーナはこの地方の名物だからね。この地の人間として当然のことをしたまでさ」
「それにしても恥ずかしいです。ルーナの実が美味しいことは知っていたのに、肝心の食べ方を知らなかっただなんて……」
「恥じる必要はないよ。むしろ、食べ方を知ることができたことを喜べばいいのさ」
青年の穏やかな笑顔に、私はつい見とれてしまう。
ここでテレサが前に出る。
「アリアナ様、お気をつけて! この方もなにかよからぬことを考えているのかも……」
青年はテレサを一瞥すると、
「ベルファ式護身技の使い手だね。大したものだ」
テレサが会得してる技を言い当ててしまった。
「な、なんで分かったんです?」とテレサ。
「そりゃあ、構えを見れば分かるよ。君がいるから、安心して旅ができるというわけだね」
さすがのテレサもたじろいでいる。この人は只者ではない。
私は尋ねてみることにした。
「あなたはいったい……?」
「……あ、名乗っていなかったね。僕はレーゲル・ヴィッセン。どうぞよろしく」
青年――レーゲル様はヴィッセン家の嫡子だった。
テレサが慌てて粗相を謝るも、レーゲル様は「護衛も兼ねた侍女なら当然の対応だよ」と笑い返してくれた。
私はレーゲル様と談笑を始める。
レーゲル様はとても博識な方だった。おそらくは私に匹敵、もしくはそれ以上に。
どんな話題を振っても、面白おかしく返してくれて、話していてすごく楽しい。
昔、こんな小説を読んだことがある。
主人公はダンスの天才少女。だけど、彼女の踊りについていける人間がいなくて、孤独になってしまう。
そんなある日、少女は自分と同じぐらい踊れる男の子と巡り合う。
ようやく彼女は思う存分ステップを踏めるダンスパートナーを見つけることができた。
――そう、あの主人公になれたような心持ちだった。
すると、テレサがこう言った。
「アリアナ様。私、向こうによさそうなカフェを見つけたので、お茶をしてきます」
「あら、そうなの? だったら三人で行きましょうか」
「いえいえ、私一人がいいのです。お二人はごゆっくり。オホホホ……」
なにがオホホホよ。テレサの考えは実に分かりやすい。
私のために、分かりやすく気を遣ってくれた。
「まったくもう……」
レーゲル様はクスッと笑う。
「彼女は優秀だね。じゃあ僕らは僕らで、あっちにちょうどいい休憩所がある。そこでおしゃべりしようか」
「はい」
私としても、ちょうど屋外の方がいいという気分だった。
爽やかな風が通るお洒落な休憩所で、露店で買ったジュースを肴に、私たちは存分に語り合った。
「君は芸術にも造詣が深いんだね」
「ええ、美術の本はよく読みましたので……」
「あの伝説の貴族にこんな逸話があるなんてビックリですよね!」
「意外だけど、親しみも覚えるよね」
「君とはいくらでも話せてしまいそうだ。君の豊富な知識を褒め称えたくなるし、ちょっぴり悔しくもある」
「ふふっ、それはお互い様ですよ」
話しても、話しても、話しても、話題は尽きない。尽きるどころか、泉のように湧き、膨らんでいく。
こうなると、本来は三日ほどだったメディス地方の滞在を延ばしたくなってしまう。
これをテレサに伝えるとニヤニヤしながら「どうぞどうぞ」と返してくれた。まったくもう、この子ったら……。
結局、二週間は滞在してしまい、しかも毎日のようにレーゲル様と会っていた。
とはいえ、ずっとここにいるわけにもいかないし、別れの時は来る。
その時の挨拶は――
「アリアナ。今度会う時は、ぜひ社交の場で」
「ええ、ぜひ」
その後、テレサにからかわれる。
「アリアナ様、収穫……ありましたねえ」
「……テレサ」
ジロリと見ると、テレサは縮こまっていた。
「失礼しました!」
まあ、本気で怒ってるわけじゃないんだけどね。収穫は確かにあった。傷心旅行のような旅路で、まさかあんな素敵な人に出会えるなんて思わなかったから。
その後、私たちは約束通り、王都で開かれたある夜会で再会する。
そこでも周囲の人そっちのけで歓談に興じ、当然のように意気投合。
旅で出会った男女から、貴族の男女として、交際を始めることとなった。
***
一ヶ月ほど経ったある日。カフェでお茶をしていると、レーゲル様が一枚のチケットを手渡してくれた。
「これは?」
「アルディミス公爵家のダグラス様が、絵画展を開くそうだ。チケットを貰ったから、ぜひ一緒にと思って」
ダグラス様は現在、キュロスという画家をお抱えにしている。
キュロス氏は線と円のみで、あらゆるものを表現するという大胆な画風『キュロス式』を編み出した。今最も評価されている画家の一人である。
「チケットは四枚あるんだけど……そのうちの二枚で、二人で行こう」
「わぁっ、ありがとうございます!」
キュロス式の絵画を生で見られる。貴重な機会をいただけた。
ここで私は素朴な疑問を口にする。
「残り二枚はどうするんです?」
「まあ、知り合いにでも配っておくさ」
この時、レーゲル様はどこか真剣な眼差しをしていたけど、私はさして気にも留めなかった。
***
後日、私たちは王立ホールで開かれた絵画展に向かう。
広いホール内には、キュロス氏の絵画が飾られていた。
線と円だけで山や森、空といった風景から、人物に至るまであらゆるものを描写する。
どの絵からも圧倒的な引力を感じることができ、現代アートに革命を起こしたと評されるのもうなずける。
その最中、主催者のダグラス様にもお会いする。恰幅のいい壮年の紳士だ。
「おお、レーゲル君。と、そちらは……」
「アリアナ・クレインと申します」
「クレイン子爵のご令嬢か。いかがかな? この絵画展は」
「はい。キュロス氏の絵を生で見るのは初めてなのですが……」
私は私が感じた感動をありのままダグラス様に伝えた。
ダグラス様はにっこり笑ってくれた。
「ううむ、素晴らしい。ここまで絵画に精通している女性には今まで会ったことがない。もし若い頃に君と出会っていたら、間違いなくアプローチをかけていただろうな」
「まあ、お上手なんですから」
貴族令嬢としては最大級の賛辞をいただけた。
レーゲル様にも――
「ダグラス様が恋敵にならなくてホッとしているよ。君と交際することができて鼻が高いね」
「あら、私などいなくてもレーゲル様のお鼻は十分素敵ですよ」
これを聞いたダグラス様は「切り返しも上手い人だ」と笑ってくれた。
そして、レーゲル様はダグラス様とお話があるというので別れ、私は一人で絵画展を見回ることにした。
(これは三つの円だけで“愛”を表現してるのね。すごいなぁ……)
見れば見るほどキュロスという画家の凄まじさを思い知る。
すると、まさかの二人組を見つけてしまう。
かつての婚約者――エリオット様と、彼の今の婚約者であるパトリシアだ。
あまり会いたくない相手だけど、だからといって露骨に引き返すわけにもいかず、向こうもこちらに気づく。
「ん? お前、アリアナじゃないか」
「エリオット様……お久しぶりです」
「こんな絵画展にまで足を運ぶなんて、相変わらず頭でっかちな女だな」
私は内心顔をしかめる。
この二人まで招待されているとは思わなかった。
それにキュロス式絵画の魅力は、エリオット様には分からないだろう。
二人とも絵を見て回るのに飽きていたのか、こちらに絡んでくる。
「こんな天気のいい日に、一人で絵の鑑賞とは哀れだなぁ」
「ホントですねぇ。私たちの幸せを分けてあげたいぐらい」
エリオット様とパトリシアがくすくすと笑う。
私も今日はレーゲル様と来ているのだけど、そんなことを誇って、彼らの背比べに付き合いたくはない。
私がつれない反応なので、エリオット様は近くの絵を眺める。
「しっかし、芸術ってのはよく分かんねえな。こんな絵がとんでもない額で取引されてるんだろ?」
「ねー。私だったらそのお金で美味しいケーキ食べたぁい!」
「よしよし、今日は帰りにケーキをご馳走してやろう」
「やったーっ!」
「わけの分からんゲージュツより、ケーキの方がよっぽどいい!」
近くにいるだけで頭が痛くなるような会話を繰り広げる。
どうせ、この人との縁は切れている。
だから、私は言ってしまうことにした。
「エリオット様」
「ん?」
「知らないことを恥じる必要はありませんが、誇るのはやめた方がよろしいですよ」
「……なんだと!?」
エリオット様は目を見開き、こめかみには血管が浮かばんばかりの表情だ。
よほどカチンときたみたい。腹が立っているのはお互い様だけどね。
「偉そうに言いやがって! お前だって本当はこの絵のどこが凄いかなんて分からないんだろ!? 知ったかぶりしてるだけだ!」
私は冷ややかに返す。
「そんなことはありません。ちゃんと勉強しましたから。エリオット様も勉強すれば、知る努力をすれば、きっと分かるようになりますよ」
エリオット様はますます頭に血が上ったようだ。
「こんなもの、落書きだ! ただ丸や線がデタラメに描いてあるだけじゃねえか! こんなもんを額縁に入れてありがたがってる奴らの方がどうかしてるんだ! 頭イカれてんだよ!」
「そうよ、そうよ! その通りよ!」
とんでもない暴言が飛び出した。
すると、そこへ――
「ほう……つまり、私はどうかしているということか」
「……え?」
エリオット様、パトリシア、そして私が振り返る。
そこには絵画展の主催者であるダグラス様がいた。横にはレーゲル様もいる。
「なるほど、なるほど……君にはこれらの絵は落書きに見え、ましてそれをありがたがっている私は物の価値も分からぬ道楽貴族ということだね」
「あ、いえっ、違っ……!」
「君、名前は?」
厳しく問われ、エリオット様がおろおろと答えずにいると、レーゲル様が代わりに答えてくれた。
「エリオット・フォルド殿とパトリシア・ナール嬢です」
氏名をバラされた二人は短く悲鳴を上げる。
ダグラス様はこみ上げる怒りをなんとか押しとどめるような口調で言った。
「なるほど……君たちのことは、よぉく覚えておこう」
公爵様主催の絵画展で「落書き」「どうかしている」「イカれている」などの暴言が許されるはずもない。
この件でフォルド家とナール家はダグラス様直々に厳しい抗議を受ける。こうなると、樹を脅かす枝は切り落とす他はない。エリオット様は廃嫡の後に家を追放され、パトリシアもまた家を追い出されることとなった。
エリオット様はご当主であるお父上からこう言われたとされる。
『お前など……もう知らん! 金輪際、我が家には関わるな!』
『ち、父上ぇ……』
泣いてすがっても許されることはなく。
知らないことを誇り続けた男は、最後は自分の父親から“知らない”扱いされるはめになってしまった。
――さて、王立ホールを出た後、私はレーゲル様と近くの並木道を散歩していた。
夕明かりに照らされた木々が非常に美しい。キュロス氏ならこういう風景からもインスピレーションを得て、新たな作品を生み出すのでしょうね。
そして、私はレーゲル様にささやいた。
「残る二枚のチケット……彼らに贈りましたね?」
「……鋭いね」
「簡単なことです。よくよく考えると、エリオット様たちがわざわざ自分から絵画展に来るわけない。だとしたら、彼らにチケットを贈ったのは誰だろう……と。思い当たるのはお一人しかいませんでした」
レーゲル様は目を細める。
「僕とて、君の経歴は調べていた。なぜ侍女のテレサと旅をしていたのか、あのエリオットからどういう目にあったのかも。彼が君にした仕打ちを考えたら、とても“知らんふり”はできなかったよ」
「レーゲル様……」
やはりレーゲル様は彼らが絵画展に来たら何が起こるか、予測を立てた上でチケットを贈っていた。
エリオット様が暴言を吐いたところに、レーゲル様とダグラス様が現れたのも、あまりにもタイミングが良かったしね。
「それに彼らにとってもこの絵画展はチャンスだった。たとえ絵のことが分からなくとも『素晴らしい絵ですね』『これから勉強します』などと言っておけば、ダグラス様に対して点数は稼げた。それができず暴言を吐いて自滅したのは、彼らの責任でしかない」
「その通りですね」
このことに関して異論はない。
「これで、君の元婚約者に一応の仕置きはできた。今こそ君に伝えたい。僕は君のことをもっと知りたい。叶うなら、君の夫として」
私は目を閉じ、いただいた言葉をゆっくり噛み締めてから、目を開けた。
「でしたら私ももっとあなたのことを知りたいです。あなたの妻として」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




