河童(1)
子供は小石を蹴った。
土手の上、重機によって踏み固められた道端をスキップしながら、目についたそれを軽く蹴り転がしてみただけだった。
「ぁいて!!」
じりじりと焦がすような日差しにも溌剌と小石が抗議の叫び声を上げた。
日に焼けた肌をしたタンクトップ姿の子供は、しっかり両目を瞬いてその綺麗な水色の小石を観る。
「おいガキンチョ、よくも人様を蹴とばかしてくれたな」
言いようは壮年にも思えるが、その水色の石は意外にも若い声色をしている。
「人?石ころにしか見えないけど」
困惑しながらも膝を曲げて返事をする子供はちらちらと周囲を気にしていた。
「石ころじゃねえ。尻子玉だ」
あまり聞き馴染みのない言葉に、こてんと首を傾げる。
「何それ?」
「河童が人の尻から引っこ抜くやつだ」
敏い子供は人の気配にすっくと立ち上がり、辺りを見渡す。まだ遠く後ろからこちらへ歩いてくる幼い子供と母親の姿が見えた。
「えっと、なんかばっちぃやつ?」
「心とか魂とか概念的なもんだから汚かねえ」
一瞬迷った後、水色の小石を拾い上げた子供はすたすたと土手を下り、川縁に近付く。周囲から人の気配は遠ざかり、草や泥の湿った匂いが鼻についた。
「ふーん、抜かれたら体の方はどうなってんの?」
「腑抜けて……どうなったかは俺が知りたい」
首を傾けて唇をへの字に曲げて、渋々といった表情をする。
「一緒に捜そうか?」
「めちゃくちゃ嫌そうに言われても、背に腹はかえらんねえから頼むわ」
何となく上流に向かって足を向けながら、川の中を眺める。ぬるっとした色味は思いの外深そうで、流れも遅くはないのだろう。胸騒ぎのする気持ちに子供は軽く身震いした。
「心当たりはあるの?」
「ない。けど、可能性は二通り考えた」
先程よりも声が深刻そうであったので子供は足を止めて続きを待った。
「一つ目、河童のやつが山中上流の棲家まで運んでいった。二つ目、腑抜けた俺は溺れて死んで川底か下流に流れていった」
自らの死を口にした石ころは震えもせず、ピカピカと明滅している。
「川を浚うのはむつかしーかな」
「ああ。そんで存外河童ってやつは凶暴なんだよな」
小石は諦めたように声を出す。悪びれないところが彼の性根の善し悪しを物語るというものだ。
「あー、手詰まりってやつ?」
「お前が川や河童なんか怖くないって特殊な部類じゃない限りな」
あっさりと認めてしまう潔さは身に馴染みのないもので、子供は新鮮に感じた。自分も変に誤魔化したり、はぐらかすのはやめようと思った。
「泳げないよ」
「手詰まりだ。他になんか知り合いいねえのか」
さらさらと流れる水面は無表情の子供の横顔を映し、掴まれている石の輝きも綺羅と反射していた。
「石と話してるとこ見られたらまた殴られるからやだ」
俄かに強張った子供の声、その無表情のなか、感情を湛えて震える瞳の虹彩には確かな恐怖があった。
「いじめか、身体がありゃな。世知辛え」
低い声は何かに怒っているようだが、怖さはなく優しげでさえあった。
「お兄さん、でいいの?」
「あ?まあ高二だから、そんなもんか。俺は原口つばき」
「長雨晃{ナガメヒカル}。身体があったら、友達になってくれたりしない?」
別に強いて友人が欲しいわけではなかった。それでもそのくらいしか子供には言い訳が思いつかなかったのだ。
「友達?よくわかんねえけど、お前次第だろ。俺は多分変なもの見たり関わったりってのが多いけど、それが怖くないならな」
その言葉をゆっくり反芻して理解した後、子供は深く頷いた。そして、立ち上がり、流れに逆らう方向へ迷わず歩き出した。
「なあおい、どこに向かってんだ?」
「この尻尾みたいな、薄く光ってるの辿ればお兄さんそこにいると思う」
透ける魚のヒレのような光の残滓を子供は目で追っていた。
聞こえているだけではない。見えてもいる。
「俺がこんな目に遭ってんだぞ。本当にわかってんのか?」
それがわかった以上、本当に危険だと小石は直感した。
利用しようと思った相手がお互いに善良であったとき、彼らはこのように言い訳を重ねながらお互いを危険から遠ざけようとする。
「やばそうだったらすぐ逃げるよ、脚には自信あるし。自分の体がどんな状況かくらいお兄さんも気になるでしょ」
「気にしかしてねえけど……無茶しねえって約束しとこうぜ」
「安心して。知り合ったばかりの人のために命懸けるほど人生投げやりじゃないって」
そういう達観したような口振りが心配の元だと子供は気付かない。
「だぁ!命懸けるだけが、無茶じゃないからな!」
聞いてんのか、と騒ぐ小石をポケットに入れて耳を塞ぐ子供だった。
ちょっとやんちゃな尻子玉高校生とボーイッシュな少女のボーイミーツガールが書きたかったんです。本当です。
続きは山編沼編みたいな感じでまとめられたらな、ってぼんやりイメージしてます。筆がのったら予定より少し増えるかも。




