20話 衆目環視の中リンゲージしてみよう
そんな淫売、精子バンクセンターで徹底的に絞って貰えばいいんだ!
亜人相手にするくらい持て余してるなら私に味見させろー!
通りの一角。加熱する人間の誹謗中傷の渦。
時折通りかかる亜人は不安そうに様子を窺うばかり。
場は完全に亜人憎し、亜人に与する男憎し、というか超美人だからヤらせろの声一色となっていた。
「さあ、早く!アウリィさんを連れて……!コイツらと戦闘にでもなったらリリとルルじゃ厳しいッス!」
切羽詰まった様子のナズナが急かすが、そうはいかない。
君が僕たちを心配してくれているように、僕も君が心配なんだ。
「へへへ……。どうするよ?ボクちゃん?」
「頭下げて一晩私らの慰み者になるって言うならこの場を収めてやってもいいぜ?」
ニタニタとヒルデ達と対峙するナズナの間に無言で割って入る。
そうして大きく息を吸い込み――。
「僕は売春なんてしていない!この三人は僕が信頼するパーティーの大事な仲間だ!」
そう辺りに響くように叫ぶ。
しかしこれで終わりではない。このまま畳み掛ける。
「リンゲージというスキルを知っているか!……これは想い合う者同士が絆を結び合い、秘められた実力を引き出すスキル!僕はこのスキルを保有しているぞ!」
辺りは一瞬静寂に包まれるが、即座にざわめき立つ。
その大半はマイナーなスキルを訝しむ声だ。
知らない。何それ?本当にそんなスキルがあるのか?方々から声が上がる。
「リ、リンゲージ……!知ってます!バッファー向けのスキルですよね。でも、互いの絆が無いと効果が出ない取り回しの悪いスキルって……!」
ざわつく群衆の中から、一際大きな声が挙がる。
それを皮切りに、リンゲージの存在を肯定する声がちらほらと数を増し始めるのが聴こえ始めた。
亜人の娘たちだ。見知った顔である古着屋の店主や裏通りのギルドで顔を合わせる冒険者達が口々に存在を肯定する。
ヤジに負けないように声を張り上げてくれている。
これを見逃す手は無い!
「ここにいるインプ族の二人とは既にリンゲージを結んでいる。そして、今から獣人の少女、ナズナとの関係も、そんな打算と欲に塗れたものではないと証明させて貰う!」
僕の考えた乾坤一擲の策。
それは一発勝負になるが、リンゲージの発現を群衆に見せるというもの。
リリとルル相手に発現した古着屋の件から考えて、これなら十分な説得力があるはずだ。
ただ一つ。やろうと思ってできるのか?だ。
「おうおう!出来るもんならやってみろよ!」
「バフってこたぁさぞ神々しく光るんでしょうよ!」
「ここには冒険者も多い!ハッタリなんて通用しねぇしこりゃ見ものだなぁ!」
懲りる様子もなくヤジを飛ばす三人組を相手にせず、ナズナへ向き直る。
「アウリィさん……なんて無茶な事するッスか……!」
「あはは。ごめんね?」
ナズナの瞳が不安気に揺れるが、僕は敢えて笑って見せる。
大丈夫。きっと上手くいく。
「だって互いを信用していないと発現しないスキルだよ?ここ数日のナズナの頑張りはいつも間近で見ている」
何で笑うかって?
「出会ってそれ程時間は経っていないけど、最初の印象とは違う真面目で信頼できる側面もあるって気づかされたよ」
そりゃそうだよ。勝ち確定のようなものだもの。
「真っ先に僕たちを庇ってくれる程、優しいし強いんだ。そんな君を僕は信じたい。いや、信じてる」
だから――。
「だから、一緒に笑って。そして――。僕の想いを信じてくれる?」
こんな奴らに心を傷つけられてたまるものか。
リリにもルルにも、そしてナズナにも笑っていて欲しい。
この気持ちに嘘は無い。格差なんて無い。
「も、勿論ッス!喜んでッス!」
力強いナズナの肯定。
その声を引き金に僕の胸から、そしてナズナの胸から強い光が放たれる。
「おお……!」
どこともなく感嘆の声が挙がる。
二人の光はやがて互いを求めあうように絡まり合い、結び付き、光度を増す。
やがてピークと言わんばかりに眩く輝いたと思えば、次の瞬間には消えていた。
間違いない、リンゲージだ。
「おお……これがリンゲージの力ッスか……!」
湧き上がる力に打ち震えているのだろうか。
ブツブツと確かめるように呟くナズナを置いて再度、三人組へ向き直る。
「どうだ!証明した通りだ!ば、売春なんて爛れた関係じゃない!信頼し合った仲間だ!余計な嫌疑と中傷を受ける謂れはないよ!」
決まった。
この場でこれ以上売春だのと言いがかりをつけることは不可能だろう。
群衆の反応は一転。売春は冤罪、ただの難癖だという声一色に染まりつつある。
「アホくさ」
「え?」
しかしヒルデ達の反応は予想に反するものだった。
想定通りにいかないと見るや完全に白けきった表情そのもの。興味の欠片も無いといった様相。
「アホくさつったんだよ。お澄まし顔でご高説垂れてよ。あー青臭ぇ」
「あーあ、つまんねーな。売春じゃない?あっそ、それでいいじゃねえかよ」
「オラ、どけよ。とっとと退散してやっからよ。それでいーんだろ?」
その三人の態度に憤りを覚える。
これだけの誹謗と中傷を繰り返し、騒ぎを起こしてはい、さよならだって?
「な……!せめて謝罪くらいはするべきじゃないんですか!それが大人のやる事ですか!」
「おにーさん……」「お兄さん……」
僕だけなら別に構わない。
でもそうじゃない。彼女達はリリとルルとナズナ、三人が僕をお金で買ったと言ったんだ。
侮辱して、嘲笑った。それをただ見過ごすだなんて……。
「アウリィさん……。ここは任せてくださいッス」
最早声にならない憤りを持て余していたその時、ナズナがそう囁いた。
「いやー申し訳ないッス!ヒルデの姐さん!リカルダにマグナも!悪かったッス!」
そのままヒルデ達に近寄り、場違いな程陽気な声で馴れ馴れしく語り掛ける。
「たかだか売春容疑で御手間を煩わせて!申し訳ないッス!いやホント!亜人をリンチしたり、ダンジョンで同僚を不意打ちする姐さん達には些末な問題でしたッスよね!」
「お、おう。そうだな。生意気な亜人のガキをリンチしたり、ダンジョンの奥で汚らしい獣人を間引いて分け前を分捕るくらい朝飯前よ!」
明らかに様子のおかしいヒルデ。リカルダとマグナも妙に落ち着いた様子でヒルデに同調し、首肯している。
群衆たちはまたもざわつくが、お構いなしにナズナは話を続ける。
「どうでしょう?あっしらやここに居る人達だけに聞かせるには勿体ないその武勇伝!是非、是非に!姐さんたちの大好きな憲兵さんの所でその武勇伝を語って見せてはいかがでしょうか!」
「あ、ああ!そうだな!そうと決まれば早速行くとするか!行くぞ、リカルダ!マグナ!」
「「うっす!」」
そう言うやいなや、三人は憲兵詰め所へと走り去っていく。
虚ろな表情ながら足取りは軽やかに。
それが妙に不気味だった。
「今のは……?」
「ふっふっふ!あれは幻術ッス!アウリィさんのおかげで強化されたあっしの幻術!アイツらにも通用したッスよ~!」
自慢げに胸を張るナズナ。
確かに僕の目から見ても、以前より彼女の力が滾っているのが見て取れる。
同格だった相手に悟らせず幻術に陥れる。
それをやってのける程の力を彼女は手に入れたのだ。
「すっごーい!ナズナ!」
「見直した。ただのパパプレイ好きの痴女じゃ無かった」
リリとルルもナズナを褒め称えるのを群衆は見届け、各々解散していった。
危機は去り、思いがけず三人の因縁も解消した形となったのだ。
あのままベラベラと憲兵詰め所で例の武勇伝を語れば、捕縛は免れないだろう。
一度捕まればその後は嘘発見器のオーブで全てめくれていくに違いない。
「凄いよ!ありがとうナズナ!」
「いやあ、それ程でもッス!それにしてもリンゲージを使って嫌疑を晴らすとは……あっし、感服したッス!」
これでヒルデ達の罪状が確定すれば。
そうなれば開拓都市にはいられないだろう。
彼女らの陰に怯える必要ももう無いと確信できる。
薄っすらと残っていた懸念点が一つ消えたのだ。
「後は……僕の方の問題、農村だな……」
作られた農作物は主に開拓都市へ卸される。
しかし、この広い開拓都市。そう簡単に出身地の人間と出くわす事は無いだろう。
「もしそうなれば、次はリンゲージも使えないし……ハグかチュウでもしないと駄目?」
ふふっ、まさかそんな。
事件を無事解決した達成感。わずかによぎる不安。それらを抱え、四人仲良く帰路につく。
まあ、そうそう出くわすことなんてないでしょう。




