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男の娘が美醜貞操逆転のあべこべファンタジー世界から脱却しようと足掻く話 ~それでもスカート履くのを止められない~  作者: シエスタさん


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2話 いろいろな”初めて”を経験してみよう

「ねーえ?黙ってないで、お話しようよー?」


 突如として現れた少女に、妙な違和感を覚える。

 視線の先には、小柄な少女。紫がかった髪に、小さな角。

 しなやかな尻尾が、リズムを外すように動いている。

 明らかに人間とは違うソレ。


「……うん、見ての通り、一人だよ」


 答えると、少女は一瞬だけ目を見開いた。

 だが、すぐに何かを誤魔化すように、口元の端をくいっと引き上げる。

 そして、先ほどよりもわざとらしく、にやりと笑ってみせる。


「へえー、そっかー。そっかぁー……。ふ~ん……」


 笑顔のまま、一歩、また一歩、こちらへ。

 焚火の灯りに照らされ、彼女の姿、そして顔がハッキリと映し出される。


「ねえ。リリ、おにーさんとお話したいなぁ~……」


 探るようにじりじりと距離を詰め続ける、リリと名乗る少女。


「今からそっちに行くからじっとしててね?」

 

 段々と大きくなっていくシルエットについ、息を吞む。

 その容姿が二度の生涯を通じて初めて見るほどのものだと気付いてしまった。

 

 折れそうなほど華奢な身体、今の自分よりも更に低い背格好、そして美しい顔立ち。

 いや、可愛らしいとでもいうのだろうか?悪戯を企むかのような表情にすら、見惚れてしまいそうになる。

 だがそれ以上に、所々破れた衣服、至る所に見られる傷。その痛々しい有様に思わず身を乗り出してしまった。

 

「あっ、その……君は」

 

 惚けていただけの身体を叩き起こすかの如く、弾けるように思考が動く。

 少なくとも、消毒だけでも……。そう考え、指先がわずかに動き、彼女を誘導しようとした、その刹那。

 

「っ!ちょっと遅いね!おにーさん!逃がさないんだから!」

 

 電光石火。リリの雰囲気が一変し、そう鋭く言い放つ。

 先ほどの、ともすれば親近感を抱いてすら仕舞いそうな空気から一転、明確な敵意、そして焦燥感を感じる。

 

「ほんとは、悪いな~って思うんだけどねー。でもこうするしかないの……。おにーさんのマナ、頂戴?」


 おどけたような調子のまま、少女は言った。

 その言葉が持つ意味を理解する術を持たない自分よりも早く、少女が構える。

 人差し指を相手へ向ける構え。それが標的を見据えた魔法の予兆だと知っている。

 まさか本当に……!?

 

「ちょ……ま、待って!落ち着こうよ」


「待つわけないじゃーん!も、もう時間が無いから……やっちゃうよ!」


 少女の指先に不可思議な力が収束するのを感じる。

 それは、いつも自分が炊事や家事に利用する魔法と同じ力のはずなのに。

 肌を撫でる圧。揺らぐ空気。その魔力の奔流は、自分のものとはまるで桁が違う。

 何倍などという単純な尺度では測れない。

 それほどの差を、本能で思い知らされる。


「心に眠る内なる獣よ。リリを、醜く悍ましいと嘲笑う者達に潜む鏡映しの同胞達よ。リリの呼び声に呼応せよ。怒り、憎しみ、恐怖、悲嘆――」


 詠唱の言葉が空気を震わせる。

 ただの音ではない。

 言葉に込められた力が、確かに魔力の流れを形作っている。

 詠唱によって魔法が強化されるのだとしたらこれは――来る!


「――これは汝の招いた厄災!グルームリゾナンス!」


 彼女の髪の色にも似た紫の光が、幻視のように視界を染める。

 その直後、空気を揺るがすほどの圧力が全身を包み込んだ。

  反射的に腕を上げ、身を守るように構えた。


 …………?

 何をされたのだろう。未だに感じられる魔力の残滓こそあれ、自分の身体に何ら異常はない。

 その事実にむしろ困惑してしまう。

 一拍、呼吸を整えて、再度会話を試みる。

 

「えーっと、今のは?・・・・・・あ、いや!ねえ、それよりも君、傷は……」


「は……?な、なんで!なんでぇー!?」

 

 この事態が想定外であり、困惑しているのは彼女に取っても同様らしい。

 自分の手や足を何度確かめても、特に異常はない。

 だが、リリの傷は依然として痛々しいままだ。

 現状ではリリに危害らしい危害は加えられていないのだ。

 ならば、まずは落ち着いてじっくりと話が聞きたい。



「ほら、落ち着いて?簡単な手当てなら出来そうだから――」

 

 

「こ、この魔法はぁ……!相手のネガティブな気持ちを暴走させるリリ十八番の精神魔法!」


 なんとか宥めようとするが、感情を剥き出しにした少女は捲し立てる。

 言葉とともに、地面を踏み鳴らすようにしてずんずんと距離を詰めてくる。

 

「そしてリリは亜人インプ族のリリ!リルラリルラリリ!あのサキュバス事変に連なる者どもと呼ばれる種族!」

 破れかぶれな勢いのまま、畳みかけるように捲し立てられる。

 

「ど、どう!?おにーさん、怖い!?」

 ずいっと身を乗り出して顔を突き出しては来るが、どう?と聞かれても、困る。

 

「私、醜い!?」

 

 先ほどとは違い、無遠慮に距離を詰められた現状に、先ほどとは違う緊張感を覚える。

 何故か彼女を醜いと思えない自分が本当に悪いかのように錯覚してしまいそうな程に。


「え?あ、いや、か、可愛いと思うよ」

 余りの剣幕にたじろいでしまい、取り繕う間もなく答えてしまった。

 

「は?え、ちょっ……!?か……かぁぁっ!?」


 瞬間、リリは、湯沸かし器のように真っ赤になってしまった。

 

 なぜ自分はいきなり初対面の女の子の容姿を褒めているのだろうか?

 彼女がこの人生で初めて見ることになった、美しい容姿だと感じるのは紛れもない事実。

 だが、それでも初対面でいきなり可愛いだなんて……。

 自分も、釣られて顔が熱くなるのを感じる。



「かわ……かわ……」

「だ、大丈夫?ほら、水で洗って布を当てるだけなら、手持ちの道具で出来るから……」

「じゃなくて、も、もしかして精神耐性持ち?そんなぁ~……」

 

 顔を真っ赤にしたままフリーズしていたリリだったが、今度はみるみる青ざめていく。

 力が抜けたように膝を折り、両手を地面についてがっくりとうなだれてしまった。

 あまりに情緒不安定すぎていよいよ心配になってくる。

 どうしたものかと考えあぐねながら、とりあえず傷の手当てをしようと荷物を探り始めた、その時だった。



 がさり。

 視線を向けた先、闇の中からもう一人の少女が現れる。

 焚火の明かりに照らされ、血の滲んだ服としなだれた髪が浮かび上がった。


「ル……ルル!? なんで……なんで出てきちゃうの……?」

 驚愕と焦りがないまぜになった声が、リリの口から零れ落ちる。

 現われた少女へ向け、伸ばされたリリの手が虚ろに宙を彷徨う。


 

 もう一人のインプ……族?だろうか。

 リリとは真逆、ロングヘアにすこし気だるげな瞳。そして二対の角に力なく項垂れた尻尾。

 髪の色は似ているのに雰囲気は全く逆、鏡映しのよう。

 そして何よりも目を引くのは、リリとは比べ物にならないほどの大怪我だ。

 張り裂けた衣服の隙間からは、無数の傷が見え隠れしている。

 遠目から見ても酷い有様。素人目に見ても危険な量の出血量だとわかる。

 

「リリ……も、もう……やめて……」

「ル、ルル!だ、ダメ!出てきちゃだめだよぉ!」


 足の骨を折っているのだろうか。ルルと呼ばれた少女が足を引きずりながらもこちらへ歩こうとする姿は酷く痛ましい。

 リリもこちらのことはお構いなしにルルの元へと駆け寄っていく。

 

「隠れてって言ったじゃん!ルルの怪我、ほっといたら死んじゃうかもしれないんだよ!?私が、何とかしてマナを持ってくるから……!」

「だから、それ……ダメ。あのお兄さんを襲おうとしたんでしょ……」

「だってそれしか!」

「いけない。死罪になる……それで生き延びたって……」


 ふらついた足取りで駆け寄るリリに寄りかかるも、自らを支えることすらままならず血の混じった土に沈むルル。

 先ほどまでのどこか人を食ったような態度は鳴りを潜め、必死な様相で寄り添うリリ。

 あまりに凄惨な光景に絶句してしまう。

 

 何故少女たちがこんな目に遭わなければならないのか。

 こんなに幼い少女の命が脅かされなければいけないのか。

 自然と足が前へ踏み出した。

 

 カッと頭の中が熱くなる。鼓動が早まる。

 ふらりと、足元が揺らぎ、激しい耳鳴りが襲う。

 何の事情が?どうしてこんな事態に?自分に近づいた目的は?

 まとわりつく霧のような感覚。意識を集中しようとしても、思考が掻き乱される。


 肉が裂けた皮膚、べっとりと広がる血、震える手足。

 嫌だろう?気味が悪いだろう?

 

 自分ではない自分が、何かを囁く。

 怯えろ。恐怖しろ。震えろ。

 逃げろ。逃げろ。逃げろ。


 違う、そうではない。

 逃げる、ではない。


 倒れ込む少女。もう一人の少女の悲鳴。消えゆく命。

 何故、少女たちの辿る暗い道筋を指を咥えて眺めていなければいけないのか。



 

 身体が傾く。足が勝手に動く。

 理屈も意味もわからない。ただ、どうしようもない衝動が突き動かしてくる。

 

「っ!だ、ダメぇ!!」


 何かが邪魔をする。

 耳を劈く声。小さな腕。必死に伸ばされた手。


 何故だかその声を聞き入れる事が出来ない。

 足を――止める選択肢は、無い。


「ルルは悪くないの!私が悪いの!!だから……お願い、おにーさん、ルルは見逃して!!」

 

 懇願する声が耳に届いたはずなのに、なぜか遠い。

 血の臭いが、どうしてか妙に鼻につく。

 

 本当に嫌なのは、許せないのは――。


 ただ無意識のうちに、傷口へと手を伸ばしていた。


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