**第5話 魔王様、照れながら朝ごはんを作ろうとする**
朝の陽光がカーテンの隙間から差し込む頃、俺はベッドの上で目を覚ました。
「……ん?」
重い。
なんか、胸のあたりが妙に重い。
開いた目線の先に、リリスの寝顔があった。
黒い長い髪が俺の胸に広がり、彼女は俺にぴったりと寄り添うように抱きついている。
昨夜のタオルは完全にずれていて、柔らかい感触が直に伝わってくる。
角が少し俺の顎に当たってチクチクする。
「うわっ……!」
俺がビクッと体を動かすと、リリスがむずかるように俺のシャツをぎゅっと掴んだ。
「ん……悠真……動くな……まだ眠い……」
声が甘くて、いつものツンツンした魔王様とは別人だ。
俺のダメ人間脳が一瞬パニックになる。
(やべえ……マジで魔王様と添い寝してる……しかもほとんど裸……大家さんにバレたら即退去……いやそれ以前に心臓が持たねえ)
俺がどうしようか迷っていると、リリスがゆっくり目を覚ました。
真紅の瞳が俺を捉え、一瞬固まる。
「……っ!?」
次の瞬間、リリスは飛び起きてベッドの端まで後ずさった。
顔が真っ赤で、耳まで赤くなってる。
「ば、ばか! 何を寝ぼけてるんだ! 我が……お前とこんな……!」
「寝ぼけてるのはお前だろ! お前が勝手に抱きついてきたんだぞ!」
「うるさいうるさい! べ、別に我が好きでくっついてたわけじゃないからな!
ただ……魔力の回復が遅かっただけじゃ!」
リリスは慌ててタオルを巻き直しながら、そっぽを向く。でも、チラチラと俺の方を見ている。
俺はため息をついてベッドから降りた。
「はあ……もう朝か。腹減ったな。なんか食うか」
「食う……?」
リリスの目がキラッと光った。
「ふん。我が作ってやる。魔王の作る朝食など、光栄に思え」
「え? お前、料理できるの?」
「できるに決まってるだろ! べ、別に悠真のために作るわけじゃないからな!
ただ、人間界の食材で魔王の腕前を見せてやるだけじゃ!」
リリスはそう言うと、俺のキッチン(と言ってもコンロと小さなシンクだけ)に堂々と立った。
冷蔵庫を開け、中を漁り始める。
「ほう……これが人間の『卵』か。……プリンより美味そうだな」
「それはただの卵だよ。目玉焼きとかできる?」
「目玉焼き? ふん、簡単じゃ」
リリスはフライパンを火にかけて、卵を割った。
……が。
ガチャン!
卵が床に落ちて黄身が飛び散る。
「う、うるさい! これは……魔力の調整が難しかっただけじゃ!」
次にトーストを焼こうとして、火が強すぎて真っ黒。
「べ、別に失敗したわけじゃないからな! ただ、魔王の炎が強すぎただけ……!」
俺は後ろでコーヒーを淹れながら、ぼそっと言った。
「魔王様、料理下手すぎだろ……。結局俺が作るわ」
「うるさい! 我がやる!」
リリスは必死に卵をもう一つ割り、今度はなんとか目玉焼きっぽいものを作った。
でも、形が崩れてるし、塩を入れすぎてしょっぱい。
それでもリリスは胸を張って俺に皿を差し出した。
「どうだ! 魔王の手料理だぞ! ……べ、別に褒められたいわけじゃないからな!」
俺は一口食べて、顔をしかめた。
「……しょっぱい」
「っ!? そ、そんなはずは……!」
リリスの顔が一瞬悲しそうになって、すぐにツンとした表情に戻る。
「ふ、ふん! 人間の味覚が鈍いだけじゃ! 我は完璧だ!」
俺は苦笑いしながら、自分の分も簡単に目玉焼きを作って、リリスの横に置いた。
「ほら、お前のも作ったぞ。味見してみ」
リリスは俺の作った目玉焼きを一口食べて、目を丸くした。
「……うまい」
小さな声で呟いて、すぐに顔を赤くする。
「べ、別にうまいとか言ってないからな! ただ……まあ、悪くない、かも……しれない」
そのあと、二人で狭いテーブルに向かい合って朝ごはんを食べた。
リリスは俺の作った目玉焼きを大事そうに食べながら、ぼそっと言った。
「……悠真。毎日こうして……悪くないな」
「は?」
「うるさい! 何でもない!」
リリスは慌ててトーストを頰張って誤魔化した。
壁の穴の向こうから、また微かな物音が聞こえる。
ガタン……。
リリスがピクリと反応する。
「ちっ……あの小娘、まだ諦めてないのか。
悠真、今日は我が一日中ここにいるぞ。……わ、私のものだからな」
俺はコーヒーを飲みながら、心の中で思った。
(はあ……今日も大学サボってしまいそうだ。
魔王様の朝ごはん侵入、完全に日常になってる……)
魔王様のツンデレ朝ごはん攻撃は、俺のダメな毎朝を、甘く、そして確実に染め始めていた。




