**第4話 魔王様、照れながら朝帰りしたくないと言う**
俺は湯船の中でぼーっと天井を見つめ続けていた。
リリスの柔らかい体温が、湯の中でずっと俺の腕に絡みついている。
心臓の音がうるさくて、自分の鼓動が魔王様に聞こえてないか心配になるレベルだ。
「…………ふん」
リリスが小さく鼻を鳴らした。
湯気が立ち上る中、彼女は俺の肩に額を軽く押しつけてくる。
「べ、別に眠くなったわけじゃないからな……。ただ、人間界の風呂が長湯に向いてるだけじゃ」
「長湯って、お前もう30分以上浸かってるぞ。
しかも俺の腕、完全に血流止まってるんだけど」
「うるさい! 我が魔王の体重くらいで文句を言うな!」
リリスはそう言いながらも、俺の腕から離れようとはしない。
むしろ、ぎゅっと強く絡めてきた。黒い長い髪が湯に濡れて、俺の胸にぺったりと張り付く。
柔らかい。
すごく、すごく柔らかい。
俺のダメ人間脳が「これはチャンスかも」とか「いや待て退去確定だろ」とか、めちゃくちゃなことを考え始める。
風呂から上がったあと、リリスは俺の部屋のベッドに堂々と横になった。
俺のタオル(勝手に使った)を体に巻いただけの姿で、濡れた髪を枕に広げている。
「悠真」
「……なんだよ」
「我は……今日、帰らなくていいぞ」
リリスは天井を見たまま、ぼそっと言った。
耳がまた赤くなっている。
「は?」
「べ、別に寂しいとか、そんなんじゃないからな!
ただ、魔界に帰るのが面倒なだけじゃ! 壁をまた破るのも億劫だし……」
「面倒なのは俺の方だよ。ベッド一つしかないんだぞ」
「我が魔王のベッドだと思え。……お前は床で寝ればいい」
「ええ!?」
俺が抗議しようとすると、リリスは急に体を起こして俺の顔を両手で挟んだ。
真紅の瞳が、至近距離で俺を捉える。
「わ、私のものだと言っただろう……悠真は。
だから、今日くらい……一緒に寝ても、罰は与えん。……べ、別に嬉しいとか、そんなんじゃないぞ!」
声が少し上ずってる。ツンとした態度を必死に保とうとしてるのが、なんか可愛い。
俺はヘタレ全開で目を泳がせた。
「一緒に寝るって……お前、魔王だろ。魔界に城とかあるんだろ?
なんでこんなボロアパートの狭いベッドで俺と……」
「うるさいうるさい! 魔王の決定だ!」
リリスはそう言うと、俺をベッドに引きずり倒した。
タオルが少しずれそうになって、俺は慌てて目を逸らす。
「見るな、ばか! ……まあ、見てもいいけど、じろじろ見るなよ……照れるだろ」
彼女は俺の胸に顔を埋めるようにくっついてきた。
甘い香りと、魔王様の体温が俺を包む。
俺は天井を仰ぎながら、心の中で呟いた。
(はあ……今日も平和じゃねえ。
しかも、朝になったらまた壁の穴どうすんだよ……大家さんに「隣の女が魔王です」って説明できるわけねえし)
リリスが小さな声で呟く。
「……悠真の匂い、嫌いじゃないぞ。……ばか」
その声は、いつもの高飛車な魔王様とは別人のように甘かった。
俺のダメ人間スイッチが、また一つ押された瞬間だった。
外では夜が更け、アパートの壁の向こうから、
また微かな物音が聞こえてくる。
ガタン……。
リリスがピクリと体を硬くした。
「ちっ……あの小娘、また来やがった。
悠真、絶対に我がここにいることは言うなよ? 今日は……我だけだぞ」
俺はもう何も言えずに、ただリリスの頭をそっと撫でた。
魔王様のツンデレ朝帰り拒否は、今日も俺の日常を優しく、でも確実に破壊し続けていた。




