**第2話 魔王様、照れながら膝枕を要求する**
「ったく……また壁、ぶち破りやがって」
俺、高見沢悠真は、散らかった部屋の真ん中でため息をついた。
壁に開いた直径1メートルくらいの穴から、黒いマントを翻した魔王様が堂々と入ってくる。
「ふん。挨拶くらいしたらどうだ、悠真」
リリス・ヴァル・ノクティスは腕を組んで仁王立ち。
今日も胸元がやたら開いたドレス姿で、腰に手を当てて偉そうに俺を見下ろしている。
「挨拶する前に直せよ、この壁……。大家さんにバレたらマジで退去させられるって」
「うるさい。魔王が人間の大家など恐れるものか。……それより」
リリスは急に視線を逸らした。頰が、ほんのり赤い。
「べ、別に我が寂しいとか、そんなんじゃないからな!」
「……は?」
「ただ、魔王である我が、人間界の文化を研究するために……お前の膝を貸せと言っているだけじゃ!」
リリスはそう言うと、俺の返事も待たずにベッドに近づいてきた。
「ちょ、ちょっと待て! 膝って……」
「うるさい! 早く座れ!」
俺が逃げようとするより先に、リリスは俺の肩をぐいっと押してベッドに座らせた。
そして、迷いなく俺の太ももに頭を乗せてくる。
ふわっと甘い香りが漂う。
黒髪が俺の膝の上に広がり、角が少し当たってチクチクする。
「…………重い」
「重いとは何だ! 魔王の頭だぞ! 光栄に思え!」
リリスはプイッと横を向く。でも、耳が真っ赤だ。
俺はスマホをいじりながら、ぼそっと言った。
「魔王様が膝枕要求してくるなんて、ネットに上げたらバズるレベルだぞ……。『今日も隣の魔王がツンデレ侵入してきた件』とかタイトルつけようかな」
「ば、ばか! 上げるな! 我の恥ずかしい姿を晒す気か!?」
リリスは慌てて俺のスマホを奪おうとする。でも、膝枕したままなので、上半身しか動かせない。
その拍子に、胸が俺の腕にむぎゅっと当たった。
柔らかい。すごく柔らかい。
「……っ!」
俺は一瞬固まった。
リリスも気づいたらしく、顔を真っ赤にして飛び起きた。
「こ、この変態! どこ触ってるんだ!」
「触ってねえよ! お前が自分で押しつけてきたんだろ!」
「う、うるさいうるさい! これは……その、魔力の共有だ! 魔王と人間が親密になるための儀式じゃ!」
「儀式って……ただの膝枕じゃねえか」
リリスは再び俺の膝に頭を乗せ直し、腕を組んでツンとした顔をした。
「ふん。好きでやってるわけじゃないからな。
ただ……人間の膝枕が、意外と心地よいだけじゃ。……べ、別に悠真の膝がいいとか、そんなんじゃないぞ!」
「はいはい」
俺は適当に相槌を打ちながら、片手でリリスの髪を軽く撫でてみた。
「……っ!?」
リリスの肩がビクッと跳ねる。
「な、何をする!」
「落ち着けよ。髪、絡まってるから」
「…………」
リリスはしばらく黙っていたが、やがて小さな声で呟いた。
「……もっと、優しくしろ。魔王だからって乱暴に扱うなよ……ばか」
その声が、いつもより少し甘え気味で。
俺は心の中で思った。
(やべえ……この魔王様、ツンデレが本気でヤバい)
そのとき、壁の向こうからまた別の物音がした。
ガタン……ドンッ。
リリスがピクリと反応する。
「ちっ……またあの小娘か。悠真、我がここにいることは絶対に言うなよ?」
「え? 誰?」
「我の妹分みたいな、魔王候補の……まあいい。とにかく、今日は我が独占するんだからな!」
リリスはそう言うと、俺の膝から起き上がらずに、ぎゅっと俺の腰に腕を回してきた。
柔らかい感触と、魔王様の体温が、俺のダメ人間スイッチを全力で押してくる。
「……はあ。今日も平和じゃねえな」
俺は天井を仰ぎながら、もう一本缶コーヒーを開けた。
魔王様のツンデレ侵入は、今日もまだ続きそうだ。




