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ガラス細工の乙女

ガラス細工の乙女 〜ガーベラ〜

作者: 音音
掲載日:2026/02/03

 本来なら、爵位が上の相手との婚約は喜ばしい事であるはずなのに、センリーズ子爵家のベイク様との婚約が決まった時、両親に喜びの表情は見られなかった。


「せめて、お前が穏やかに過ごせれば…… すまない」

 言葉を濁し、頭を下げるお父様の姿に、婚約の内情を兄から聞かされた私は怒りを感じた。

 もちろん、怒りを感じたのはお父様相手ではなく、センリーズ子爵家に対してだ。


 我がコーラル男爵家の領地は砂糖の材料である、てん菜の栽培に適しているのだが、栽培に必要となる石灰を自領で賄うことができないため、他領からの購入に頼っていた。


そこに目をつけたセンリーズ子爵は、我がコーラル男爵家への石灰石の販売を独占したいが為に強引にベイク様と私の婚約を求めてきたのである。


 代々法衣貴族家であるセンリーズ子爵家は、数代前に戦の褒賞として賜った小さな領地を持っている。賜った領地の規模は領地貴族を名乗れるようなものではなく大きめの村一つの為、今でも国としての扱いは法衣貴族となっている。


 センリーズ子爵家が賜わった領地は、貴族家を成り立たせるには目立った産業もなく、交通の要でもない。

領地としても小さすぎるものであり、災害でも起これば、法衣貴族として成り立っている収支が簡単にマイナスに傾くような領地。

 王家としても褒賞として与えたと言う体面を整えるだけのものであり 、戦争によって疲弊した国庫が回復次第貴族家からの申し出によって買い上げるという暗黙の了解の下の褒賞である。


当時 似たような貴族家は他にもあり、そのどれもが 法衣貴族であった。

中には持参金の一部として賜った領地と続居ている領地貴族へと嫁ぐ娘に持たせる法衣貴族家もあったが、法衣貴族で当時報奨としてもらった領地の状態のままで現在も抱えている法衣貴族家はセンリーズ子爵家以外にはいない。


その領地の唯一の産業と呼べるようなものが石灰石の販売である。

そこに目を付けたセンリーズ子爵がベイクの母親の実家であるボーグ伯爵家を後ろ盾として婚約という圧力をかけてきたのだ。


子爵家だけなら、まだ断れた婚約話も、伯爵家を通しての申し込みでは断れない。


伯爵家を後ろ盾とすることで、男爵家でしかない我が家がベイク様との婚約を断ることができないように持ち込まれた婚約話は、裕福であっても当主が畑仕事をするのが当たり前の田舎貴族だからと、中央貴族との友誼を結んでこなかった男爵家に抗う(あがら)伝は無かった。


 そして、いずれセンリーズ子爵家の跡継ぎであるベイク様に嫁ぐと言う事なのだから、嫁いだ後でセンリーズ子爵家での私の扱いがどうなるかはお父様の判断次第だと、私のセンリーズ子爵家での未来の生活を人質にするように、石灰石の販売の独占だけではなく、金額を上乗せし通常より高い値段での販売契約を求めてきたのだという。


 その不平等ともいえる販売契約を結ばざる負えない状況で、お父様は、せめてのもの抵抗として、ベイク様と私の婚約を絡めるかたちで契約を結んだと、お兄様から聞かされて私は青ざめた。

 

男爵家とはいえ、貴族の端くれ。

政略結婚も厭わないが、これは無い。

我が家にとっては何の利もないどころが、害をもたらす婚約など意味がないではないか。

 すぐさま、両親のもとに謝罪に向かい、自分は嫁いだ後肩身が狭かろうと、ないがしろにされようと構わない。

 領民のことを考えれば、この不平等な契約は破棄すべきだ。と訴えたが、両親は力なく首を左右に振った。


「どのみち、向こうからの不平等な独占契約は免れなかったのだよ。

今まで取引していた方に説明する理由として、お前とベイク様との婚約を絡めた内容にすることがせめてもの儂の抵抗だった。

まぁ、向こうには鼻で笑われて了承されたがな。

向こうは自分たちが婚約を破棄するわけがないということで、そんな条文の一つなど意味が無いと言いたいのだろう。

 てんさいの栽培方法や、砂糖の精製技術にかまけて、田舎貴族と笑われることを良いことに、貴族付き合いから遠のき、いざという時の後ろ盾を作れなかった儂の責任だ」


力なく答えるお父様の姿に、涙がこぼれた。


「ガーベラ、泣かないでおくれ。大丈夫、この契約は婚姻の際に結び直す形にしてある。それまでには学園時代の学友を通じて、領民にもガーベラにも良いように少しでも調整していくつもりだ」


前向きなお父様の言葉に私は力なく首を振る。

父の学園時代の友人と会ったことはあるが、皆が王都から離れた田舎貴族と揶揄される男爵家子爵家である。そして、皆、お父様と似たような呑気さをお持ちの方たちばかりである。

私の言いたいことが伝わったのだろう。

申し訳なさそうにお父様は言葉を続けた。


「……うん。婚姻には間に合わなくても、当主交代で契約を結び直すようにはするから」

 お父様より、お兄様の交友関係のが、まだ望みありますものね…… あるかしら?

 

 お父様の代での不平等な契約の破棄はもちろん、お兄様の代でも公平な契約を結ぶのは無理でしょうね。

 



 ※ ※ ※


 ベイク様と会う前の私は、この契約だって、センリーズ子爵とボーグ伯爵によって結ばれたものであって、ベイク様が関係しているわけではない。敵愾心を持ったりせず友好的に交流していこう。センリーズ子爵家としてではなくベイク様本人を見ていこうと決めた。


 ベイク様と愛情を育み信頼関係を築いていくこと、そうすることでベイク様の代か、私が産んだ子供の代では不平等な契約を破棄することが出来るかもしれないと私は考えて、ベイク様と必死に交流をとった。


 しかし、ベイク様からは「歩き方が粗野だ、これだから田舎貴族は」だとか、ことあるごとに、立ち姿やふとした仕草など、あらゆることで否定され続けた。

 確かに、歩き方が粗野かもしれない。私も両親も問題ないと思っていたが、お茶を飲むしぐさ一つにも優雅さが欠けているのかもしれない。と、ベイク様に言われたことを真に受けて、王都から腕の良いマナー講師を招き、教わったりもした。


 講師から、素晴らしいと評価を受けたことも、ベイク様からは否定され戸惑い悩んだ日々。

 それらすべてが無駄だと知ったのは、ベイク様から言われた一言だった。


「学園に通うようになったら、俺に恥をかかせるなよ。法衣子爵家とはいえ、裕福な我が家で、優秀な俺であれば、本来ならお前のような田舎の男爵家の娘ではなく、伯爵家や、侯爵家の令嬢を婚約者に迎えられたのだからな」


 あぁ。なんだ。

彼は、この婚約の意味など何一つ分かっていない。

 今まで、私を否定してきたことも、私が出来ていなかったからではなく、田舎の男爵家の娘だったから認めなかっただけか。とすっきりと納得できた。

 色々、努力をしてきたが、それらはベイク様に対して愛情があったからではない。

 すべて、両親や領民の為と思い、努力してきたのだ。

 努力して身に着けたことは学園でも、これからの人生でも無駄にはならないだろうと自分を慰められるが、ベイク様と良好な関係を築くことが無理だと言う事を知り、両親や領民への申し訳なさに涙がこぼれた。


 学園での生活を送る中で、センリーズ子爵家やボーグ伯爵家よりも家格の高い家の子息と恋に落ち、ベイク様との婚約を無事破棄できれば、不平等な契約も破棄できると、物語のようなことを夢見たが、実際に、そんな都合のいい相手などいるわけがなく、自分の幼稚な妄想に自嘲した。


 ベイク様には罵られ、両親や領民への申し訳なさに苛まれる日々の中、一人の転入生によって、希望の光がもたらされた。


 可憐な容姿の転入生は、マクルメール子爵家の庶子で、すでにカプレーゼ公爵家嫡男のディビット様の婚約者となった、リリアン様。


 リリアン様は、気のある素振りを見せるように、ベイク様と、ダーベル侯爵家の三男であるメリル様と親しげにしていた。

 ベイク様には私が居るように、メリル様にもアーラット伯爵家のローズ様という婚約者がいる。

 ディビット様という婚約者を持ちながら、婚約者のいる、ベイク様やメリル様に近づくリリアン様のことを悪くいう周囲の言葉を聞きながら、お会いしたこともないディビット様や、姿を拝見したことはあるが、身分差から話したこともないローズ様には申し訳ないと思ったが、その状況を私は喜んだ。


 これは、チャンスだと。


 ベイク様は、リリアン様に惹かれているようだ。

 カプレーゼ公爵家のディビット様の婚約者ということに躊躇っているようだが。


 ならば、リリアン様とベイク様の仲が深まれば婚約破棄となるのではないか。

たとえ、深まらなくても、ベイク様がリリアン様に惹かれていることを理由に、リリアン様を私がいじめることで、その行為を糾弾してくれるのではないか。

うまくいけば、その場の対応次第で、直情的な面があるベイク様が婚約破棄を叫ぶのではないだろうか?。


 たとえ、ベイク様が婚約破棄を訴えても、石灰石の販売契約は婚約が前提である以上、彼の両親であるセンリーズ子爵夫妻は認めないだろう。


 しかし、衆人環視の中でベイク様に子爵家の令嬢をいじめた罪を糾弾され、婚約破棄を告げられたら私の評判は地に落ちる。


それに、リリアン様はカプレーゼ公爵家嫡男ディビッド様の婚約者。

 今は領地で療養しているディビット様のお姉さまであるアマリリス様を夜会で助けたことから、ディビット様と縁が繋がり二人が恋に落ちたとの噂もあるが、ベイク様やメリル様への態度を見ると、どういった経緯で結ばれた婚約なのか外側からは伺いしれない。


しかし、ディビット様の婚約者であること、アマリリス様の命の恩人であることは事実であり、公爵家がリリアン様に危害を加えられて報復措置をとらないという可能性は低い。


石灰石のことだって、コーラル男爵領への通常より高い値段での独占販売とはいえ、何十年先のことかはわからないが、取り付くせば終わりであることは、センリーズ子爵もわかっているはずだ。


評判が地に落ちカプレーゼ公爵家に睨まれたた私との結婚と、法衣貴族としてのセンリーズ子爵家の立場。

どちらに天秤が傾くのかは明らかだ。


問題行為を起こしたとして、慰謝料や賠償金を求める形でセンリーズ子爵家が婚約破棄、もしくは婚約自体が無かったことを求めてくるだろう。


 お父様とお母様には申し訳ないけれど、そうなれば、早々に私とは縁を切ってもらえばいい。


慰謝料や賠償金を払うことになっても、ベイク様がリリアン様と親密にしているのは周知の事実であり、法律家をお願いすることで額も高額にはならないだろうし、不平等な販売契約よりも長期的にみれば慰謝料や賠償金のが負担が大幅に少ないはずである。

 それに、我がコーラル男爵家への石灰石の独占販売の件で他の貴族家から不満を買っていることもあるが、それに合わせて買い取り金額が不当に上乗せされていると噂を流せば、婚約破棄後に何かしらと理由をつけて再び不平等な契約を結ぶことを迫ってくることは出来ないはずだ。

 もしかすると、子供の浅知恵と笑われ叱られるかもしれないが、今の状況よりはコーラル男爵家にとってマイナスになることは無いと信じて、私は行動するしかなかった。

 家族に、このようなことを相談すれば、止められるに決まっているからだ。


 

 人をいじめることには抵抗があるし、気持ちのいいものではない。

 だが、頑張ってリリアン様をいじめた。

 メリル様を愛しているローズ様も、リリアン様に色々としているようだから、いざという時はローズ様のしたことも私のしたことにしてしまえば良いとも思った。

 どうしても、罵ったりすることしかできなかっため、ローズ様のしたことも私のしたことにすれば、確実に罪に問われるだろうと……


 

 えぇ。そんな事を考えて、動いていた時期もありました。



 あの子はダメだわ。

 私は、思い出した出来事にぶるりと震えると、リリアン様に対するローズ様のいじめを止めるべく、ローズ様の部屋のドアをノックした。


 本来ならば、御声掛けをしていただいたこともなく、親しく交流をしたこともない上に、先触れさえもない私の訪問は、いくら学園内の寮内のこととはいえ、身分が上のローズ様に対して許される行為ではない。

 門前払いでも構わない。せめて、侍女を通じて、言葉を伝えてもらえればと。もし、渡していただけるようならお手紙を渡すことが出来ればとの思いで、ローズ様のお部屋を訪れたのだが、何一つ咎められることなく、私は部屋に通された。


「どうぞ、お座りになって。堅苦しい挨拶などは不要よ。

 ガーベラ様、貴女から訪ねてきてくれて感謝するわ。貴女とは話してみたいとは思っていたのだけれど、外で、貴女に声をかければ、好奇の目にさらされるのがわかっていたので遠慮していたのよ」

 そう言って、ローズ様は優しげに微笑む。

 もしかすると、同じように婚約者を誘惑されている仲間だと私のことを認識しているためか、それとも、これが本来のローズ様の姿なのか、目の前に居るローズ様にはリリアン様に絡んでいる時のような険しさは見られない。


 ちらりと、さりげなく視線を動かして侍女の顔を確認すれば、期待と猜疑心とが混ざり合ったような顔をしていた。

 リリアン様への行き過ぎたいじめを止めに来たのではないかという期待と、逆に煽りきたのかもしれないという疑いと言ったところだろうか。

「あぁ。彼女なら大丈夫よ。私が一番信用している侍女ですの。安心してどんなことでも話してくださって」

 

 ………… ニュアンス的に、どんないじめをするか相談しましょう? と聞こえたんだけれど。

 侍女さんの顔、曇ったし、私だけが悪い方に捉えたわけでは無いと思う。


 ローズ様が、どんな顔をするか怖い部分もあるが、私は意を決して、口を開いた。

「ローズ様。リリアン様へのいじめを止めませんか?」

 私の言葉に、ローズ様は目をスゥッと細めると、顔から笑みを消す。

 怖いけれど、こんなことで怯んではダメだと、自分を鼓舞して言葉を続ける。


「私は、ローズ様とは違い、婚約者のベイク様のことは好きでも愛してもおりません。それでも、リリアン様に辛く当たり、いじめたのは、その事を爵位が上であるリリアン様のお父様や婚約者であるディビット様の公爵家から罪に問われることでベイク様との婚約を破棄することが狙いでした。

 その際には、ローズ様の行いも、自分がしたことだと主張するつもりでした」

 私が、そこまで言い切ると、幾分かローズ様の雰囲気が和らいだ気がする。

「ベイク様が、私を見下し辛く当たることは、ローズ様も周囲から聞き及んでいらっしゃるかと思います。そして、失礼ながら私もメリル様のローズ様に対する仕打ちについては噂で聞いております」

 メリル様は侯爵家の三男で、家督を継ぐことが出来ない身。

 本来は伯爵家への婿入りを喜ぶところを、伯爵家に婿入りすることを屈辱だと感じ、納得できず、伯爵家のローズ様を侮辱する言動を取っていると聞いている。


「ローズ様は不思議に思いませんでしたか? リリアン様が誘惑しているのは、ベイク様とメリル様の二人だけです。

 他にも、見目麗しい男性はいらっしゃいますが、なぜか、その二人だけなのです。

 それに、第二王子であるジートル殿下とも最初は親しくしていらっしゃいましたが、今では避けるそぶりも見せています」


 私の言葉に、ローズ様は口元に手を当て、思いを巡らす。


「―― 確かに、貴女の言うとおりね。でも、だから? それが何だというのかしら?」

「それを見たのは偶然でした」

 私の言葉に、ローズ様は嫌そうに眉を寄せた。


 もしかすると、メリル様とリリアン様が二人っきりで居た所を見かけ、その様子を話すと思ったのかもしれない。


「私がリリアン様にキツイ言葉を浴びせたて居た時、てっきり悔しさや恐怖に顔を歪めて俯いているだろうと考えていたのですが……

 その時、近くにいた生徒が鏡を落としてしまったようで、それが私たちの足元まで偶然滑ってきたのです。その鏡にはリリアン様が嬉しそうに笑っている顔が映し出されておりました」

「え?」

 とまどったローズ様の声が聞こえたが、私は先を続ける。


「その事が気になった私は、人気のない場所にリリアン様を呼び出し、きつい言葉を浴びせた後に、隠れて彼女を覗き見たのです。

 私が言葉を浴びせている間は、彼女は瞳に涙を溜め、怯えている様子も見えましたが…… 私の姿が見えなくなると、盛大なため息を吐いたのです」

「安堵の溜息でしょう? なにも変なところはなくてよ?」


 ローズ様の言葉に私は首を横に振ります。


「安堵の溜息ではなく、がっかりした…… といった溜息でした。

 溜息の後に、独り言を言っていたのですが、そのまま、覚えてる限り同じように言わせていただきますね。かなり、失礼な言い回しもございますが、そのまま伝えると言う事でお許しいただければ」

 私の許しを求める言葉に、ローズ様が頷いたのを確認して、できるだけ同じように、私は言葉を紡いだ。


「もっとガンガン来てくれていいのに~。突き飛ばしたり、泥水かけたりとか。ガーベラちゃんのいじめって微妙なんだよね~。口で攻め立てるだけだし。

 ローズちゃんのいじめも、ちょっと拍子抜けかな。教科書ずたずたに破るぐらいじゃなぁ。

 もっとドレスを引き裂くとか、暴漢に襲わせてくるとか。

 ベイクとメリルから散々辛く当たられてるんだから、そのうっぷん晴らしもかねて、もっとこう激しく来てくれてもいいんだけどな~」


 私の言葉が終わると、ローズ様は青ざめていた。

 青ざめたのは怒りからではなく、恐怖からだろう。

 私も、その事に気が付いた時には全身に鳥肌が立ったのだから。


「彼女は…… そういう性癖の方なのかしら?」


「おそらく。ですから、ベイク様とメリル様だけを誘惑していらっしゃるのではないでしょうか?」


 どんな性癖を持とうが自由だと思うが、それは互いの了承があって、初めて行っても良いことだと思うのだ。そうとは知らず、勝手に相手側に回されるのは気分の良いものではない。


「ということは……」

 呆然と呟いたローズ様に、私は頷く。


「ベイク様とメリル様は、リリアン様とは逆の性癖の持ち主なのかと」


 妙な沈黙が、私たちの間に落ちた。

気持ちを切り替えるように、ローズ様はパチリと音を鳴らすように扇を閉じる。


「リリアンから手を引く理由については理解いたしました。今回のガーベラ様からの助言、アーラット伯爵家嫡女として感謝いたします。

ご存知でしょうが、私の婚約は爵位がこちらが下とはいえ、お父様の友情の上に成り立ったダーベル侯爵家領地の災害被害への援助を目的とした政略です。なのでメリル様との婚約の解消は容易いでしょう。ですが、ガーベラ様はリリアンから手を引きどうなさるおつもりなのでしょうか? ベイク様との婚約をどうにかなさりたいのでしょう?」

「そのことでローズ様にお願いがございます。

私が、リリアン様を階段の途中で突き落とします。もちろん、階段の終わり辺り、落ちても大怪我をしない高さで。ローズ様には、その場の目撃者として私を断罪してほしいのです」


 その時軽いノックの音が響き、私たちはビクリと身体を揺らした。


 ローズ様の侍女がドアへ向かうと、彼女はサザリア侯爵令嬢のビアンカ様と、その侍女を伴い戻ってきた。


「先触れがない訪問と、了承も得ずの入室、ごめんなさいね。

 廊下に長くいれば、その分人目に付くので、私が無理を言って通していただいたの。だから侍女をしからないであげてね。

 ガーベラ様がローズ様のお部屋を訪ねていらっしゃると、侍女から報告があったので、急いできたのよ。

 外で、ガーベラ様に話しかけるわけにはいかないし、私がガーベラ様のお部屋を訪ねてしまうのも目立つでしょう?」

 

 自分たちよりも身分の高いサザリア侯爵令嬢のビアンカ様が来たことで席から立ち上がった私たちは、告げられた理由に途惑いながら視線を合わせた。

 

「ビアンカ様をお茶会にご招待できたのですもの、もちろん、侍女を叱ったりは致しませんわ」

 さすが伯爵令嬢のローズ様。すぐさま、席を移動して、ビアンカ様に席をすすめる。

 私は、なぜ侯爵令嬢のビアンカ様が、私を理由にローズ様を訪ねてきたのかが気になって仕方がない。

ビアンカ様は私に視線を合わせると、優しく微笑む。


「ガーベラ様の事情は聞き及んでおります。

 ですので、助けて差し上げようと思いまして」


 ビアンカ様がローズ様の部屋に居る私の事を訪ねてきた理由を聞いた私は、驚きから救いを求めるように、ローズ様を見た。


「助けるとおっしゃいますが…… どのようにでしょう?」

 私の代わりに、ローズ様が確認してくれる。


「私が、ベイク様を誘惑して差し上げますわ」

 楽しそうに微笑んでみせるビアンカ様に、ローズ様は目をパチクリさせた後、頬に手を添えた。


 ベイク様が私を気に入らず婚約破棄したいと願っても、未成年であるベイクには破棄できる権利はなく、この婚約の破棄も解消も子爵夫妻は許可をしないだろう。


でも、相手が侯爵令嬢であるビアンカ様であれば?


子爵夫妻も解消に同意するのではないか?


 私は心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。


 それは、家族と離れる道を選ぶことなく婚約破棄できる喜びからなのか、問題のある婚約者を侯爵令嬢に押し付けるようなことになる為のどちらなのかと言えば…… もちろん後者だ。


「ビアンカ様が婚約者不在であることから、おっしゃっていることに問題が無いようにも見えてしまいますが、そもそも、ビアンカ様に婚約者がいらっしゃらないのはジートル殿下の婚約者候補の御一人であることだと言う事は存じています。

 失礼を承知して、申し上げますが、もし選ばれることが無くても他の高位貴族の男性の方の元へ嫁げるように侯爵様でしたら手配しておいででしょう。

 そのようなことをなさっては、お家を裏切ることにもなります」


 私の気持ちを代弁するかのようなローズ様の言葉。

真剣に言葉を紡ぐローズ様にビアンカ様は笑顔をみせる。


「心配して下さって、ありがとう。

 でも、大丈夫よ。侯爵家の令嬢と言っても私は三女ですもの。お姉様二人とお兄様がすでに十分な縁を繋いでいますし、この程度の問題を起こしたところで、私の評判に傷がつくだけですわ」


 譲る様子のないビアンカ様に、彼女が知らないであろうことを伝える。


「ビアンカ様。ベイク様が私のことを田舎の男爵の娘だなんだと罵っていたことはビアンカ様のお耳にも入っているかと思います。

 ベイク様は私のことを田舎の男爵の娘だから認められないのだと、ずっと思ってきましたが、つい最近、ベイク様は、そういった性的嗜好の持ち主であることが判明いたしました」


 まだ疑惑の段階で確信は取れていないが、加害されることを好むリリアン様が積極的に絡みにいっていることからも確実だと考えて、私は確信が取れているかのように話してしまう。


 ビアンカ様は私の言葉にまばたきを止めたあと、楽しそうに笑った。


「あら、ならば更によろしいのでなくて? 

三女とはいえ侯爵令嬢を貶めるようなことをして、たかが法衣子爵が残れるかしら? 形ばかりの領地も持ってはいるけれど、……ねぇ? ふふっ」


目は細く弧を描き、軽やかな笑い声をこぼして、ビアンカ様は口元を扇で隠した。


ローズ様と私はカーテシーをビアンカ様にとり、恭順の意を示した。


 そこからのビアンカ様とローズ様の動きは早かった。


あの場での言葉通りにローズ様はリリアン様に絡むのはやめ、メリル様との婚約を解消。

噂によると、水面下で既に新たな婚約が進んでいるらしい。


 ビアンカ様は偶然を装ってベイク様と交流を持つきっかけを作ると学園内でベイク様や周囲には親しいと思わせる距離感をとりはじめた。


ベイク様はビアンカ様と交流するようになると、私への接触を全くしてこなくなったため、嫌味を聞かされることもなくなり、少しだけ快適になった。


二人の交流の様子に、学園の生徒の大半はビアンカ様を信じられないように見ていたし、下々の者にはわからない何かが動いているのではと情報が錯綜した。私にも問いかけはあったが、全て曖昧に微笑んで躱わした。

あとは相手が勝手に身分差があり過ぎて何も言えないのだと理解してくれる。



ビアンカ様が私を助けてくれているのは完全なる善意ではないのはわかる。

それは貴族なのだから仕方のないことではあるのだが、ただビアンカ様が何を望んで私を助けようとしてくれているのかが少しもわからなかった。


直接的に聞いても微笑まれて、話をはぐらかされてばかり。好意的に接してくれているが侯爵家との爵位の差は大きい。しつこく聞くこともできず、いまだに理由の一端もわからなかった。


 石灰石関係かと、お兄様に以前の石灰石の購入先について聞いてみると、ビアンカ様の領地の一部も入ってはいた。

入ってはいたが、内容としては公爵家の当主が関わるような大きな契約ではなく、村の顔役との取引契約で済むような内容だ。


ビアンカ様の趣味が変わっているという線もあるが、ベイク様のことをは好ましく思っている様子もない 。

決まった曜日の決まった時間、 空き教室で私とビアンカ様は合うような形を取っている。

その際に ビアンカ 様から伝えられるベイク 様への感情は嫌悪。 ビアンカ様がなぜそこまで動いてくれるのかは分からないまま、侯爵令嬢と言う立場に舞い上がったのか、ビアンカ様の魅力に落ちたのか、ビアンカ様のベイク様への攻略は順調に進んでいった。



※ ※ ※


 それは突然だった。

ベイク様がビアンカ様と交流を重ねていたことが前触れとも言えるが、二人が交流するようになってからベイク様から会話を持ちかけられるようなことも、視線を向けられることも無かったのだが、食堂でビーフシチューを口に運ぼうとしたところを、ベイク様に目の前へ仁王立ちをされ名を呼ばれた。

ベイク様の斜め後ろにはビアンカ様。


仲の良い友人との二人の昼食ということで隣り合わせで座ったことで、前方の席が空いていたのが仇となった形だ。


 中途半端な位置で止まったままのスプーンを、そのまま口に運ぶか皿へ戻すか考えてしまった私も、正常な判断が出来ていたとは言い難い。


そんな私の心情など考えることなく、ベイク様は言葉を続けた。


「マルベリー法に寄って、真実の愛を見つけた俺は、ここにガーベラ・コーラル男爵令嬢との婚約破棄を宣言する。」


え? 今? 食堂で??


ビアンカ様の協力で解消、または破棄されると思ってはいたが、当主同士のやり取りでされるものだと思っていた。 

しかもビアンカ様を側に、こんな衆人環視の状態で破棄を宣言されるとは思わなかった。

というか……


口に入れたら話せないなと判断して、スプーンを皿に戻すと、隣の友人へ顔を寄せ小さな声で確認する。


「マルベリー法ってなに?」

「さぁ?」


説明してくれそうな人、ベイク様の後方に控えるビアンカ様に視線を向けて、私はぎょっとした。


「真実の愛。私ではやはりダメですのね……

ベイク様とメリル様の勇気ある決断、サザリア侯爵家子女ビアンカ、祝福させていただきます」

そう言って、ほろほろと涙を零すビアンカ様。


「サザリア侯爵家三女、サザリア・ビアンカは、ここに、マルベリー法の施行に基づき、センリーズ子爵家嫡男ベイク・センリーズとコーラル男爵家一女ガーベラ・コーラルの婚約の破棄を認め宣言いたします」


婚約が破棄されたのかな? というのはなんとなく感じとれたのだが…… 

ごめん。意味わかんない。偶然視界の範囲に入っていたローズ様と視線が合うが、そっと目を逸らされた。


ベイク様はビアンカ様の言葉が理解できていないのか、少し首を傾げた状態で固まって言葉が出ない様子で、少しだけ、その気持ちは理解できた。

最後に少しだけでもベイク様の気持ちが理解できるというのも皮肉じみている。


とりあえず、ビアンカ様の言葉を言い換えると……


「ベイク様とメリル様は真実の愛で結ばれていると??」


困惑を含んだ私の言葉にビアンカ様は涙をぬぐって笑顔で頷いた。

え? でもお二方とも相手を虐げたい性癖ですよね?


え? 一周回って相性が良くなるのかしら??


あまりにも突然のことに、ベイク様とメリル様は男性同士だと言う考えが抜けてしまって、お互いの性癖がぶつかり合って大丈夫なのかしら? とか、それも乗り越えての真実の愛ということなのかしら?  と何を考えればいいのかはわからないが、そもそもマルベリー法が何かわからなかったため、とりあえず貴族令嬢としてすべきことをすることにした。


どう転んでも、ベイク様との婚約を維持すること以上に悪いことにはならないと。


席から立ち上がると、食堂の隅にまで声が通るように、だからといって叫んでるという印象を与えないように、大きな声で、はっきりと宣言する。

「コーラル男爵が一女、ガーベラ・コーラル。マルベリー法による婚約の破棄承りました。

ベイク様とメリル様の幸多き未来を祝福いたします」


とりあえずマルベリー法ってなに?




※ ※ ※



 マルベリー法とは、今から160年前の王女が王命で結ばれた公爵家令息との婚約を破棄するために、元老院をだまくらかして作った法律であるというのが歴史研究者の見解だという。


 学園在学中であれば、王命で結ばれた婚約さえも立会人がいる場で宣言すれば叛意を疑われることなく破棄することができる。但し王族の男性は使用不可とされた、男性側からの婚約破棄を正当化する法律である。


 歴史研究家によると、男性優位の社会背景の中、男爵令嬢に入れ上げた婚約者を疎ましく思った王女が婚約を破棄すべく、王姉である叔母が学園の生徒との婚姻を望んでいると元老院に思わせ、陛下が王姉との婚姻の王命を出しても、息子や孫を解放できるようにと作られた法であり、破棄した相手との再婚約までも認めないように定められたピンポイントな法律だという。


そして、王女の婚約がマルベリー法を使って破棄されたことで廃止が検討されたが、王姉がちょくちょく学園へ視察に向かうことから廃止されることなく今に至るまで現存し、意図的に存在感を消された法である。


というのが、後日ビアンカ様がかい摘んで教えてくれたマルベリー法についてのことである。




 婚約破棄騒動のあと王家の婚姻・婚約が公表され私たちの騒動に関連する事柄が大きく話題に上ることはなかった。


あの場にメリル様が居たら、また少し異なった結末を迎えたのかもしれない。


でも、居なかったのでいきなりの展開に対応できなかったベイク様が、その場で否定することもしなかったので、ベイク様とメリル様の仲は事実として取り扱われることとなった。

同時に、貴族令嬢としての私の価値は、男に婚約者を奪われた令嬢というレッテルを貼られることになり、新しい婚約を結ぶこととは難しい状態であるが、おかげでセンリーズ子爵家に慰謝料や賠償金を払うのではなく、こちらが賠償金を貰うことができたのだから良しとしよう。

 賠償金を払ったことから、センリーズ子爵家が危機的状況なのはもちろん、後ろ盾になったボーグ伯爵家も立場が危ない状態らしい。


そして、後日、いきなり修道院行きを告げられたメリル様は、その理由がベイク様と自分が真実の愛で結ばれてるという噂が理由だと知ったときの様子を、先ほどローズ様が話してくれたが、さすがに少し同情したとのことである。


それを聞いて、少しなんだ…… とは思ったが、そうなんですね。と微笑んで終わらせた。




 あの食堂での婚約破棄から約半年。

今日はお祝いの日であるのだから、藪をつつくようなことはしない。


王家の慶事に紛れるように時期を狙ったかのような結婚式。


私のではなく兄の。


花嫁はビアンカ様。


兄もビアンカ様も幸せそうである。


なんでこうなったとか、爵位の差だとか、そういったことは、あとでビアンカ様が語ってくれるだろう。


 私が一つ言えることは、どれほど気さくな態度をとってくださろうと、ビアンカ様は生粋の高位貴族の令嬢であるということだけ。










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