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悪食聖女の食べログ譚  作者: 菅田原道則


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ゴブリンを食べましょう⑧

「そろそろイイでしょう」


 とくに会話らしい会話なんてなくお互いに火を見つめながら時間を過ごしていると、鍋の具合を見てルチアが口を開いた。


 俺は渋々用意していた木製のお椀を手に取って渡すと、ルチアが一口程のスープだけを入れて飲んだ。声が出そうになった。


 また同様に入れて、今度は俺に差し出し、どうぞといわんばかりに見つめてくる。味見をしろってことだ。


 ゴブリンの肉団子入りスープだ。見た目は普通のスープ。だがあれと一緒だった訳で、想像するだけで腹の底から込み上げてくるものがある。


 きゅるるる。それは俺の腹の音だった。スープの匂いに誘われて、肉体が我慢できなかったんだ。


「ふふふ、楽しみですよね」


 ルチアは俺の気も知らずに笑う。その笑顔を見ていたら、この笑顔を無くすのが忍びなくなった。だからお椀を口につけて、上へと傾けた。口の中に野菜の旨みが滲んだスープが入ってきたので、食べられるものと認識して飲み込んだ。


 俺は頷いてお椀を返す。するとルチアは更に笑みを大きくし、お椀に具をよそい始めた。


 味は普通だった。紫色の血の味なんかもしなかった。だけど今度はあれが入っている。あの肉団子が。


 肉団子入りスープのお椀をルチアは渡すことなく、いつ取り出したのか、更にどう持ってきたのかが謎な、木製のプレートの上に置いた。嫌な予感がする。


 腸詰を取り出して「あちち」と顔を歪めながら食べやすい大きさに切って、プレートの大きい部分の凹みがある上部へと盛り付ける。その下に目玉が転がっていて、縦横無尽に転がらないように、焦げ目のついた腿の串焼きがでん、と置かれた。


 お椀の横に小皿があって、レタスと脳のサラダがあった。ゴブリンのフルコースだ。全く豪華ではないし、あるじゃん生食……。


「できました」


 嬉しそうな声でルチアにプレートを渡される。苦笑いで受け取って脚の上に置くと、ルチアはログクリスタル棒を俺たちの目線の高さになるよう枝に結んで、その枝に支柱を三つ結んでから、俺の斜め前に突き刺した。食べるところも記録として残すみたいだ。倒れ伏している姿が記録されてなきゃいいんだけどな。


「さ、いただきましょう」


 自分のプレートを持ってきてルチアは俺の隣に座りなおす。


「本当に……食べるの?」


 最終確認をすると、ルチアは眉間にしわを寄せる。


「食べたくありませんか?」

「それは……まあ……ね。だって食べたら死ぬかもしれないんだし……」


 食べれば死ぬかもしれないのだ、できるなら食べたくはないのは当たり前だ。


「中毒症状が嫌なんじゃありませんよね」

「へ?」

「ジークは中毒症状を恐れているのではありませんよね」


 ルチアの大きな目が俺を射抜く。そして言葉の次矢を放つ。


「ゴブリンを食材として認めていないだけですよね」

「そんなの当たり前だよ」

 

 誰も魔物を食べない。食べられない。だから食材として扱わない。それが当たり前だ。それが普通の人間だ。


「ジークはピーマンが嫌いでしたね」

「子供の頃ね」

「苦いからですか?」

「それもあるよ。でも大人になって食べられるようになった」

「どうして食べられるようになったんですか?」

「どうしてって……」


 覚えていないと突き放すのは簡単だ。でもルチアの眼を見ているとそんな気にはなれずに、理由を探し出す。


「……周りが食べていたから」


 頭に湧いた理由をポツリと呟く。家族との食事でピーマンを残すと、ピーマンを食べられないなんて人としてあるまじき、との目線を向けられた。


 黙殺する冷ややかな視線を思い出して、俺は背中に悪寒が走り、身を軽くすくめた。


 俺はあの目線が怖くて、無理をしてなんでも食べるようになった。誰かと食事をするときはそうやって周りに合わせてきたんだ。味は思い出せない。


「ではわたしが食べればジークも一緒に食べてくれますね」

「あ、おい」


 俺の静止の声を聞く気もなく、ルチアは指を交差させて自分の手を握り、眼を瞑って祈りを捧げてから、再び眼を開ける。


「いただきます」

 

 ルチアはスープの入ったお椀を持って端に口をつけて飲んだ。細い喉が動いている。


 次に三叉スプーンで野菜と肉団子を掬う。薄い灰色の肉団子がこちらを凝視している気がする。


 ルチアはなんの躊躇いもなくスプーンの上にある物を口に入れた。俺はただ見ていることしかできなかった。


 ルチアの小さな口が動いている。ルチアの目が噛む度に大きく開かれていく。やっぱり何か毒性があったのかと今にもルチアを呼ぼうとした時。ゴクン、と飲み込む音が聞こえた。


 青ざめているであろう俺は、ルチアの頬が緩むのを見逃さなかった。


 ルチアは、ほふっ、と満足そうな白い息を吐いた。そして小首を傾げて俺へと視線を向けてくる。彼女の聖女仕草だ。


 俺はプレートに目線を落とす。ルチアが作った料理達が一緒に食べようといっている。さっきまでこれが料理とは思えなかったのに、今は料理に見える。


 祈りを終えて三叉スプーンを持ち、スープを具ごと掬ってみる。肉団子だ。肉団子はスープの脂を反射して光っている。解体した時の色は一切合切思わせない。横目でルチアを見ると、ルチアは瞬きもせずに成り行きを見守ってくれていた。


 ルチアは宣言したことを諦めない。俺と一緒にこの料理を食べるまで、こうしてい続ける。子供の頃からずっと付き合いがあるんだ、容易に想像がつく。


 ルチアの宣言をずっと手伝おう。子供の頃に決意した俺の過度のない目的を心の中で唱えて、意を決し、スプーンを口に持っていく。


 口の中に薄味の旨みが広がっていく。その中に肉の旨みがあった。野菜を噛むとスープの味が染み出す。肉団子も勢いよく噛み潰すと、凝縮された旨みが口の中で暴れる。コリコリとした食感と柔らかい食感が交互にくるのは、まるでゴブリン軍団の統率のない攻撃を彷彿とさせる。こんなにも、こんなにも。


「うまい」


 気を使った言葉じゃなく、美味いものを食べた時に出てくる自然な言葉だった。


「ですよね」


 ルチアは眼を細めていって、二口目を食べ始めた。俺もルチアに倣って食べる。


「こちらのスープは野菜の味をベースにした肉団子スープです。で、こちらが腸詰です。わたし特製の秘伝のタレと共に召し上がってください」


 半分ほど食べるとルチアが説明を始める。腸詰の横に粘性のあるタレが添えられていて、いわれた通りに付けて食べる。ポリッ、と軽快な音が鳴って腸詰を噛みしめる。旨みは変わらないが、肉団子とは違う部位を使っているのか食感がザラザラしている。秘伝のタレは前から食べているので美味しいと割愛しておく。


「メインはもも肉を焼いたものです」


 串焼きされたもも肉はいい焦げ目が付いていて、原始的な食欲をそそらせる。二人で一緒に齧りついて、俺は身の少なさに驚く。ルチアも同様の相を見せている。下味がピリっとする胡椒でつけられているが、硬い筋が多いから齧りつくものじゃないな。


 ぷっ、と筋を火の中に飛ばす。ルチアは眼を見開いてから、口を尖らせて俺の真似をして筋を飛ばした。俺の視線に気づいて、恥ずかしそうに次の料理の説明をする。


「こ、このサラダにある脳は塩揉みしてあります。お口直しにいただきましょう」


 塩揉みしていているからって脳を食べる習慣は俺には無かった。祖父の代までは恒常的に羊の脳を食べていたらしいが、今やその食文化も風前の灯だ。


「お猿さんの脳をお祝い事で食べたりする地域もあるらしいですよ」

 

 雑学をいいつつ、レタスで巻いた脳をルチアはパクリと口に入れた。ここまできて及び腰でいられるか。俺もルチアに続く。

 

 端的にいって塩味しかしなかった。柔らかいが噛んだらニュルンとした食感がしたあとに、塩の味がする。不思議な食べ物だ。


「なんか…思っていたのと違う」


 ルチアも俺の言葉に頷く。


「ではお目目もいただきましょう」


 最後に残った目をルチアは口の中に入れる。直後んっ、とかすかな呻き声を上げた。


「どうした!」遂に症状が表れたかとルチアの顔色を窺う。


「かたいれふ」


 ルチアは顔をしかめていった。それから、俺から顔を背けて空いたお椀に眼球を吐いた。コンコロロンと軽快な音が鳴る。

 

 中毒症状がでたわけじゃないと安堵し、俺は眼球をスプーンで突いてみる。硬い。石ころのように硬かった。これは食べられないな。


「ゴブリンのお目目は熱を通すとこんなに硬くなるんですね。歯が鍛えられそうですが、この調理の仕方では食べられませんね」


 ルチアの目は次を見据えていた。違う調理方法でまだ食べようとしているのが信じられずに、額を抑えたくなった。


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