ゴブリンを食べましょう⑦
陽が傾き始めて木立の影が泉一体を覆い、気温が下がったように感じた。そんな中、ルチアは防寒着を脱いで、修道服姿になってゴブリンの肉の前に立っていた。
普通の修道服より動きやすさ重視に改造されているが、これがルチアの正装である。そして正装になったということは、聖女の力を使う意思の表れだ。
「食べられるようにします」ルチアはそういった。調味料を使うとか、血を洗い流すとか、焼くとか、そんなちゃちなことをするんじゃない。ルチアは聖女の力を使う。それがどう作用するかは知らないが、必ずルチアに幸福を届ける。俺はその様子を間近で見てきた。今回もその神業を目の当たりにするに違いない。
ルチアに動きがあり注視する。ルチアは調理台に置いてあるゴブリンの肉を見つめ、右手を調理台の右側へとかざす様にした。そしてそのまま調理台の右から左へとゆっくり右手を動かした。俺はルチアの細い腕がゴブリンの肉の上を通るところを黙って見ていたが、あっ、といわざる負えなかった。
薄紫で奇妙だったゴブリンの肉が、なんとも見たことのあるような赤身に変わっていったのだ。
「これで食べられますよ」
ルチアは自信満々にいう。食べられる見た目にはなったが、味と後々のことを考えると、やっぱりまだ食べる気にはならない。
「さてさて調理していきましょう。出来上がりはお楽しみなので、ジークは火の番しておいてください」
修道服の袖を捲って、白い腕を出して気合いを入れるルチア。一緒に調理するのかなと期待していたが、俺の主な役目はもう終わったらしい、なのでいわれたとおりに火の番をすることにした。
ぺちぺち、ゴリゴリ、ぐちょぐちょ、パキパキ、ひゅんひゅんひゅん、ダンダンダン。なにやら不穏な音が聞こえてくる。本当に調理しているのだろうかと、背中が気になってしまう。
ルチアは料理下手じゃない。自炊もするし、炊き出しだってする。しかも美味いときた。美味すぎて炊き出しで繁盛店のように行列を作った伝説があるくらいだ。だから料理の腕前は疑っていない。だがしかし後ろでゴブリンを調理しているのを未だに信じられず疑っている。
ルチアは鼻歌混じりに調理している。上機嫌らしい。ゴブリンを食べられるからか、それとも俺に食べさせようとしているからか。どちらにせよ俺とは対照的な機嫌だった。
ざくざく、と葉野菜を切る音がした。ルチアが持ってきたものだろう。聞こえなくなったら「失礼しますよ」といってルチアの手が視界の端から伸びてきた。手にはほうれん草が握られていて、火の上に吊るしてある湯だった鍋へと投入された。鍋に次々と食べ物が投入されていく。ゴボウ、ネギ、肉団子。肉団子ぉ!
火の暖かさで呆けていた脳に刺激が走った時には、ぽちゃんと最後の肉団子が投入された後だった。
「え、ルチア全部肉団子にしたの……いやそれより今の肉団子って」
「安心してください、全部ではありません。ゴブリンの大きな骨についていた肉を削いで叩きにした肉団子ですよ。スープにします」
淡々といってルチアは調理の続きに戻った。鍋に浸かった肉団子がゆらゆらと揺れていた。食べ物なのか、魔物なのかは、見た目では判別できなかった。
今度は腿の肉を串に突き刺したものを火の周りに刺し立てていく。てかてかと光沢があるのは脂だろうか。
「ジーク、吊るし棒を持ってくれますか?」
指示通り鍋が吊るされている棒を持ちあげると、もう一つ小さな鍋が棒に通る。その鍋には水が張ってあり、中には腸詰が入っていた。口がへの字になった。
「この短時間で腸詰を作ったの?」
吊るし棒を火の上に戻して問う。
「はい。乾燥させるのはズルをしましたが、工程は一つも飛ばしていませんよ」
ひゅんひゅん鳴っていたのって、もしかして腸詰を振り回していたんじゃないのか……いや神業を使って乾燥させたんだろう。そうに違いない。
「あ、これも入れておきましょう」
腸詰の入った鍋に丸い物体が二つ入る。また肉団子かと辟易しながら浮いてくる物体を見てギョッとする。眼球だった。
「生で食べようかと思ったのですが塩茹でにします」
ただでさえ忌避しているのに、生食はやめてくれ、と堂々とはいえず「正しい判断だね」と肯定しておいた。
もう調理の音はせずに片付けの音が聞こえきた。脳や舌は食べないみたいでホッとする。
骨を入れていた桶がいつの間にか量が増えている。案外手の骨は大きいらしいとの新たな知見を得られた。
片付けの音が止むと、ルチアは俺の対面にある幹へと腰を下ろした。木製のおたまを持って煮たった鍋をかき混ぜる。
「曇ってしまいましたね」
薄灰色の雲が空を覆い太陽を隠してから暫くとなる。また気温がぐっと下がっていた。ルチアはまだ防寒着を着ようともしない。
「寒くないの?」
「動いていましたから」
「今からは寒いでしょ」
ルチアはかき混ぜるのを終えて「では」といって立ち上がって、俺の隣へと腰を下ろした。肩と肩が当たっている。
若い男女が身を寄せ合って寒さを耐え忍んでいる様は、第三者から見ればどういう関係に見られるんだろう。だがこの場にはそんな考えを及ばせられる第三者はいない。だからこそ胸の音が高まっていく。
「ジークは体温が高いから暖かいです」
平然としてルチアはいう。どうやら湯たんぽとしてみられているらしい。とほほだな。




