ゴブリンを食べましょう⑥
「じゃあやるからルチアはちょっとだけ離れていて」
持参した解体器具もバックパックから出して準備万端になったのでルチアに指示する。
「わかりました」
ルチアは閉まっていたログクリスタル棒を取り出してから、調理台を挟んで解体作業が程良く観れる正面へと移動する。
「もうちょっと下がって」
まだ危険範囲にいるルチアに指示すると、すり足気味で四歩下がった。ゴブリンが暴れだす可能性もあるし、血が跳ねる可能性もなくはないから離れろって指示したつもりだったが、ルチアの危機管理空間把握が狭いのを失念していた。
「というか撮るの?」
ログクリスタル棒は俺に向けられている。水晶の後ろに隠れているルチアの小顔が動く。
「調理工程ですからね。それにジークもわたしが視界に入っていたほうが安心でしょう」
二重に納得させられてしまった。しかし、記録に残るのと、誰かに見られるながら解体作業をするのだと意識すると、緊張してきた。
程よい緊張感の中、調理台にある解体包丁を持ってから、ゴブリンを調理台に置くと、ゴブリンの重さで調理台は揺れた。
ゴブリンの側頭部は紫色に変色しているが、気を失っているだけで、しっかりと生きている。大きく息を吸って深く吐いた。
その時だ、ゴブリンの虚であった瞳が動いて俺を捉えたのか、目を大きく見開いた。気を持ち直したのだ。だが直ぐにまた目から光を失って、今度は絶命した。
俺を捉えた瞬間に包丁を胸へと刺した。胸を切り開くと、心臓を取り出した。おそらく痛みは一瞬だったはずだ。多くの家畜は何をされたか自覚する事なく、ゆっくりと眠るように絶命する。俺が自活する中での師匠から教わった技術だ。
紫色の血が調理台の下の桶へと流れていく。血が台に溜まらないようにシュルツトウヒの皮を敷いて桶へと流れるようにしてある。
手早く関節に沿って四肢を切断していく。腹を割いて臓器を取り出し、邪魔な骨を捨てる用の桶へと入れる。皮を剥ぎ、大きな骨に付いた肉は食べる用の桶へと入れる。頭蓋骨の中に小さな脳があり、それもまた丁寧に取り出し、眼球や舌や臓器の隣に置く。
十分にも満たない時間で解体は終わり、俺は始めた時とは違う達成感のある大きな息を吐いた。
ルチアの方を向くと、変わらずログクリスタル棒を向けていた。
「ルチア?」
解体が終わったのにルチアが動かないのは変だと思い、呼んだら肩を上げた。
「息を吐く暇もない匠の技に見惚れていました」
そういいながら近づいて来る。
「匠の技なんて、別にそんな大したことはしてないよ。生活の一部で身につけただけだし」
俺は貴族の中でも期待されない放蕩息子であり、ルチアと同じく家を出て自活していただけだ。それにルチアの神業と比べると見劣りはする。
「ジークからすればなんてことのない事柄も、他人から見れば凄い事なんですよ」
ようやくルチアの表情を見れたと思えば、彼女は整然と諭してきた。もしかしたら心の中でルチアと比べた事を察したのかも知れない。何を考えているか掴みどころがないのに、案外察しがいい。
「……ありがとう」
大きく見えるルチアに上目遣いで感謝しておく。ルチアは微笑みながら顎を引いた。褒められたのだ素直に受け取っておこう。
「これは……全部頂くのですよね」
ルチアが小首を傾げながらおどろおどろしい色をしたゴブリンの肉を見ていった。流石のルチアも眼球や脳などは口に入れるのは忌避する案件なのかもしれない。
「ルチアが食べるかなって思って、とりあえず残したけど、どうするの?捨てる?」
俺の提案にルチアは首を振る。
「いえ、量が思ったより多かったので驚いただけです。食材なのですから、感謝して頂きましょう」
ゴブリンを食材扱いするのは世界広しとルチア一人だろう。
「ここまでやっておいてなんだけどさ」
泉の水が入った水筒でゴブリンの肉を洗いつつ、最大限かつ根源的な疑問を問う。
「魔物の肉って食べられないよね」
魔物の肉。魔物食が日常に組み込まれていない理由は明確だ。人間の身体が受けつないからだ。
魔物の血は不浄であり、血肉を喰むと、たちまち昏睡状態に陥り、最悪死に至る。それはどんな調理過程をとろうと、全人類に平等に襲いかかってくる。こいつらは死んでも害を成す魔物なのだ。
「そうですね」
火の管理を始めたルチアはいう。その視線は火に向いたままだ。俺は洗う手を止めた。
「じゃあ食べられないよね」
ルチアの返答を聞いたおかげで、ここまでの作業が徒労に終わるのだと思うと虚しくなった。
「いえ、食べますよ」
ルチアの瞳の中に火が揺らいでいる。ときおり湿ったトウヒの皮がパチッと音を鳴らして、辺りに反響した。
「食べますよって、病気になっちゃうし、死ぬかもしれないんだよ」
火の中に木の枝を入れるとルチアはこちらを見た。
「語弊がありましたね。食べられるようにします」
ルチアの瞳にはまだ火が宿っているように見えた。
「今度はわたしの番ですね」




