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悪食聖女の食べログ譚  作者: 菅田原道則


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20/23

キノコを捕まえに行きますよ⑩

 

 その日の帰り。家路でもある、昼前休んでいた町道を、月明かりで伸びた自分の影を見ながら歩いていた。


 帰って早く休んでしまいたい気持ちと、まだ休息日を堪能したい気持ちが拮抗しているが、今日は色々と疲れた。


 クリームパスタは美味しかったが、あのモリーユの正体は不明だ。俺が中毒症状を起こさず歩けているのは、あのモリーユがツァィトキノコではなかったとの証明にはならない。


 また魔物を食べた。のかもしれない。


「……あのツァィトキノコ、どうして生物だけを標的にしていたんだろうな」


 解消されていなかったもう一つの疑問を、自分の影に問いかけるも、答えは返ってこない。


「本当に生物だけを標的にしていたと思うか?」


 頭の中を整理するために、虫の音と川のせせらぎしかない世界に言葉を落としていく。


「生物なら小動物も標的にするべきだよな」


 少なくともツァィトキノコが俺達を標的に突進してきた時点で三十メートルは離れていた。俺が音に反応したのが、それくらいの感覚だと記憶している。


 その三十メートルはツァィトキノコを中心として、円形状に感知できると考えるのが妥当だ。だとすれば、それまでの間に小動物は一匹もいなかったのか? 生物はいなかったのか? いたとすれば、より大きな生物だけを狙う魔物ということにならないか。そうなればあの最奥では留まらず、もっと繁殖を求めて外側までやってくるのではないか。そうなればパンデミックは避けられない。


 もっとも、ルチアか俺にあのツァィトキノコに狙われる印があったのならば話は変わってくるが、そうだとすればツァィトキノコとして劇的な進化を遂げていることになる。


 あれを新種の魔物とだけで片付けていいのだろうか。突然変異で生まれた産物といえばそうかもしれない。ただ生物としての進化の過程が分からない。


 考えこみながら、あることに気がつく。……魔物を生物として考えている。


「ルチアに毒されたな」


 額に手を当てて首を振ると、影も俺の動きを真似た。


 魔物を生物と同等に考えても仕方ない。奴らは摩訶不思議なのだ。


「ううっ」


 結論づけようとしたところで、俺しかいない世界に、男の呻き声が混じった。音のした方向へと首を俊敏に向ける。そこは、昼前に俺が休んでいた木下道だった。


 坂の上には誰もいないように見える。ではもっと下からか。


 木下道を覗こうとした時、ちょうど月に雲がかかって、辺りの闇が濃くなる。雲は当分晴れそうにないので、目が闇に慣れるまで、警戒心を剥き出しにして待機する。


「うううっ」


 ようやく目が闇に慣れきたころに、再び苦しそうな呻き声が木下道から聞こえてきた。


 剣をいつでも抜けるようにして、木下道へと降りていく。騙し打ちの可能性もあるので、声をかけるなどとの考えは無かった。


 木の影に俺の影が呑まれた。木下道の低い草の中に身を伏せて隠れているような気配はしない。それでも最大限に警戒する。


 自分の影を見失ってから二十歩程歩いたところで、道の上に黒い物体が落ちているのを見つけた。


 目を凝らして見てみると、それが黒い衣服に身を包んで、うつ伏せに倒れている人間だと分かった。どうやら呻き声の主はこの人間のもののようだ。


「うあっ」


 その人間は俺の気配に気がついたか、顔を地面につけたまま、震える手をこちらに伸ばしてくる。瀕死のフリをしているのかもしれなく、俺は判断に困る。


「どうしたんだ? 何かに襲われたのか?」


 一応声をかけてみることにした。魔物の気配はしない。悪性のある人間の気配もしない。だからといって目の前の者へと近づかない。自然での鉄則だからだ。


「み」


 男の枯れた声が漏れた。


「水を、くだ、さい」


 老人のようなかすれた声でゆっくりと男はいって、伸ばしていた手を力無く地面へと落とした。


 気絶? 死んだ?


 なんにせよ、行き倒れの可能性があるので、摺り足で近づいてから男の全身を観察する。黒で統一された上下一体の衣服で、腰に武器の類はおろか、何も常備していない。旅人ではないのか。


 剣の鞘で男の背中を突く。反応なし。首筋に鞘を当てて脈を測る。微弱だがあり。頬をぺちぺちと鞘で叩いてみる。呻き声の反応あり。右足で男の肩を持ち上げるようにして蹴り、男を上向けにする。目立った外傷と出血と血痕なし。右手を胸の前にして手を握り締めいるが凶器はなし。懐に凶器もなし。周りに荷物なし。と。


 上を向いた男は鼻の上に皺を作って苦しそうな顔して目を瞑り、呻き声をあげている。


 男の顔を観察する。若い男だ。二十代前半か。苦しそうな顔でも目鼻が整っているので、端正さが残っている。


 一通り男を調べ尽くした後に結論づける。


 地元民はこの道を使わないし、野盗に襲われた旅人かな。


「水だな。ちょっと待ってろ」


 聞こえているかは知らないが、声をかけておいた。


 鞘を帯びに戻して、代わりに水筒を持つ。蓋を開けて、立ったまま、男の口へと垂直になるように水筒を傾けた。水は男の顔面に叩きつけるように落ちた。


「あぶぶっ!? ぶっ、はぶっ、はぶっ」


 急に出現した肌を刺激する冷たさと痛みに男は体を震わせた。だがそれは最初だけで、水だと理解したのか、鯉のように口をパクパクと開閉させて落ちてくる水を飲んだ。


「がふっ、がはっ、がほっげほっ」


 男が大きく咳き込んだので、傾けるのを止める。気管にでも入ったのだろう。寝転びながら飲んだらそうなる。


 落ち着いたところで、もう一回かけてやろうと傾けかけた時に、男の目が薄らと開かれていることに気がついた。


 男は俺を見て口元を緩めた。


「ああ、神よ。この方に祝福を与え……」


 最後までいうことなく、男は再び目を瞑り、すわっていた首がかくりと落ちた。同時に開いた右手からは、三角と十字が合わさった、三角十字架が手からすり抜け落ちるところだった。


 聖職者の行き倒れだ。


毎日更新の終わり

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