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悪食聖女の食べログ譚  作者: 菅田原道則


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19/22

キノコを捕まえに行きますよ⑨


「お待たせしましたジーク」


 ルチアの部屋にあるテーブルの上に、具が多く盛り付けられたクリームパスタが乗った木製の皿が置かれた。


 かなり遅めの昼ごはんである。


 あれから、新種のツァィトキノコの胞子が付着している可能性があるので、すぐに森の近くにあるギルド管理下の除菌屋に寄って、頭の先から足の爪先まで除菌してもらった。


 ルチアの除菌が長かったので、ついでに新種のツァィトキノコの報告をし、報告書も書いて提出した。決定的な証拠がないし、真偽を確かめる術もない。はずなのだが、情報料として旬なモリーユを貰った。嫌がらせだろうか。


 ツァィトキノコを捕まえるというルチアの目的は達成しなかった。帰り道でそのことを訊ねると不満そうにしていた。だが新種のツァィトキノコを見れたから、ある程度は満足しているらしい。


 約束どうり、陽が落ちるまでに無事、教会にまで帰ってきた俺たちを見たハンノは「お帰りなさい。お風呂上がりみたいですね」と、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらいった。なにを想像しているのかなんて、想像したくなかった。


 滅菌したから、髪がしっとりとして、肌も紅潮している。その事情をハンノに説明すると「つまらない」なんて下唇を突き上げていうもんだから、その下唇を引っ張ってやりたくなった。できるなら舌を抜いて黙らしてやりたいところだ。ルチアの前なので、どちらも実行することはなかった。


 ルチアを怪我なく教会にまで送り届けたので、俺の役目は終わった。


 残り少ない休息日をどう過ごそうと、考えて帰路に着こうとしていたら、ルチアに呼び止められて、本日の御礼に昼ご飯を頂くことになったのだった。


「婦人会の皆さんと作ったパスタに、炊き出しで余ったクリーム煮をかけたクリームパスタです。有り合わせですが、味には自信がありますよ」


 得意げな顔をし、自分の皿を置いてから、ベッドの上に転がっていたログクリスタル棒をルチアは手に取った。


 この場には俺とルチアの二人しかいない。とっくに昼ご飯を食べたハンノは教会で内務中だ。


 クリームパスタ。湯気立つクリームの甘い匂いと、パスタの小麦の匂いが部屋に充満していく。


 うーむ。そろそろ現実に目を向けよう。実はこのクリームパスタにはもう一つ食材がある。ルチアも言及しなかったから、俺も現実から目を逸らしていいものなどと勘違いしてしまった。


 このクリームパスタには、焦茶色の網状の表面をした、クリーム色の中身を持つキノコ、モリーユがふんだんに和えられている。


 さっき情報料として貰ったモリーユだ。


 春先に食べるモリーユのクリーム煮や、パスタは季節を感じられて、庶民のささやかな贅沢でもある。しかし、時と場合による。


「よくあんなのを見てからモリーユを食べようと思ったね」


 ログクリスタル棒を、どうにかして目線の高さに置きたいのか、本棚と格闘しているルチアの背中に問いかける。


「食べたくならなかったんですか?」


 なんとかログクリスタル棒を、本と本の間に固定させたルチアは、キョトンとした顔で振り返った。


「ならないでしょ……」

「そうなのですか? お腹が空いている時に食べ物を見たら、その食べ物を食べたくなるものだと思っていました」

「それはそうかもしれないけどさ……」


 魔物を食べ物と部類してないから食べたくならないって話しなんだけどな。と、ルチアに伝えたところで、ゴブリンを食べた仲のせいもあり、説得力はなく、諭すことはできないだろう。

 

「結局なんでツァィトキノコを捕まえたかったの?」


 ルチアが対面に腰を下ろしたところで話題を変えた。


「お腹が空きました」


 全く整合性のない答えが返ってきて眉を寄せる。冷める前に早く食べよう。とルチアの目が語っている。


「そうだね」


 答えるとルチアは口元を薄く伸ばした。せっかくルチアが作ってくれたのだ、冷める前に食べることにする。


 二人で祈りを終えて、食べ始める。


 三叉スプーンにクリームとパスタを絡めて口に入れる。


 クリームのくどくない甘味に、噛めば収穫した時の小麦の匂いを思い出す、柔らかいパスタの食感。やっぱりルチアの作る料理は美味いな。


 モリーユも食べようかどうか迷って、ルチアへと視線を向けると、モリーユをなんの躊躇いもなく、ぱくぱく食べていた。


 ルチアの手料理を残したことがないのが自慢なので、観念してモリーユを食べる。シャキシャキした弾力のある食感に、網に絡んだクリームソースが噛めば噛むほど濃くなる。よく食べるモリーユだった。


「動力になるかと思いまして」


 食器の音だけがしていた中、唐突にルチアはいう。話の続きをいっていることに気付くのに少し遅れた。半分に減ったパスタを咀嚼して飲み込む。


「動力って、どんな?」

「風車や水車のような動力です。ツァィトキノコを球体に入れて、その球体の中で運動をすることで、球体が回って動力にならないかと」

「なるかもしれないけど、一体それで何をしようとしてたのさ」

「粉ひきをしようとしてました。そして自家製のパスタを作って、炊き出しに種類を増やそうとしていたんです」


 パスタの種類を増やすより、食べ物の種類を増やすべきでは? なんて当事者でもない人間がいえる立場ではないか。


「町に魔物を入れたら駄目でしょ」

「装置はもちろん、私の私有地がある郊外に作りますよ」


 ルチアは郊外に持っている私有地の方へと人差し指を指した。流石は出家しているのに爵地を持つ規格外の聖女だ。


「それにもしもキノコが出てきたら、討伐しますよ。そしてジークと一緒に食べます。郊外なら誰も知りませんし、口にしません」


 したり顔のまま、ルチアはモリーユを口に入れる。


「なんでそんなに得意げなのさ」


 ルチアはモリーユを噛みながら、楽しそうに身体を横に揺らした。それを見て、モリーユを口に入れようとする手が止まった。


 あの新種のツァィトキノコって身体全部が弾けたのだろうか。膨張して、破裂し、どうなった? ルチアが祈りを終えて戻ってきても、胞子は煙幕のように漂っていた。だから、死体は確認していない。


 俺の中で疑問が生まれる。


 これは本当に貰ったモリーユなのか?


 そもそも真偽不明の報告書に報酬が出るものか?


 ルチアの滅菌が遅かったのは、手間取ったとかじゃなくて、証拠を提出していたとしたら? 点と点が線で繋がっていく感覚がした。


「ね、ねえ、ルチア? このキノコって……」


 おそるおそる尋ねてみる。答えを聞くのが怖い。


 最後のモリーユを口に含んだルチアの口角が上がっていく。


「さあ、どうなんでしょうね」 


 最大級のイタズラ顔で笑うルチア。頼むからツァィトキノコではないといってほしかったが、これ以上訊くのは野暮だと思ったので訊かなかった。決して勇気がなかったわけじゃない。


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