キノコを捕まえに行きますよ⑧
「やっつけたんですか?」
「ううん。まだだと思う」
俺は推測の域を出ないが否定する。
「死んだふりをしていると? ふむふむ、ツァィトキノコを討伐する際の注意点なんですね」
「いや、普通のツァィトキノコは頭と柄を切断するか、ああやって一刀両断すれば討伐は完了だよ」
「ではあれはツァィトキノコではないのですか?」
度重なる否定に、ルチアは大きく首を傾げた。
「わからない。でもツァィトキノコと同じ性質を持っているなら、目的は同じかもって思ったんだ」
俺はもしかしたら人間と対峙している可能性と、突撃する対象を生きものに絞っている可能性をルチアに話した。
「ですが、大きいだけで、突撃されても一般人ではないのですから、死傷にはなりませんよね?」
「そうだね」
こんな最奥に入ろうというのはギルドから派遣された腕っぷしのある者か、遭難者か、度胸試しをする死にたがりかだ。なので、不意打ちを喰らって突撃をされたとしても、障害物に挟まれなければ死にはしない。問題は対象が生物だということだ。予想が当たっていれば、この後に。
「あ、ジーク、ツァィトキノコが!」
微動だにしなかったツァィトキノコに変化があったから、ルチアがツァィトキノコを指差した。
ツァィトキノコの切断部分がぷっくりと丸みを帯びて膨らみ始めていた。そして、時間が経つにつれ、そのままより大きく、膨張は全体に広がっていく。うん。予想が当たりそうだな。ただ、もうちょっと離れた方が良さそうだ。
俺は人形劇でも見る幼い子供のように目を輝かせているルチアの手を引いて、また距離を取った。
この辺でいいだろうと思った時だ。森の中に破裂音が響いた。ツァィトキノコの死骸があった場所から淡黄色の胞子が辺り一体を埋め尽くしていた。
予想が的中した俺は口角を伸ばす。
「と、まあ、倒すとああいう風に爆発して、胞子をばら撒くんだと予想してたんだ。キノコの目的は菌の繁殖だからね。討伐をすれば、倒した後に戦利品を獲得するのが狩人の特権だ、しかも新種の魔物となれば報奨金は莫大だ。不幸なことにそこに漬け込まれた形になったんだろうね。あの粉塵は害のある魔力が含まれているだろうし、それを吸って中毒症状を起こすんじゃないかな」
ルチアは目を見開いて感嘆の吐息を漏らした。
「凄い、凄いですよジーク! あの短時間でそこまで見切っていたんですね! 流石です!」
「いやあ、それ程でもあるかな」
抱きついてきそうな喜び様を見せるルチアに褒められたので調子に乗っておく。しかしルチアは喜んでいたが、次第に笑顔が消えていく。
「でしたら、あのキノコは寄生された人だったのかもしれませんね」
鎮痛な面持ちになって、遠くで舞っている胞子を見つめるルチア。
「そうかもしれないし、大型の魔物に寄生したのかもしれないよ。多分アレはツァィトキノコの新種だし、ハッキリとはわからないよ。それに人だとしても、彼らは覚悟を持ってるんだよ。自然に入る覚悟をね」
文明から離れ、自然に入るということは、自然に還る覚悟があるということだ。獣に襲われて死のうが、毒虫に刺されたしのうが、崖から足を滑らせようが、それは人が観測すれば悲しいが、自然から見ればただの循環だ。人の柵から逃げた俺はそう習った。
「……そうですね。ですが、少し、祈ってもよろしいですか?」
「うん。見張ってるから大丈夫だよ」
了承すると、修道服を整えてからルチアは前へ向かって歩き出す。
「ちょ、ちょ、ちょっとルチア、行っちゃ駄目だ」
ルチアがまだ胞子が舞っている方へと向かおうとしているので止める。
「力を使うので私は大丈夫です。ジークは辺りの警戒をお願いします」
ルチアは聖女のようにお淑やかな微笑みをみせる。卑怯な笑顔に絆されそうになるが、内にある厳しい顔が勝った。
「駄目だ。ルチアの身が危険になる」
「大丈夫です。まだその時ではありませんから、私の身に死の危険はありません」
俺の静止の言葉に、間髪入れず、台本に載っている台詞かのように澱みなくいうルチアに気圧された。だってそんな言葉を言い慣れているようにいうのはおかしいじゃないか。
「ですので大丈夫なのですよ」
ルチアは近づいてきて、俺の左手をそっと両手で包む様に握ってくれた。ルチアの仄かな温もりと、嗅ぎ慣れたルチアの甘く鼻通りの良い匂いがした。
たったそれだけで、心から毒気が抜かれていく。全くもって俺の扱いが慣れている。
安心して頬が緩んだのを見られたのか、心の中を読まれたのかは知らないが、ルチアは今度は無邪気さを含ませて笑った。
「あと、撮っておいてください」
ログクリスタル棒を渡されて、呆然とする俺を放って、ルチアは胞子が舞う中へと行ってしまった。本当に扱い慣れていることで。
やるせなさを吐き出すために、大きくため息を吐いてから、魔物や獣や、新種のツァィトキノコが新たに襲ってこないかを警戒することにした。
薄らと胞子の中で祈っている姿が見えた。ルチアは、ありもしない人に祈りを捧げている。その祈りが誰に届くのかなど興味はなかった。




