キノコを捕まえに行きますよ⑦
どすどすと、足音を鳴らし、網目上の頭部を横に揺らして迫り来る、規格外のツァィトキノコ。隣にいるルチアの瞳に好奇心が宿ったのを横目に見た。
「おおおおい」
姿形をハッキリと捉えられるようになった時、声だと思っていたのが、ツァィトキノコの頭の部分に幾つか空いた穴を通る空気の音だと理解する
まるで人間のような声を上げて、突進してくる様は魔物と呼ぶに相応しい。
しかし、これ程までに大きいツァィトキノコは出会ったこともない。最大は一メートルいくかいかないかだ。こいつは一・五メートルはある。人型の魔物と変わらない。こんな目立つ奴が、どうして今までのざばっていられたんだ。
俺の思考が積み上がる中、ツァィトキノコは木を避けて、不気味な音を上げながらこちらへ向かってくる。
おかしい、ツァィトキノコは前方に障害物があれば、障害物に突撃して停止する。避けるなんてことはしない。ツァィトキノコじゃない? 新種の魔物?
だとすればギルドに報告が上がっているはずだろ。そんなのは報告されていなかった。いや、違うな。どう見てもあの空いた穴は元から空いていたんじゃない。傷だ。それも向こう傷。誰かが撃退しようとした傷で、撃退を試みた者はアレにやられた。そう考えれば、その者達の行方不明届が受理されていなければ報告なんて上がらない。
つまりアレは何人かの人間を葬っている可能性がある。
未知の魔物との戦闘で余裕がある場合は、観察は大事だ。傷痕や、身体の動き、肌にささる感覚。それらから感じる少しの違和感を放置すれば命取りになる。まだ違和感があるから確かめないとな。
とにかく、こちらを標的にして向かってきているのは確信を得ている。今から逃げ出しても、足場も視界も悪いこの場所では、二人で怪我せずに逃げられる保証はない。ならば、相手の足を止めるしかない。
俺は虫取り網を腰のベルトから抜いて、棒の先っぽを剣で斜めに切る。棒の先っぽは長ネギを削ぎ切りした鋭利さを持った。
剣を直して、虫取り網を目線と平行になるように顔の位置まで右手で持ち上げる。
呼吸を目一杯吸って、グッと止めた瞬間、右腕に力を入れる。筋肉が膨れ上がったのを実感して、息を吐きながら投擲する。
ヒュン。風をきった音があとからやってくる。
投擲槍となった虫取り網はツァィトキノコの柄のど真ん中に突き刺さる。なにかしらの競技なら百点だ。
傷口からは紫色の液体が勢いよく吹き出し、柄の色柄を紫色に汚していく。ただ足が止まることはなかった。
キノコなのに血が出るのか? 疑問を抱きつつ、再び剣を抜く。
違和感が解消されない俺は予測をたてる。それが合っているかどうかは知らない。
もうツァィトキノコは剣が届く範囲にまで到達しようとしている。ルチアは俺の指示があるまでは動かない。それが鉄則だし、俺を信じてくれているからだ。
今から指示しても、ルチアは俺のように俊敏に動いて避けることはできない。だから簡単な指示をする。
「顔を布で覆って、そして合図するまで呼吸をしないで」
首だけで振り向いていうと、ルチアは顎を下にして、持ってきていたマフラーで顔の半分を急いで覆った。それを確認してから、視線を戻して、俺も首に巻いていたスカーフを鼻にまで当てる。
左足を前に出して、両手で剣を握り締め、右肩上方に構える。どすどすと、土を蹴る音が大きくなる。目の前までくると、更に巨大に見えた。ただ、巨大なキノコが突撃してくる異様さに気圧されることはなかった。
ツァィトキノコが、俺の間合いに入った。
踏み込んで掛け声もなしに俺は剣を振り下ろす。ぐにゅりと、ツァィトキノコの先っぽに剣が食い込む感触。次に薪割りのように、一撃で振り下ろしきれない硬さが襲ってくる。
それでも力一杯に叩き下ろす。食いしばった歯がギリギリと音を鳴らし、剣と一体化した腕に肩、背中、腰の筋肉が力を授ける。突進の勢いを受け止めて踏ん張っている右足が地面を削っていく。左足も少し下がったところで、その線路道は、後ろにいるルチアに到達する前になくなった。
俺は剣を地面すれすれに振りきった。ツァィトキノコの頭から柄までを斬り切った。
縦一文字に切れたツァィトキノコは、突進の勢いを殺されて、綺麗に半分に別れ、地面に伏した。柄から流れ出る紫色の色の血が地面に染みていく中、足はなんとか立とうとしてバタバタとしている。
ツァィトキノコから目を離さず、ルチアに下がるように手で促して、共にツァィトキノコから距離を置く。
ある程度離れたところでツァィトキノコのバタつかせていた足が止まった。俺はルチアに合図を出すと、顔を真っ赤にしたルチアは「ぷはあっ」と息を吐いて、肩で何度も呼吸をした。
俺も深く息を吐く。あー、顎が痛い。腕も怠い。あいつ意外に硬かったな。骨がある人型魔物よりも硬かった。




