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悪食聖女の食べログ譚  作者: 菅田原道則


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キノコを捕まえに行きますよ⑥

 

 捕獲する方向で話がまとまったところで、道中警戒しつつ、最奥へと足を踏み入れた。


 乱立する森が、より鬱蒼になり、優しい太陽光を届かなくし、見える世界の影を濃くする。肌に触れる空気がしっとりしはじめ、大きく吸うと、さっきまでの春を感じられないほどに肺の中を冷たさが満たす。まるで洞窟の中にでもいるようだ。


「きゃっ」


 ルチアが声を上げて後方へと倒れかける。体勢を完全に崩す前に、俺が右左腕で、ルチアの背中を支え、手をルチアの脇に通したので、尻持ちをつかずに済んだ。どうやら水分を含んだ苔に足を取られたようだ。


「あ、ありがとうございます」


 腕の中で身体を小さくさせたルチアは上目遣いで礼をいう。顔と顔との距離が近いせいで、ルチアの長い睫毛をしげしげと見てしまう。


「ジーク?」


 まだ、腕の中にいるルチアが不思議そうな顔をして、俺を呼ぶ。少し、見つめ過ぎたようだ。


「足元、更に滑るようになってきたから、朽葉のところだけ歩きな」


 背中を押して体勢を戻してやる。戻す際に手首が柔らかい物に触れた気がしたが、ルチアの二の腕であろう。ルチアも指摘してこないし。


「そうします。それにしても、あまり会話ができないのが寂しいですね」

「仕方ないよ。いきなり魔物に襲われちゃうし、集中力が落ちるからね」


 樹皮に白い粉のようなものが付着しているのを、よく見かけるようになってきた。道中にもそういう木は沢山あったが、今はほとんどの木に付着している。菌の温床地帯に入ったのだなと一見すればわかる。


 ツァィトキノコを探し当てるには、木を観察して、膝丈あたりの高さの樹皮が捲れていたら、それが突撃痕なので目印となる。


「では、手は繋がないほうがいいんですよね?」

「んんっ、うん。剣も持ってるしね」


 喉に言葉を詰まらせたが、今回は恥ずかしいからじゃない。いや、前回も恥ずかしいとかじゃないんだけど……誰に弁解してるんだか。


 とにかく、できるだけ冒険者が通ったであろう道を選んでいるが、それでも獣道なので、歩きやすいように草を切っている。虫取り網を腰のベルトに挟みつつ左肘で支え、右手に剣を持っている状態だ。とても手を繋いでいる余裕はない。


「そうですか」


 ルチアは淡白にいうと会話は終わり、俺達はツァィトキノコを探して歩き出す。


「ジーク」


 歩き出して二分も経たないうちにルチアは声をかけてきた。その口調からは感情は感じ取れなかった。

 

「どうしたの?」


 草を斬りながら至って普通に返す。


「怒っていますか?」

「怒ってないよ」


 なおも感情がないルチアの問いかけに振り返ることも、逡巡もせずに答えた。


「本当に?」 

「本当の本当。どうしてルチアに怒らないといけないのさ」

「……ジークに隠し事をしてしまったからです」


 前方がある程度開けたので、首だけを振り向かせてルチアに返答すると、ルチアは目を伏せながらいった。


 さっきの事を気にしているみたいだ。落ち込んでいるルチアは見たくないので、慰めてやることにする。


「隠し事くらい、一つや二つあるでしょ。俺だってルチアに隠し事あるよ」


 絶対教えないけど。今は。


 軽い口調でいってから再度歩き出す。


「どんな?」

「いったら隠し事じゃなくなっちゃうでしょ」


 ルチアのことだから、訊ねてくるだろうと予測済みだったので、用意していた言葉を返すと「それもそうですね」と納得した。


「まあでも旅の鉄則は守ってほしいけどね」

「はい……申し訳ありません」


 二人で旅する時に決めた鉄則。ルチアは旅の最中も、それを破ることはなかった。グレーゾーンすれすれのところは何回かあったけども。


 そんな規律正しい? ルチアが鉄則を破ってまでツァィトキノコを食べたい理由が気になった。だから訊ねた。


「そんなに俺と魔物が食べたいのはどうして?」

「それはーー」


 ルチアが問いかけに答えようとした時だ。俺の耳が、微かな違和感のある音を感じ取った。ルチアの腕を握って、静止する。


 ルチアは腕を握られたことに驚いて、俺に声をかけようとしたが、音のした正面方向を注視する、俺の真剣な表情を見てか黙って視線の先を合わせた。


「おーい」


 その音は、男性の呼び声だった。まだ姿形も見えない前方から、間延びするような呼び声が、湿り気のある風に乗って聞こえてきた。


「おーい」


 次第に、明確に聞こえるようになってくる。だが俺は一切気を抜かない。魔物や獣だけが害をなす訳じゃない。こういう人の目につかない場所では、人間へと魔が落ちる。魔が刺す奴らは大勢いるし、そういう奴らには、それ相応の対処をしてきた。なにが来ようが、ルチアは、俺の矮小な命に代えてでも守る。


「おーい」


 前方の声が風に乗ってではなく、明らかにこちらへ呼びかけている声の距離へと変わる。そこで、薄暗い森の奥に影が見えた。


 影は身体を横に大きく揺らして、木と木の間を縫って、こちらへと向かってきている。頭の中で距離を測り、おおよその全長を割り出す。全長はルチアと同じくらいか、男だとすれば小さめだな。


「おおい」


 身体を揺さぶりながら向かってくる影は、呼びかけてくるものの、足を止めることはない。こちらも呼びかけに答えるのは居場所を知らせるだけだし、前方にいるものだけかは分からない。俺の、生物や魔物を感知できる範囲は一般人よりかは数倍も広い。だからといって慢心すれば足元を掬われる。前回のゴブリンがいい例だ。


 腰に携えている剣に手を置きながら、前方から来る存在に気を引き締める。


 俺は影の輪郭に違和感を覚える。頭部から首にかけての付け根が存在しなかった。いや、それだけじゃない、肩幅大に広がっていく身体は下へいくほどに太さを増し、走っている際に振っているであろう腕も見当たらない。目線を下へと下へとやっていく程に違和感は増大していく。極め付けは、足がおおよそ人間と同じ位置から生えていない。だからかは知らないが、肩で風をきるような歩き方をしている人間が走っているようにも見える。しかし、その影を人間と呼ぶには難しかった。


 ルチアもその影の奇妙さに気がついたか、邪魔にならないように身を寄せてくる。


 深い森に差し込んだ光で、一瞬影の姿が露呈する。人の頭と胴体だと思っていた部分は網目状になっており、突き出た網目の表面は焦茶色で、中は淡黄褐色で、網目状部分が無くなった本当の胴体、柄はもまた淡黄褐色だ。


「モリーユ?」


 ルチアが名称を呟いた。間違いだ。あれには菌糸でできた足がある。


 全長一・五メートルのツァィトキノコだ。



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