キノコを捕まえに行きますよ⑤
徒歩二時間かけて、俺とルチアはピルドの森へとやってきた。
ピルドの森は、上から見れば、円形上の形をしており、都会の街一つ程の大きさがある。円の上側は湖と併していて、徒歩では抜けられず、左側は山岳地帯へと繋がっていて、崖が多く、これまた抜けることはできない。下側も起伏が多く、足場がかなり悪いので、そこから森へ入る人は、近くの村に住む地元民くらいだ。残った右側には入り口となっている場所が多く、舗装された街道に面していたり、森の比較的安全な場所を歩けるハイキングコースの看板が立て掛けられていたりもする。
ギルドから発行されているピルドの森の危険度は三分割され、入口とされている右側から、森の外側、中間、最奥と呼ばれ、その順番で危険度が上がっていく。外側には魔物が殆ど出没することはなく、人の出入りもあったりする。実際道中で、何人かの観光客や地元民やらとすれ違った。皆、修道女が虫取り網を担いでいるのを訝しげな目で見ていた。
現在の俺たちの位置は、外側から中間へと入ったところだ。もう足元は舗装された黄土色の道ではなく、木の根っこが剥き出しなって、そこに苔むす深い緑色と、腐葉の茶色が混じったほぼ獣道だ。
「ねえルチア、そろそろなんでキノコを捕まえるか教えてくれない?」
半歩後ろで苔で滑りやすくなった木の根を注意しながら歩いているルチアに訊ねる。
歩いて来た道中は、目的を訊いてもはぐらかされ続けた。仕方ないから、しりとりをしながらここまで来たーーしりとりは知識量でこてんぱに負かされた。ルチアにしりとりで一度も勝てた試しはない。
もうそろそろ目的を知っておかないと、この前みたいに口に入れる羽目になりそうだと、頭の中で危険信号が点滅している。できるなら、もう魔物を食べたくはない。
ルチアの片手には前回と同じく、黒い水晶が棒の先っぽに埋め込まれた、お手製感満載の杖、ログクリスタル棒が握られていた。虫取り網は両手が塞がると危ないので俺が持っている。
ルチアが足を止めたので、俺は振り向く。
「捕まえるキノコは、ツァィトキノコですよ」
予想どおり答えが返ってきた。
「なんとそのツァィトキノコには脚が生えてるんですよ! ですが、その脚は菌糸らしいです。なのに歩いて、駆けて、突進してくるんです! 凄いですよね! 生命の神秘ですね!」
まだ見ぬツァィトキノコに目を爛々と輝かせて語るルチア。最後の方は熱が入りすぎて、俺の顔へと近寄って来たので、身をそらす羽目になった。
魔物の実態は摩訶不思議なので、生命の神秘と結びつけないでほしいものだ。魔物を完全悪と教義する教会の大司教様が聞いたら卒倒ものだろ。
しかし、どうしてこれ程までにルチアは興奮しているんだろう。ゴブリンの時はもう少し落ち着いていたんだが。
興奮して頬を紅潮させるルチアを見ながら思案する。
「ああそっか、ルチアはツァィトキノコ見たことないんだね」
「はい! キノコ図鑑の外伝でしかありません!」
力強く頷いくルチア。一緒に旅をした時は、菌来の魔物とは出会わなかったのを思い出したのだ。
菌類の魔物は、多くのキノコと同じく、薄暗く湿度の高い森の奥や洞窟に棲息しているものだから、普段からもそういう場所に行かなければ出会うこともない。そんな深い場所には行かず、それらと出会っていないルチアは、まだ見ぬ未知の存在に興奮しているのだ。
「ジークは経験豊富ですから、会敵会食なさったんですよね?」
「討伐はするけど、食べてない! 人を野生児みたいにいうな!」
否定すると、ルチアの口元が弛んだ。
「まあ。でしたらちょうどいいですね」
ルチアは胸の前で両手を合わせて喜んだ。既視感だらけで、胃がビクンと動いた気がした。
「えっと……捕まえて食べるとかいわないよね?」
先に牽制して釘を刺しておく。
「モリーユは生で食べないですよ」
「いや、ツァィトキノコの話なんだけど」
「モリーユと同じ形状と書かれていましたが、実際は違うのですか?」
「モリーユと相違ないけど……」
細長い網状の傘をぶんぶん振って突進してくる姿を除くと、モリーユと相違はない。
「では火を通さなければいけませんね」
「食べる気だね!」
「もちろん食べますよ」
ずっと感じていた嫌な予感が的中した。的中したのに、ちっとも嬉しくないな。
「ゴブリンは美味しかったですね」
ルチアの目が遠くを見据えている。おそらくゴブリンの肉団子スープを思い出しているに違いない。
俺も、流されて魔物を食したことを思い出し身震いする。今回は断固拒否の姿勢をとろう。蠱惑的な笑顔で誘われてもノーといえる精神を作り上げるんだ。
「今回も生け捕りにして、調理し、俺と食べたいってことなの?」
「はい。バッチリ、このログクリスタル棒でも撮りますよ」
ルチアはログクリスタル棒を振る。そこにはきっと、頬をひきつらせている俺が、ブレブレで記録されているに違いない。
「食べたく……ないんだけど」
「ジーク、もしかしてキノコが嫌いになってしまったのですか?」
ルチアは眉をひそめて訊ねてくる。これは冗談でいっていない、本気だ。なので俺も本気になる。
「キノコが嫌いじゃなくて、魔物を食べるのが嫌なの!」
「大丈夫です。前回のとおり食べても平気ですよ…………たぶん」
安心安全だと主張するような笑顔を作るルチアから、最後の方に不穏な単語が聞こえた気がした。
「たぶん?」
気のせいだろうと、聞こえたままに訊ねると、ルチアの目がスゥーッと左へ移動して、俺から視線を逸らした。気のせいじゃないみたい。
「ルチア、旅の鉄則は覚えてる?」
目を逸らし続けるルチアに説教口調で問うと、ルチアは肩を一度震わせた。そして、説教されている子供のようにおどおどと答え始めた。
「お、覚えていますよ。一つ、人命に関わることの嘘偽り、隠し事はなし。ですよね……」
「魔物を食べるのは命に関わることだよね? 前回は食べられたけど、今回は何か不安な要素があるんでしょ?」
ルチアは何事も自信満々に言いきる。そうすることで退路を断つのと、目的を持ったとの自信がつくのだそうだ。断定する宣言をすることで、たとえ出来ないことだとしても、できるようにすることができるらしい。
その精神はルチアの扱う神業にも通じている。神業は信じ、祈る力だ。
ルチアの口から自信無く発せられる場合、多くは他人への被害がある時だけだ。なので、今回は俺への被害が懸念される訳だ。
「そう……です」
ルチアは肩を丸めてしゅんと小さくなる。なんだか今のも泣きだしそうだ。ルチアは右へ左へと目を動かして、しばらく地面を彷徨った後、上目遣いで俺と目を合わせて、ゆっくりと口を開いた。
「あの……ですね。前回、もしもジークが中毒症状を起こした場合、対応策はあるといいましたよね?」
「いってたね」
「今回はキノコでもあるので、魔物を食べる中毒症状と、キノコの中毒症状との、二つの中毒症状が現れる可能性がありまして、その二つのどちらも消すことができるのか自信が無いんです」
ルチアにしては珍しく自信なさげな理由が判明する。これまた予想どおりで、俺が食べたら中毒症状を起こす可能性があるらしい。よし、食べるのを断る明確な理由ができたぞ。
「あ、魔物の中毒症状を消すのはできますよ。安心してください」
なら安心だね。なんていえるか。
「つまり、魔物元来の毒は消せるけど、ツァィトキノコに固有の毒があれば、それらを同時に消すことができないと」
弱々しくルチアは頷く。ふむふむ、ならば俺からいえることは一つだけ。
「じゃあ食べられないね」
「いえ、あの、舌先に乗せてピリッとしたら食べられるかどうかの判別方法とかありますし、とりあえず捕まえましょう!」
食べられない条件が揃ったので、食べることを漫然と否定できた。だが、どうしても食べたいルチアは身振り手振りわたわたと慌てだす。
毒があった場合、その舌をどうするんだと問いたかったが、俺はまた保護者の心を持ち、口を開いた。
「駄目。中途半端な思考のまま魔物討伐するのは怪我の元だからね」
ルチアに怪我させたら俺の心は罪悪感で埋め尽くされる。それにハンノになにをいわれるか、想像しただけでたまったもんじゃない。
食べたくないよりも、怪我をしてほしくないが勝る。そんな気も知らず、ルチアは思いついたように目を見開いて、指をピンと立てた。
「な、なら、ツァィトキノコに毒があるかどうかを判別する。そのために捕まえる。これでよろしいですか?」
強い芯を持つルチアは頑なに折れないのは分かっていた。しりとりでさえ勝てないのだ、こういう論議になったら勝てるはずもない。俺はこの妥協案を受け入れるしかないのだ。
「まあ、それだったら……」
不本意なのでしぶしぶ承諾する。
「よかったです」
ルチアは胸に手を当てて大きく安堵の息を吐いた。そこまでして魔物を食べたいのか。その原動力は一体どこからきているんだろう、なんて考えたところで、魔物を食べたいと思わない俺には一縷も分からない。




