キノコを捕まえに行きますよ③
「ルチア」
俺は名を呼んだが、萎縮した声だったので、ルチアは気が付かずに通り過ぎて行く。
「へ? ルチア様? それが大切な約束をした相手ですか?」
ハンノはルチアへと呼びかけた声を、今日会う予定の人物と勘違いしたのか、首を捻る。
そんなハンノを置いて、俺は坂を駆け上がる。既にルチアの姿は背中しか見えなかった。
ルチアは軽い足取りで歩いており、背負った外出用のナップザックに刺繍されている教会のゆるキャラ、ハイリンヒグマが歩みを進める度に揺れている。ただ、それよりも目を引くのが、ルチアの左肩に担がれた、ルチアの身長を超える虫取り網棒であろう。絶対また変なことしようとしてる。
「ルチア」
今度こそ、ちゃんとした呼び掛け声で呼ぶと、ルチアは足を止めて、亜麻色の髪を靡かせながら振り返った。
「あ、ジーク。こんにちは」
「こんにちは」
小走りで駆け寄ってから、慇懃な挨拶をするルチアに、同じく慇懃に挨拶をした。ルチアは幼馴染だとしても、しっかりと挨拶をする。いきなりからかってくるどこかの修道女に爪の垢煎じて飲ませてやりたいな。
「ル、ルチア様!?」
その、俺だけに礼儀正しくない修道女が遅れて後ろからやってくる。
「おや? ハンノも一緒だったんですか?」
「そこでバッタリと出会ったんでお話ししていたんです。それよりも、どこかへお出かけされるんですか?」
ハンノは視線を虫取り網に注視しながら、明らかに外へ行く格好をしているルチアへと訊ねる。
「お掃除も終わりましたので、ピルドの森へと行こうとしていたんです」
「ピルドの森へ? いやいや、ルチア様お一人じゃ危険ですよ! しかもそんな軽装で何しに行かれるんですか」
ピルドの森は自然豊かで、多種多様の動植物が生息している。もちろん魔物も多種多様にいる訳で、魔物がいる奥地へは、素人一人で足を踏み入れていい場所じゃない。俺が注意しようとしたことを、ハンノがいってくれた。
「ええ、危険ですね。なので人を探しに町へ行く途中だったのですよ」
注意を気にした様子なくルチアはいうと、俺へと視線を投げかけてくる。ハンノもその視線に釣られて俺を見た。
ルチアはピルドの森で何かを採取、あるいは捕獲しようとしているのは虫取り網から察することはできる。その護衛役に俺を探そうとしていたのだろう。
ルチアが町の外へ外出する時はいつも一緒だ。理由としては放って置けないからだな。
「え? じゃあジーク様の会う予定のお相手って、本当にルチア様?」
ハンノは目をパチパチと瞬かせる。どうやらハンノは勘違いをしてくれたまま、更に勘違いを重ねたようだ。これは好都合だ。話をそちらに持っていこう。
「そ、そう! そうなんだよ!」
「はー、なるほどなるほど、それは"大切"ですよね」
両手の人差し指と中指を曲げて、大切の部分を強調していったハンノは、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
確かにルチアは大切だが、ハンノが想像している下世話な意味じゃないと否定したい。
「大切?」
事情を知らないルチアは小首を傾げる。まずい、このままだと、ルチアにさっきまでのハンノとのやり取りが筒抜けになってしまう。それは非常にまずい。
「なんでもないよ。それよりルチアは俺を護衛にして、ピルドの森に何しに行こうとしていたの?」
慌てて話を方向転換させると、ルチアは傾げていた首を戻してから、よくぞ訊いてくれました、と微笑み、左手で虫取り網を持ち、棒の先を地面につけて胸を張った。
「キノコを捕まえに行きますよ」




