キノコを捕まえに行きますよ②
「その大司教様がどうしたんだ?」
ハンノの情報を鵜呑みにすると、その大司教様とやらはルチアに好意を抱いていることになる。肩書きを利用して、ルチアを狙う不埒な輩は、聖女になってから後を絶たない。
ルチアは人の好意に鈍感なところがある。悪い人間はその好意に漬け込んでくるのだ。だから幼馴染としてルチアに見合う人間を見極めなければいけないので、情報としては知っておきたかった。
ハンノはまだにやけ顔で口を動かそうとはしなかった。表情からは、知りたいですか? と訊ねてきている。こいつ、俺が無視したのを根に持っているな。
「無視して悪かった」
渋々軽く頭を下げて謝る。ルチアに悪い虫が付かないようにするためだ、俺の安いプライドなんて捨てられる。ただ、ハンノに対しては微塵も罪悪感はない。
「私に対して悪いなんて、これっぽっちも思ってないですよね?」
ハンノの鋭い指摘にドキリと胸が跳ねる。こいつもこいつで勘が鋭いところがある。俺ってそんなに態度に出やすいのかな。
「そんなわけないだろ。ハンノのような優しくて笑顔が眩しい女性を無視して、心が痛んでいるよ」
昨日、酒場で見た、女性を口説いていた軟派な男性を真似ていう。慣れていないせいで背筋に寒気が走った。
ハンノは真偽を確かめるように目を細めて、俺の顔を睨むように見つめてくる。
「ま、許してあげましょう。」
そういうとハンノは、パッ、と元の表情へと戻した。
「でも、そーいう言葉は、ルチア様にいってあげてはいかがです?」
「嫌だよ……柄じゃない」
とても素面でルチアに対してはいえないような台詞だ。
「私にはいったのに?」
ハンノは小首を傾げる。言いたくていった訳じゃない、なんて明け透けに返答したら、元の木阿弥に戻ってしまう。
ハンノにはいえて、ルチアにはいえない理由を必死に探す。
「……ハンノはハンノだから」
適した言葉が見つけられず、視線を逸らし、こめかみをぽりぽりと掻きながらいう。
「ふーん」
高くない鼻を上にあげて、小さく何度か頷くハンノ。
「ま、ジーク様のいうとおり、柄じゃありませんよね。だってジーク様がさっきの言葉を日頃からいってたら、気持ち悪いですもんね」
腕を組んで目を瞑り、うんうん、と首を上下させるハンノ。この憎たらしいほど綺麗な赤毛に似合うたん瘤を作ってやろうかな。
「で? その大司教様がどうしたのさ」
大人なので溜飲を下げて、ハンノの発言には一切触れずに訊ねる。するとハンノは目を開いてから口を動かし始める。
「いえね、その大司教様が、お忍びでルチア様の教会に礼拝しにいらっしゃるんですよ」
「態々聖都から?」
「態々聖都からです」
ハンノが芝居がかったように肩をすくめて首を振る。大司教様が、遠く離れた聖都から、片田舎に足突っ込んでいる辺境の町に、お忍びで礼拝しにやってくるのは、些か穏やかではない。
「事前に通告があったのがつい最近なんで、手が届かないところの掃除やら、持て成しの準備――主に買い出しですが、それらのおかげで、私はてんやわんやですよ。なので、現在の教会は猫の手も借りたい次第です」
いい終えたハンノの目には期待が宿っている。俺に手伝えと催促している目だ。
手伝うことで、俺はルチアの側にいつつ、その大司教様とやらの魔の手からルチアを守れることができる。ハンノは仕事が減って楽になる。ウィンウィンの取引になるのを織り込み済みの目だ。
もしかすると、俺に声をかけてきたのは、俺を教会の手伝いに駆り出す為だったんじゃないかと、猜疑心が生まれる。
「ジーク様の今日のご予定は?」
ほらな。予定がないなんていったら手伝わされる文言だ。ハンノの掌の上で転がれるのは癪なので反抗しておく。
「ちょっとね」
露骨にはぐらかすと、ハンノは唇を尖らせる。
「ちょっと、なんです?」
「……ひ、人と大事な約束してる」
できるだけ微笑んだ表情で誤魔化すと、ハンノに懐疑的な視線を浴びさせられる。
数秒その視線を浴びていて、突然、解放されたと思ったら、ハンノは得心したように手を打った。
「なるほど、女性ですね」
「へ?」
俺の裏返った声が大きく聞こえた。
「秘密の関係を持った、もしくは持ちたい女性と会われるんですよね」
話の方向が良くない方へと向かい出したのを理解したのはいいが、突然のことで俺の反応は鈍かった。
「えっ、いやっ」
「ジーク様のような素敵で勇猛な殿方には、麗しい女性が一人や二人いらっしゃっても不思議じゃありませんよね。いやー、そうとは露知らず、それはそれは野暮なご提案をしてしまいました。是非是非、そのお方と夜の繁華街へと消えて、しっぽりお過ごしくださいませ。私、ルチア様にこのお話を晩御飯のお供としてご報告させてもらいますね」
反論をする暇もなく、ハンノに矢継ぎ早に捲し立てられてしまう。どうしよう、もう実は嘘だったなんて後戻りできない状況にされてしまった。しかも架空の女性と蜜月な付き合いをしていると、ルチアに報告されてしまう。
ルチアは恋愛事に疎いから絶対に信じるに違いない。信じたら、応援するとかいいだす。長い付き合いだから分かる。そうなれば本当に後に引けなくなる。ルチアに架空の女性との恋路を応援されるなんて拷問だ。
「えーっと、そんな気を遣ってくれなくてもいいよ。それにルチアに報告するのもやめてほしいな。ほら、プライベートなことだから」
「へぇー、女性と会うことは否定しないんですね、へぇー」
ハンノは白んだ目になる。しまった。確かに女性と明言したのはハンノだ。都会から帰ってくる悪友とでも訂正しておけばよかった。いや、まだ訂正できるはずだ。
「女性といっても歳は離れてるよ」
「へぇー、年上好きだったんですね」
恋愛関係を匂わせなければいいと、その方向へと舵を切ったら、一撃で轟沈させられた。
「いやっ、そうじゃなくて、ほら、ねっ」
言葉が出てこず、口元だけで笑うことしかできない。抵抗の意思を見せる度に、ハンノの目がもっと白んでくる。
誰か助けてくれ。その想い一心で、冷めていくハンノの視線から逃げるように、坂の上へと視線を向ける。すると、坂の上の町道を、見覚えしかない修道女が通り過ぎるところだった。




