表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪食聖女の食べログ譚  作者: 菅田原道則


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/22

ゴブリンを食べましょう①


「ジーク、ゴブリンを食べましょう」


 ルチアことルチアゾーネ・フォン・ガラムドルフは、修道服に身を包みながら至って真剣な顔でいった。


 神妙な顔をして、大事なことを伝えたい、とルチアが管理する教会へと呼び出されて、教会の奥にある人気のないルチアの私室へと案内され、小さな丸テーブルを挟んでルチアと向き合っていた俺は、張り裂けそうだった胸がプシューっと音をたてて萎んでいく音と共に息を吐いた。


「はぁ」


 またか。その三文字が頭の最前列に並んだ。


 ルチアが突拍子もないことをいうのは珍しいことではない。いきなり突拍子もないことをいうのは五歳の頃に遡る。


 ルチア宅の庭で一緒に遊んでいると、突然呆然に立ち尽くしたかと思うと「天から聖女になれと言われたのでなります」と宣言するや否や男爵家である家を飛び出した。出家である。


 子供の戯言だとルチアの両親は信じなかったが、俺はルチアの言葉を信じて、困り顔のガラムドルフ家の使用人とルチアの出家に付き添った。


 ルチアは教会に着くなり、掃除をしていた神父へと駆け寄り、真顔で先ほどの言葉を述べた。


 神父は作業をやめてから、小さな訪問者に微笑んで「どんな声でしたか?」と尋ねた。ルチアは変わらぬ表情で「声なんてないです」とキッパリ答えると神父の眉が少し寄った。


 神父の反応が芳しくないので、ルチアは脇に置いてあった桶に目をやり、桶を神父の前まで持ってきた。桶の中には濁った水が少量溜まっていて、使い古された雑巾が沈んでいた。


 ルチアは躊躇なく手を桶の中に突っ込んだ。着ていた高そうな服に汚水が跳ねて、俺の横にいた使用人の引き攣った顔は今でも思い出す。


「これが天から授かった力です」


 暫くしてルチアは桶から手を引き抜くと鼻を鳴らした。


 三人で桶の中を覗き見ると、濁った水は川の水のように光を反射し、雑巾は真っ新な寝具カバーかと間違えるくらいに変化していた。三人で顔を見合わせて、息が合ったようにルチアを見る。ルチアは小首を傾げ微笑んで聖女仕草を見せた。


 それからルチアは名実共に聖女になった。だが家名の響きが気に入っていて、全てを神に捧げるつもりはないと横暴なことをいって、家名を持ったまま出家した。果たしてそれは出家なのかと皆思うたが、ルチアのなす神業の前に誰も口にしなかった。


「聞いてますか?」


 望郷の彼方から戻ってくると、ルチアの不満顔が近くまできていて、俺は慌てて身体を退け反らせる。


 猫のような大きく丸い瞳に、備え付けのように小さな鼻と、血色の良い唇が、あどけなさを大きく残す小顔に黄金比のようについている。昔から殆ど変わらなく可愛い。


「聞いているよ」


 肩までかかった枝毛の無い亜麻色の髪の毛に視線を移して、まだ心臓はハイペースなので深呼吸をした。


「では何故そんなに反応が薄いのですか?」


 お前か思わせぶりなことをするからだ! なんて感情任せにいってしまえば俺がルチアと出会った時から抱いている想いを吐露することになる。それは状況からして良くない。


「驚きすぎて声が出なかっただけだよ」

 

 そういうと「そうだったんですね」と近かった距離を戻して納得した。


 告白詐欺に終わって驚いたのもあるが、実は言葉通りにルチアの提案に驚いていた。


 なんたって害獣指定動物よりも害のある、魔物。そんな魔物のゴブリンを食べるといっているのだ。あれは食べるものではなく討伐するものだ。


 ルチアの提案は毎回度肝を抜かれる。六歳でいきなり「開墾します」と宣言して教会裏の林を切るために斧を担ぎ出した時も。十歳で「わたし専用の教会を創ります」と宣言して製図を始めた時も。十三歳で「温泉を掘り当てます」とか宣言して地図を取り出した時も。十五歳で「ジークの旅についていきます」と宣言して旅支度完了し、拒否したのに無理やり付いてきた時も。どれもこれも言葉が出ない程に驚いたものだ。しかも全部有言実行しているのだから無茶苦茶だ。


 俺ことジークフリード・フォン・ワーデンは十八歳になった今もこうして慣れずに驚かされっぱなしである。


「ジークはゴブリンを食べたことはありますよね?」

「食べたことあるか!」


 不名誉なことだったので大声がでた。煤埃や泥に汚れた緑色の肌に山羊のような目をして大きな鼻を持ち、口に納まらない汚い犬歯を出している三頭身の化物を食べる訳ない。食べようと思ったこともない。


「え! 旅の最中食事に困った時に、非常食に干し肉を食べていたではありませんか」

「牛の肉だよ! 魔物の肉なんて食べたことない!」


 確かに干し肉を食べていた。ルチアも食べていたはずだが魔物の肉だと勘違いしていたのか。なにをどうやったらあれが魔物の肉だと間違えられるのだろうか。


「まあ。でしたらちょうどいいですね」


 ルチアは胸の前で手を合わせて喜んだ。何が丁度いいのかはわからなかった。


 ツッコミを入れる気にもならずルチアの部屋を目線で見回す。右手側には色んな種類の本が入った本棚に、クローゼット。左手側には地図や額縁に入った写実絵が飾ってあり、ルチアの背後にベッドがある。最初は牢中と見間違うくらい質素だったが、年々物が増えて色がつき安堵している。


「では支度しますね」


 ルチアは立ち上がって、背後にあったベッドの下にある引き出しを膝をついて開けて、冒険道具を取り出し始めた。しまった気を抜いてしまった。


「なんでしれっと俺も行くことになっているの?」


 作業中の背中に向けて、忌憚なき意見を投げかけると、小瓶に入った調味料の中身を確認している手が止まった。


「来てくれないんですか?」

 

 小瓶を置くと、くるりと膝だけで回れ右をしてからルチアは小首を傾げる。


「行かない」


 告白詐欺にあったわだかまりが解けていないので俺は反発してみせた。するとルチアは表情を変えずに「そうですか」とだけいって、また回れ右をして荷造りを始める。


 ルチアは宣言したことを投げ出したことはない。開墾も、建設も、採掘も、旅路もこなしてきた。だが一人でではない。ルチアの神業で救った周りの大人や専門家が善意で手伝ってくれたからだ。もちろん手伝わなくてもルチアは何年かかろうとやり遂げるだろう。そういう奴だ。


 今回の、ゴブリンを食べたいは、まずゴブリンを討伐するところから始まる。ゴブリンの食肉業者や死体を集めている奴なんか見たことも聞いたこともない。だからこそ魔物討伐に適任である俺を誘ったのだろう。


 ルチアにやめろといって止めたところで聞く耳を持たない。どうせ今回も自分で討伐するところから始めるに違いない。


 ルチアはヨシ、ヨシ、ヨシ、と荷物の中身を指差し確認している。


 ルチアは聖女で、俺はしがない凡人。肩書きはおろか、突拍子な目的なんてない。過度のない目的を持って日々を漫然と過ごしている凡人。ルチアと過ごすと、自分がまだまだルチアに相応しくない存在だと突きつけられる。

 

 いかんいかん。ネガティブな思考だ。かぶりを振って緊張で張り付いた口を開ける。


「……行くよ」


 渇いた口だったので小さく声が漏れただけだった。しかしルチアには聞こえていたようで先程と同様に、こちらに膝を向ける。


「本当ですか?」


 ルチアの表情は変わらないが、声からは疑念を感じられた。


「本当。ルチア一人じゃ危なっかしいったありゃしないからね」


 魔物討伐ほぼ初心者を黙って見送れるほど俺は薄情者じゃない。ただ心を弄ばされたのが収拾がつかなかっただけだなのだ。俺の心は既に決まっているのだ。


「良かったです」


 ルチアは目元を細めて小さく息をついた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ