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加茂川亨の弟子としての初仕事

 

 エンジェの元で働くことになった加茂川は2階の空部屋を借りて一夜を明かした。

 翌朝になって気持ち良く寝ていた。ところで魂も睡眠が必要らしい。

 すると階段をあがって来る足音が聞こえ、ドアをそっと開ける小さな影。


「弟子の癖して、師匠より長く寝ているとは生意気でしゅね」


 室内に入り、加茂川の顔を間近で覗き込む小さな影が呟く。するとベッドの上に乗って右足をあげ、加茂川の顔面を踏みつけた。


「ぐげっ! だっ、誰だっ!」


 驚いて起きあがった加茂川が周囲を見回す。するとベッドの上で腕組みするエンジェが立っていた。


「あっ、エンジェ……」

「むむっ!」


 加茂川が呼び捨てにするとエンジェが睨んだ。


「うわっ、す、済みませんエンジェ師匠……」


 低姿勢で謝ると、エンジェが笑顔になった。


「カモガワ〜〜仕込みの準備は朝5時起きと言ったでしょ〜?」

「朝5時っ早っ」


 現界でシェフだった加茂川だったら、朝5時出勤なんか普通だと思うが、しばらく休んだせいで気持ちまで鈍っていた様子。


「ちょっちょっ、分かりました。着替えますんで部屋出て行ってくれますか?」

「分かったでしゅ」


 物分かりが良いのか、エンジェはアッサリ部屋から出て行った。


「もう、なんなんだよ。ウチの師匠は……」


 コック服に着替えた加茂川が急いで下に降り仕込みの手伝いを始めた。主な仕事はキャベツやタマネギの千切りやニンジン、ポテトの皮剥き。

 加茂川は一生懸命野菜を刻んでいながら考えた。滅多に客が来ないそうなのに、毎朝大量の仕込みの準備する必要があるのか疑問だった。

 例え無駄でも、修行の一環なら構わなかった。


 仕込みを終えると次は市場に食材を貰いに行くと聞いて、加茂川が二度聞いた。するとエンジェが不機嫌そうに目を細めた。


「カモガワ〜っ」

「はいっ!」


 起立して応える加茂川。彼はまだエンジェが閻魔大王の娘とは知らない。だが、本能的に逆らうなと感じているのか、実に忠実だ。


「昨日言ったと思うでしゅが、この世界はお金は要らない。皆タダでサービスしたり、物を譲ってくれる。だけど必ず感謝の言葉を掛けなくてはいけないでしゅよ」

「はい、そうなんですね。忘れてました」

「では行くでしゅ」


 さっきまで怒っていたのが嘘のように平静を取り戻したエンジェが、さっさと外に出て行った。加茂川は慌ててあとをついて行った。


 商店街の隣に市場がある。加茂川はあの世の市場がどんなモノかと興味があった。いざ到着すると以外と客でごった返している。


「こりゃ現界の市場と変わりないな……」

「まぁ、8割が冷やかしでしゅけど」

「本当の客少なっ!」

「皆幽界に留まってヒマなのでしゅ」

「なるほど、金が必要の無い世界ならそうなるか」


 加茂川は妙に納得してエンジェの食材調達方法を学ぶことにした。まず初めに向かったのは野菜売り場だ。ナスに大根、ピーマンニンジンと現界と変わらぬ野菜が並んでいた。


「いらっしゃいエンジェちゃん」


 ふくよかな体型のおばちゃんが声を掛けた。死者とは思えない位に陽気だった。いわゆるお化け系は滅多に居ないそうだ。でも滅多にと言う意味は、一部居ると言うことで、恐がりな加茂川は震えた。


「今日はなにを持って行く?」

「あのでしゅね〜……ジャガイモ一袋に、ナス5本にニンジン一袋に玉ねぎ6玉、キャベツ2玉にピーマン一袋欲しいでしゅ」

「あいよっ持って行きな」


 おばちゃん店主が気前良くタダで野菜をエンジェに手渡した。


「ありがとうでしゅ」

「まいど〜」


 二人のやり取りを見ていた加茂川が『マジかよ』と絶句していた。無償なのが驚いたし、なにより感謝の言葉が金の代わりになっていることに感心した。


「カモガワ〜」

「はいっ、なんでしょう?」

「ぼ〜っと見てないで野菜持ちなしゃい」

「はっ、はいっ……おっも……」


 ビニール袋に詰まった野菜で加茂川の両手が塞がった。

 しかも重くて初っ端から泣きそうになった。


 次に回ったのが肉屋だ。

 エンジェはブタと牛のブロック肉と鳥もも肉200グラムを貰った。加茂川はまだ慣れないが、買ったではなく、貰ったと言うのがミソだと思った。


 加茂川はリュックに肉を詰めた。最後に回ったのが鮮魚コーナーだ。鮮度が変わり易い魚を最後にしたのが流石だと思った。


 メインが鮮魚だけあって魚屋がいくつか営業していた。しかも皆無料で、生き甲斐や使命だけで毎朝働ける店主たちが偉いと加茂川は思った。


 今回は舌ビラメにマグロの赤身にサーモンの切り身に牡蠣と帆立貝を貰った。三度目だけど、改めて無料かよと、加茂川は驚きを隠せなかった。


「帰るじょカモガワ」

「はいっ!」


 両手は塞がりリュックもパンパンズッシリ重く加茂川はキツイ坂道を登った。こんなシンドイ買い出しいや、貰い出しを毎日ちびっ子がしていたのかと思うと、苦労してたんだなぁと思った。

 すると偶然ミカエルとバッタリ会った。


「おっ! 丁度貰い出しの帰りか」

「悪かったなミカ。いつもお前の仕事だったけど、弟子が出来たので大丈夫でしゅ」

「……楽になって嬉しいような……寂しいようだな……」


 ミカエルは何故か涙ぐんでいた。加茂川はどちらの意味か判別出来なかった。

 しかし、これまでちびっ子がどうやって食材を運べたのか知れてホッとした。


 店に戻ったエンジェと加茂川の1日がこれから始まる。


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