フレンチコース料理に込めた想い
厨房から香ばしい魚を焼く匂いが加茂川の鼻腔をくすぐった。エンジェの調理風景が気になり席を立つと、厨房の中をそっと覗き込もうとした。
するとエンジェが五品目を運んで厨房から出て来たので、加茂川は慌てて席に戻った。
「5品目は石巻産タラのムニエルでしゅよ」
「また石巻産かよ。まぁ良いか、どれ、試してやる。はむっ……旨い。しかし有り得ねえ、厨房で隠れているシェフ呼んでコイ」
「……あのでしゅねぇ、非常に失礼なお客さんでしゅねぇ、この店の従業員はぽくだけでしゅよ」
「どうだかな……」
エンジェがいくら説明しても信じない加茂川ひねくれ者か人間不信のどちらだ。一方エンジェは気にすることなく皿を片付け厨房に戻った。
「何だよアイツ……」
「君は彼女を疑ぐっているみたいだが、料理の腕は確かだぞ」
親しい店主が悪く言われるのを見かねたミカエルが、加茂川が抱く疑念を否定した。
「いやだってよ……あんなちびっ子が本格派のフレンチを作れるハズが……」
「君はどうやら歳上より出来る歳下を認めたくないようだな?」
「そ、それは……言いたくねぇが……俺も料理人時代に後輩に抜かれてな……」
「なるほど、それが君の心の重しかもな」
「はぁ、重しってなんだよ?」
「ふんっ、最後までフルコースを食べれば分かるハズだ」
「思わせ振りな言い方だな。知ってるなら今……」
加茂川がミカエルに追及しようとしたら、エンジェが6品目を運んで来た。やけに早いと思ったら持って来たのが赤ワインだった。
「次がメインデッシュの肉料理だから、合わせて赤ワインだな」
「……あのでしゅね〜、そんなの基本でしゅ」
「分かってるよ! ただ言っただけだ。決して知識マウント取るつもりでは……」
「次のお肉料理は少々お時間頂きましゅ」
「おいっ最後まで俺の話しを聞けって!」
またエンジェが加茂川との会話の途中で厨房に引き返して行った。またかと思ったが慣れたもので赤ワインを飲みながら気長に待った。
すると数分後に7品目を運んで来た。
「よいしょっと」
相変わらず踏み台に乗って品をテーブルに置く。見ていた加茂川は小さな体で頑張っているなと感心した。しかし決して手伝うことはしなかった。それはプロとして働く彼女のプライドを汚しかねないからだ。
「メインデッシュは石巻市で飼育されている黒毛和牛の赤み肉フランス風ミディアムステーキでしゅ」
「また石巻産かよ。俺の故郷が石巻だからサービスしてるのか?」
「違いましゅ」
「何でよっ!」
まさかの否定に加茂川は益々エンジェが石巻産にこだわる理由が分からなくなった。
とりあえずコース料理全て完食出来れば答えが分かるハズだと信じ、赤身肉を切り分け口にした。
「口に含むと肉汁がジュワッとして……う、旨え」
「……あのでしゅね」
「なんだよ……」
「さっきから旨いしか言ってないでしゅ」
「はあっ? ふざけるなよ。今肉汁がジュワッと食レポしたじゃねえか?」
「良く聞く表現でしゅ」
エンジェが逆に客である加茂川の食レポを容赦なく評価するのが面白い。
「うるせえっ! それよりお前がなんで俺の出身地が宮城県石巻と分かった?」
「見たら分かりましゅよ」
「シンプルに答えるなお前……じゃあ俺の死因も分かるよな?」
「……あのでしゅねぇ、お客さんの死因はぽくの力を持ってしても分かりましぇん。でもこれを見てくだしゃい」
エンジェがテレビの電源を付けた。すると閉店したレストラン内で座る加茂川の姿が映った。
「生前の俺じゃねぇか」
自分の生前の映像を眺める彼は妙な気分になった。そして様子がドラマのように続く。
座っていた加茂川の前に若い女性シェフが料理を乗せたお盆を持って現れた。
『加茂川先輩っ私が作ったフルコース料理を食べて欲しいのです』
女性シェフの台詞を聞いたミカエルが『後輩って女か!?』と言った。
「ちょっとミカは黙っていて欲しいでしゅね」
「あっ、……済まん」
「しかしでしゅね、後輩と聞いたら同性と勘違いするのも無理はないでしゅ」
「……あ、あのな、お、俺はアイツのこと……す、好きってわけじゃねーからな……」
頬を赤くして言いわけする加茂川にミカエルは『実に分かり易い男だ』と思った。
「ところでお客しゃん。この映像を見てなにか気づきましゅたか?」
「んっ、映像……アイツが俺のために作ったコース料理……あっそうか! 映像の料理は今俺が食べているエンジェが出したコース料理と同じだ!」
興奮した加茂川が立ちあがった。
「でしゅね。何故後輩しゃんがお客しゃんのためにコース料理を作ったと思いましゅか?」
「えっ…………決まってるだろ。絶賛された才能を落ちぶれた俺に見せつけるためだろ……」
「……あのでしゅね〜、ぽくがヒントを言ったのに、貴方は実に愚かでしゅね〜」
「だっ、誰が愚かだっ、ちょっと待てよ。……エンジェが出したコース料理と同じ……そうか! アイツは俺の故郷石巻の食材を意図的に使った。まさかっスランプになった俺のために……」
「そうでしゅね、後輩しゃんは貴方が元気になるようにあえて故郷の食材を使用したのでしゅね。しかし貴方は……」
「……ああ、後輩にマウントを取られると思って、俺は店を飛び出し車道に……」
後輩の想いを理解した加茂川がヒザをつき震える手で頭を抱えた。
取り返しがつかない後悔と絶望で。
そして映像の場面が変わった。
『加茂川先輩っ目を覚ましてくださいっ!』
病室のベッドで呼吸器付けて横たわる加茂川にすがって訴えかける後輩の姿。
その映像を見た加茂川が呆然としていた。
「あいつはそこまで俺のことを……」
「君は実に鈍い男だな」
余りに鈍い加茂川を想う後輩が哀れに思ったから、ミカエルが言った。
「ああ、アイツの俺への気持ちを知っていたら……俺はっ、なんてことをしてしまったんだ」
「あのでしゅね〜……大丈夫でしゅ」
「…………はあっ!? 俺は死んだのに、なんで他人事みたいに言うんだよ!」
エンジェの一言にキレた加茂川が立ちあがって詰め寄り見おろした。
「おいっやめとけ」
「大丈夫でしゅミカ」
「ミカって言うな!」
エンジェが加茂川の腹部に手を伸ばした。すると勘違いし股間を両手で守った。
「あのでしゅね〜〜」
エンジェは失敬なとばかりに目を細めた。
「まだ死んでないでしゅよ」
「えっ、何で?」
「言っても分からない。体で分からせてやりましゅよ。ほいっ!」
「ぐっ、ぐあ……」
エンジェがなにかを掴んで引っ張ると、加茂川が腹を押さえうめき声をあげた。
「コレを見るでしゅ」
「ぐ……な、なんだ……この青い紐は……」
エンジェが掴んでいるクリアブルーの紐が加茂川の腹部と繋がっていた。
そして遥か先まで伸びていた。
「いっ、いつの間にっ! こっこれはなんだ?」
「……あのでしゅね〜、ここまで鈍いとは、確かに後輩に抜かれましゅ」
「うるせえっちびっ子!」
「コレは生命線でしゅて、貴方の魂と現界の貴方の肉体が繋がった状態でしゅね。だからまだ貴方は死んでましぇん」
「……マジか……俺はまだ生きているのか……」
「半分死んでましゅ」
「おいっ!」
希望を持たせておいて落とす意地悪なエンジェ。
「現界の貴方は、昏睡状態で生死を彷徨ってましゅね」
「ああ、もう少し希望を持たせる言い方が無えのかよ……」
エンジェに身も蓋も無いこと言われて顔が青ざめた加茂川が、肩を落とした。
「大丈夫でしゅよ」
「いい加減なこと言うなっ! 全然大丈夫じゃねえよ……」
「あのでしゅね〜、未来の出来事を本人に教えるのは禁止なのでしゅが〜、しばらくしたら安定してきて眠った状態が続きましゅね」
「眠った状態って……いつか目覚めるのか? 病室の俺……」
「そうでしゅね。でしゅから貴方を霊界に送ることは出来ましぇん」
「そうか……俺はまだ生きている。……だったら」
「!?」
加茂川がエンジェの手を両手で握った。
「おいおい、加茂川君はロリコンだったのか?」
「違うでしょうね。ちょっとミカは黙っていて欲しいでしゅ」
「ミカはやめろ!」
二人のやり取りを見ていた加茂川が思った。
ミカ呼ばわりが女の子みたいだからミカエルが嫌がっているのは分かった。だったら女子みたいなボブカットをやめれば良いのにと思った。
せっかく決意したのにミカエルのせいで話しがそれた。だから加茂川は首を横に振って気を引き締めた。
「頼むっ!」
加茂川がエンジェに向かって土下座した。
「俺が現界に戻る日が来るまでこの店で働かせて欲しいっ!」
「……あのでしゅね〜、この世界はお金を必要としないでしゅ、無給で良いなら働きましゅか?」
「ああっもちろんっお願いしますっ!」
「……しょうがないでしゅね〜、今からお客しゃん扱いは無しでしゅ、これからはカモガワと呼び捨てるでしゅ」
「カ、カモガワ……はいっ師匠っよろしくお願いしますっ!」
加茂川がエンジェに頭をさげた。
「ついさっきまでぽくのことをガキと見下していたのに、全く調子の良い男でしゅねぇ……言っておきましゅが、ぽくは決して優しくないでしゅよ」
「えっ、違うんですか?」
「あのでしゅねぇ〜……明日から店の仕込み作業してもらいましゅから、4時起きでしゅ」
「早っ!」
どこの店も大抵は朝は早い。
そんなことで根をあげそうになる加茂川は長いこと怠けていたみたいだ。
しかし、エンジェは可愛らしいのに親方みたいに厳しい。なまっていた加茂川には丁度良い刺激だ。




