フレンチコースメニュー
加茂川がしばらく待っていると、ちびっ子コックのエンジェが白ワインとグラスをお盆に乗せ運んで来て、踏み台の上に乗ってテーブルに置いた。
「食前酒の白ワインでしゅ」
「なにっ、フレンチのコース料理か……」
まさかこんな子供がアペリティフ。本格フレンチコースの基本を知っているとは加茂川は驚きを隠せない。それに今出したグラスに入っている白ワインの銘柄をあえて言わないのは、元シェフである自分を試していると悟った。
「ふふ、俺を試すとは、良い度胸だ。なら受けて立つ!」
加茂川がグラスを手に取りティステングする。そして口に含み、ゆっくりと味わう。
「……この爽やか酸味は……ブルゴーニュ産の白ワインだな……ふうむ、100点満点中95点だな」
「……あのでしゅね〜」
ドヤ顔で白ワインの感想を述べる加茂川に、エンジェはなにか言いたげな様子。
「ん、なんだよ……」
「ただ今当店では〜、ブルゴーニュ産のワインが切れてましゅて〜……そのワインはぁ、近所のコンビニで入手した日本産の安価なワインでしゅ」
「……そ、そうか……(こ、こいつっ!)」
エンジェに赤っ恥をかかされた加茂川は平静を装っていたが、心の中では激しく動揺していた。そう、試すつもりが試されていたと知って。
「ふっ、ふ〜う、そ、そうか……日本産か……しかし中々の味で騙されたぜ。しかしやるなお前さ」
「次持って来ましゅ」
「おいっ!」
加茂川の話しの途中にエンジェがお盆を持って、さっさと厨房に戻って行った。
話しを中断された加茂川は不貞腐れ白ワインを一気飲みした。
「やべっ、全部飲んじまった……コンビニので良いんで……お代わり出来るかな」
「お待ちしましゅた〜」
しばらくしてエンジェが戻って来て踏み台に乗って2品目を置く。その様子に加茂川は、小さい体でテキパキと良く働くと感心した。
加茂川が皿を覗き込む。
牡蠣のベシャメルソースがけのオーブン焼きをスプーンに盛った料理。それが皿に5本円を描くように置かれていた。
「ほうっ、前菜は牡蠣か……どれどれ……」
加茂川がスプーンを手に取り一口。
「……ウマッ、この牡蠣旨え……」
味は一流シェフが作ったかのように本格派だった。加茂川は思わず一気に完食した。
「ふう〜……上質の牡蠣使ったな?」
「はい、石巻産の牡蠣を使用してましゅ」
「なにっ! 石巻産って……」
加茂川が石巻と聞いて顔をあげた。石巻とは東北の宮城県北東部にある港町だ。何故彼が石巻に反応したのかは不明だ。
「お皿片付けましゅね」
「おいこらっ!」
加茂川が質問しようとしたらまた、エンジェは皿を片付けさっさと厨房に引っ込んでしまった。
「くっそぉぉ……なんなんだよアイツ……」
イライラが募る加茂川が歯を噛み締めていると、ドアベルが鳴って誰が入店して来た。
それで振り返ると金髪美男子と目が合った。
「おっ…………あんたが噂の美男子常連か?」
「エンジェの奴また一見客に僕の可笑しな噂を流しているな……。おっと、この店は初めてかな?」
「ああ、初めて来たが、あんな子供が本格フレンチ料理を作れるなんて信じられんねぇ……」
「気持ちは分かる。当初僕も君と同じ気持ちだったからな。しかし、彼女が作っているのは事実だ」
「厨房で大人が作っているのと違うか?」
「ああ、彼女を信じろ」
そう言って金髪オカッパ美男子が加茂川の隣のテーブル席に座って足を組んだ。そのスラっとした足を見て自分の足と比べた。
「…………ところでアンタは?」
「僕のことかい? 僕はこの幽界2番地の治安を護る大天使ミカエルだ」
「ミカエル……あの有名なミカエルかい?」
「ああそうだ。僕がそのミカエルだ」
特にネタが無いのでミカエルと言い合う妙な会話になった。
「ところで君の格好……シェフか?」
「ああ、俺の名は加茂川亨。……どうやら死んでしまったらしく……生前はフレンチレストランの料理人だった」
「んっ、生前……君はまだ」
ミカエルが加茂川に大事なことを告げようとした時に、エンジェが料理を運んで来た。
「お待たせしましゅた〜オードブルでしゅ……あ」
「あっ! て、なんだよ……」
エンジェが皿をテーブルに置くと、ミカエルと目が合った。
「あれ〜〜、ミカも来てたのしゅか?」
「来て悪いか? それにやめろその呼び方」
「……オードブルの石巻産のアンコウの肝とムラサキウニを混ぜたテリーヌでしゅ」
「おいっ!」
会話を中断して加茂川にオードブルの説明を始めるエンジェ。相変わらず自由だ。
「しかしお前、テリーヌも作れるのか?」
加茂川はまだエンジェに対して疑いの目で見る。
「失礼でしゅねお客しゃん。誰が作ったとか美味しければどうでも良くないでしゅか?」
「確かにな……それよりこれも石巻産か……とりあえず食ってみるか……んぐっ、アンコウとウニが合わさってより濃厚な味に……旨い。それと酸味のあるソースに使われているのは……ホヤか!」
「良く分かりましゅたね。隠し味に石巻産のホヤを使用してましゅ」
ホヤとは北海道や青森、岩手、宮城で食される脊椎動物の一種で、酸味、塩味、苦味、甘味、旨味が合わさった五味と呼ばれる独特な味がする。それとグロテスクな見た目から敬遠する人が多い。
とは言っても、東方北海道以外の県ではあまり出回らないので、そもそも口にする機会がない。
そんな癖のあるホヤを隠し味に使って、絶妙なソースを作ったエンジェの腕に加茂川は驚いた。
それにホヤまで石巻産ときたから、疑念が確信に変わった。
「お前っいつ俺が石巻出身と知った?」
「……お客しゃんの個人情報は教えられましぇん。では片付けましゅね」
「おいこらっあっ!」
加茂川を煙に巻いたエンジェは皿を片付けると、逃げるように厨房に引き返して行った。
「なんなんだあの牡蠣……俺が石巻出身だからって、なんで石巻の海産物食材に使ってんだ……」
腕組みして首を傾げる加茂川。懸命に考えるる最中、エンジェが四品目を運んで来た。
コースの順番からすると次はスープだ。加茂川が皿を覗き込むと、鮮やかな黄緑のポタージュスープが目に飛び込んできた。
「緑黄色野菜のポタージュスープか」
「石巻産の枝豆を使ったポタージュスープでしゅ」
「また石巻かよっいい加減にしろっ」
「サービスしてお客さんの故郷の食材使ってるのに、一々文句を言う困ったお客しゃんでしゅね」
「……分かったよ。だけど、困ったお客は余計だ」
未だエンジェが石巻産を使用する訳が分からず。加茂川は釈然としない気持ちでスープを味わった。
「ふうっ〜食った……次は」
「5品目をお持ちしましゅ」
「おいっ!」
スープを完食し余韻に浸る前に皿を片付け厨房に向かうエンジェに加茂川が吠えた。しかし聞こえないのか小さな背中が厨房に消えた。
「あのちびっ子コックマジで人の話し聞かねえな」
苛々する加茂川の様子を横で見て、過去の自分と照らし合わせて苦笑いするミカエルであった。




