シェフだった青年
死者が最初からに行き着くのが幽界と呼ばれる、この世とあの世の狭間の世界。
幽界は108の番地で分けられ食に関係する2番地にまた一人足を踏み入れた。
二十代位の短髪の日本人男性。服装は上下白のコック服。誰が見ても調理師と分かる。
「あれっ確か……車にはねられて気づいたらここに立っていた。しかし、見たことない町だ」
青年が周りを不思議そうに見渡す。見たことない発言は文字通り初めて見る景色。例え行ったことのない外国でも、TVや動画サイトで目にしている。
だけど、今いる町の雰囲気はどこの国の街並みではないと青年は感じていた。
とりあえずおぼつかない足取りで道を進む。すると商店街が見えた。仕事柄飲食費が気になったので中に進んだ。気になる店がいくつかあったが、入る気まで起きなかったので、行くあてもなく彷徨った。しばらくして丘を登っていると、行き止まりに小さな洋食レストランを見つけた。
青年は見あげ外観を確かめた。
二階建ての年季の入った洋食屋だ。
一旦ドアノブを握るが、離してポケットに手を入れ財布を探した。
「あれ……財布ねぇや……じゃあやめるか……いやでも……」
意を決した青年はドアノブを回し店内を覗いた。クラシックな装飾品が置いてあって、小じんまりした良い店だと思った。だけど、客が一人もいなかった。
だからなおさら入り辛くなってドアを閉めようと思ったが、やはり雰囲気の良い店が気になったからか、気づいたら店内に入っていた。
青年が店内を見回す。静まりかえっていて、どうやら客は自分一人だけらしい。それは良いのだが、店員の姿が見えないので、ヒマだからと言って随分呑気な店だと思った。
仕方がないので声かけしてみる。
「すみません〜ん」
「は〜い。少々お待ちくだちゃい」
「んっ?」
カウター奥の厨房から声が聞こえてきたんで安心したが、やけに幼い口調が気になった。
まぁ子供が店番していると思ってすぐに気にすることをやめた。
するとパタパタと足音を立てながら子供が出て来たので店番かと思ったが、調理師の格好で大層なコック長帽を被っていた。
元コックの青年は職業柄思った。おままごととは言えその格好は遊びで着る物ではない。そうこれは、フレンチ料理界に対する冒涜ではないのか?
「コラ、ちびっ子。おままごと中か知らないが、子供が着て良い格好じゃないんだぞ。今すぐ脱げ」
するとちびっ子が後ずさりして、青年の顔をまるで汚物を見るかのような表情を浮かべた。
「……あのでしゅねぇ、見ず知らずの子供に服を脱って……ひょっとしておじさんロリコン犯罪者でしゅかぁ?」
「ばっ、馬鹿っ、脱げってそんな邪な意味で言ったんじゃねーよ。勘違いすんなっ、それに俺はおじさんじゃねーよ!」
「……本当でしゅかぁ?」
「おいっ、俺が否定した前後のどっちの疑問だ?」
するとちびっ子がニッと歯を見せ笑った。
「両方でしゅ」
「あっそうかい……まっ、お前みたいな子供から見たら俺はおじさんか……だがっ、イケメンだろっホレ!」
青年が自分の顔を指差しアピールした。するとちびっ子が目を細めた。
「……あのでしゅねぇ〜、当店には、イケメンを凌駕する超美形男子が通ってましゅから」
「むっ、そんな奴常連客がいるのかよ……ところで店主はいるか? 中々良いセンスじゃねーか、直接会って話しがしたい」
「……あのでしゅね〜……ぽくが洋食店「ソウルレストラン』のコック兼店主のエンジェだよ」
「なにっ! お前が?」
驚いた青年が屈んでエンジェの顔をマジマジと見た。すると彼女はまた目を細めた。
よほど不快らしい。『このロリコンめ!』と思ったかは確かではない。
「あのでしゅね〜」
「おっ、なんだ?」
「そう言う貴方しゃんもコック服でしゅけど、お客しゃんでしゅか? それとも冷やかしまたは、ウチの店の味を盗みに来たスパイなら、首根っこ掴んで店から突き飛ばしてやりましゅよ」
「……お前物騒な物言いだな……それに」
子供の発言にしては穏やかではない。それとどうやってそんな小さな体で大人の首根っこ掴めるのかと、ツッコミを入れるか悩んだ。
しかしそもそもエンジェが本当にこの店のコックなのか疑った。
「お前本当に料理人なのか?」
「ぽくの見た目が幼いからって、おじさんより歳下と決めつけるのは良くないでしゅよ」
「だからおじさんじゃねえって! まぁ、こんな格好で突然うかがったのは悪いが、俺の名は加茂川亨25歳……だったのか……」
「もしかして25歳で止まっているのでしゅか?」
「分かんねぇ……ついさっきまで俺は都内の三ツ星フレンチレストランで修行していたんだけど、ある日なにかがあって店を飛び出した俺は車道を横断し、車に轢かれて気づいたらこの町にいたんだ……」
「……あのでしゅね。入口で身の上話しをされましても困りましゅので、客なら座ってくだしゃい」
「おいっ最後まで聞けって!」
エンジェが正面のテーブル席を引いて接客するので加茂川は仕方なく座ったが、身の上話しを聞いてくれなかったことに腹を立てて頬杖をついた。
「仕方ねーかぁ、ところでこの店は洋食屋か?」
「別に決まってましぇんが、工業製品や秘密のレシピや入手困難な食材を使った料理以外なら、なんでも作れましゅ」
「なんでもって、お前みたいな子供がか? 絶対無理だろ」
「……あのでしゅねぇ……先ほども言いましゅたが、見た目で判断するのは良くないでしゅよ」
「ああ、悪かった。……だったらよ。本当に料理人なら俺に何か作ってくれよ」
「分かりましゅた」
あっさり提案を受け入れたエンジェがさっさと厨房に戻って行った。
「おいっ……何なんだよアイツ……」
一人残された加茂川は苛立ちながら後頭部を掻いた。




