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苺ソースかけのバースデーケーキ

 

 カウンター席に座っていた男が、エンジェを呼ぶと立ちあがりフードを外す。その素顔は白髪混じりのろくに手入れをしていないボサボサ髪で、頬が痩せこけ目の下にクマがある神経質そうな印象。


 エンジェは男に声をかけられ初めて存在に気づいた様子。それで近づき接客するが無視された。


「良かったらテーブル席にどうぞでしゅ」

「……」


 無視されても淡々と接客するエンジェ。いや、彼女は強メンタルだから無視されたとしてもなんともないのかも知れない。

 するとしつこくテーブル席を勧めるエンジェに根をあげたのか、フードの男が席を立った。


「うるせぇな……いいよテーブル席で」

「さっコチラでしゅ」

「……」


 何度も言うが、エンジェは話しを聞かない。段取り通りことを運ばせようとする。

 エンジェに根負けした男が『チッ、俺は端っこの席が良かったんだけどな』と小声で文句を言いつつ、不貞腐れながら入り口を背にテーブル席に座る。


「で、メニュー表は?」

「無いでしゅっ、お客さんが食べたい料理を作りましゅ」

「なに……なんでもか?」

「そうでしゅね」

「む〜……そうか、なんでもって言ったな。だったら俺がガキだった頃に1年間だけ売られていた、頭のイカれたガム入りのカップアイス作って持って来い!」


 男は何十年も前のマイナーで生産終了した商品を作るように、エンジェに無理難題を押しつけた。

 そんな物をエンジェが再現出来るハズがない。それを知ってるからこそ、男はニヤついていた。


「それは無理でしゅね。ぽくが基本作れるのはレシピと材料がハッキリしている手作り料理だけでしゅね。レシピ不明で設備がないと作れない工業食品は作れないでしゅ」


 出来ないことはハッキリ伝えるエンジェは正直者で、ある意味スキがない。


「こっ、こいつ……ああっ、分かったよ。だったらビーフステーキ作って来いよ。中までじっくり火を通してな」

「中まででしゅか?」

「なにがおかしいんだチビ。俺は生焼けのミディアムが嫌いなんだよ」

「そうでしゅか、血がお嫌いで……」


 エンジェが小声で呟いた。


「なっ、なんだテメエ今なんて言った?」

「では少々お待ちを」

「おいっ!」


 難癖つけようとした輩の威嚇にも動じないエンジェはスルーして、さっさと厨房に戻って行った。中々の鈍感か強メンタルだとミカエルは思った。


 店内で男と二人きりになった。全然嬉しいスチェーションではないが。ため息つきながらミカエルは、気を使って彼に声をかけてみることにした。


「2番地に来たってことは、君は食へのこだわりが強いのかい?」

「はぁっ、なんだオメエ……顔が良いからって調子に乗んなよ」

「それは済まなかった。おっと紹介が遅れた。僕の名はミカエル。そうそう、ただ気になってな」

「ミカエル? 外人かい。……俺は斉藤だ。チッ、なんで他人に自己紹介しなきゃいけねえんだ……」

「なるほど……」


 ミカエルと聞いて有名な天使だと普通はピンとくるものだが、斉藤はそうではなかった。つまり教養が低い人間。生前は努力もせず好き放題して生きてきたとミカエルは察した。


「まぁどう生きようと、本人の自由だな」


 椅子に座り直したミカエルは、斉藤をの生き方に対して説教するつもりはなかった。結局責任は自分に返ってくると知っているからだ。


「……でもよう……俺は年末の冬の時季に、ゴミ溜みてえな部屋でカップラーメン啜っていたら、急に胸が苦しくなって目の前が真っ暗になったら、気づいた時にはこの知らねぇ町に立っていたんだ」

「なるほど、死因は心臓発作かなにかだな」

「……やっぱりそうか、そうなんだな……まっ、別にいいや……ひひ」


 引き攣った笑みを浮かべる斉藤がミカエルに振り向いた。死を指摘されてっきり斉藤が激怒するかと思った。だが、己が死んだことをミカエルに言われたことで納得したのだと理解した。


「へっへっだけど、上手く逃げ切れたぜ……」

「んっ……」


 下を向いた斉藤が、死んだ事実を知ったのにも関わらず、何故か笑っていた。

 斉藤がなにから逃げ切れたのかミカエルが質問しようとした。だが、タイミング悪くエンジェが厨房から出て来た。


「お待たせしました〜熱々ビーフステーキでしゅ」


 エンジェが踏み台に乗って、鉄板に乗った分厚いビーフステーキを斉藤のテーブルに乗せた。


「へっ、ガキが焼いたにしちゃっ、旨そうじゃね〜か……ジュルッ」


 斉藤はナイフでステーキを刺して齧りついた。その粗暴な食べ方はまるで山賊のようだ。


「うっめ〜〜! ステーキなんて久しぶりだぜっ最高ーーっ!」


 大雑把に肉を切り分けあっという間に平らげ満足そうな斉藤。そしてセットのコンソメスープを飲み干した。


「美味かったぜ。しかし俺金持ってねーんだけど」

「大丈夫でしゅ、基本無料でしゅから」

「……なんで無料なんだ? あとから倍に代金請求するとか裏があんのか?」


 無料と聞いて喜ぶと思いきや、疑ぐり始める用心深い男だ。


「あのでしゅね……」

「僕が説明しよう」


 好意的に説明してもまず疑う斉藤に困っていたエンジェの代わりに、ミカエルが説明する。


「この世界は無料で人のためにやってくれたことに対しての感謝の言葉。それがやり甲斐であり、お金と同等のエネルギーを持つ」

「感謝か、そんなもんで良いのか……ああ、俺感謝したことねぇや」

「なるほど」


 そう言う男を何度も見てきたミカエルは斉藤に説教はしない。あの世は自己責任の世界。良いも悪いも、生前の行いによって霊界か地獄(行く場所)が決まっている。


「それよりよ」


 両手を首のうしろに回した斉藤がテーブルに右足を乗せた。


「久しぶりのステーキだったぜ。おいっガキッ! 食後のデザート用意しろよ。おっと、ケーキ以外のな」

「君はケーキが嫌いなのか?」


 甘さが苦手だからとケーキが嫌いな人間は中にはいる。だけど少数で大半はケーキと聞くと喜ぶ。だから興味を持ったミカエルが聞いてきた。


「ああ……いや、ケーキと言っても生クリームと苺のバースデーケーキは見るのも嫌だ。なんでそれ以外のケーキなら食える」

「ほ〜う、見るのも嫌とはよほどだな」


 ミカエルは思った。

 味が嫌いならともかく見るのも嫌とは、生前になにか外的トラウマがあったに違いない。


「あいっ分かりましゅた。ただ今ケーキをお持ちしましゅ」

「おいっ今なんてった? バースデーケーキ以外だぞっ……おいっ!」


 エンジェはさっさと皿を片付け厨房に戻って行った。スルーされた斉藤は『バースデーケーキなんて持って来るなよ……』と一人呟いて、何故か震えていた。

 ミカエルは思った。そんなに嫌なら最初から言わなければエンジェが持って来ることはないのに。

 エンジェ(アイツ)の性格からして十中八九バースデーケーキを運んで来るだろうと。


「お待たせしましたでしゅ〜」


 すでに有ったのか、エンジェがすぐ運んで来た。それにクローシュと呼ばれる銀色の丸い蓋をデザートに被せて、開けたらビックリサプライズ演出。


「おいっ大袈裟な。別に食えりゃ良いんだよ」

「あのでしゅねぇ、そう言わず、開けて見てくだしゃい」

「……しょうがねえなっかったりい。どれどれ……んっ、うっああっ!」


 クローシュを開けて皿を覗いた斉藤が驚き立ちあがった。10本のローソクを刺した苺のバースデーケーキが皿にのせてあった。彼は何故かバースデーケーキを見て震えていた。


「おいっ、エンジェっお客さんが持って来るなと言ったのに、あえて持って来るかな? 嫌がらせか?」

「そうでしゅね」

「おいっガキッそうでしゅねじゃねーだろっ! 俺はバースデーケーキが嫌いだって言ってるのに嫌がらせで持って来やがってどう言う……おいっ!」


 斉藤のクレームを無視して楽しげにローソクに火をつけるエンジェ。


「なに勝手にローソクに火をつけてんだよ。今日は俺の誕生日じゃねーぞ。……おいっ! なんだその手に持ってる器は?」

「これは最後の仕上げでしゅ」


 斉藤に指差された器の中身を、エンジェがバースデーケーキにかけた。それはまるでドロッとした鮮血のようだった。


「ひいいっ!!」


 真っ赤なソースを見た斉藤が怯え椅子から転げ落ちるように倒れた。


「どうしましたか? ただの苺ソースでしゅよ」

「やめろっ、いっいいっから、このケーキを早く片付けろ!」

「何故でしゅか? もしかしてバースデーケーキにかかった苺ソースが、なにか連想させるのでしゅか?」

「……んなわけはねぇが……」


 尻もちついた斉藤が気まずそうにエンジェから視線を反らした。すると視線の先にテレビが有って映像が流れた。


『ハッピバースデー♬』


 四畳半の部屋でバースデーケーキの前で母親が男の子のために歌を歌っている映像。ドラマの1シーンなのか、偶然にしては不可解だ。


「ひいっ!」


 何故か斉藤が怯え両手で耳を塞いだ。

 見かねたミカエルが声をかけようとするが。


「おいっ……どうした?」

「うるさいっ! うるさいうるさいっ! たっ、頼むからっテレビを消してくれぇっ!」


 映像が変わった。

 さっきまで祝っていた母親がうつ伏せで倒れ血を流している。その横で泣き叫ぶ男の子と血で染まった出刃包丁を握った黒いジャンパーと黒手袋の男の背中。男は無慈悲に男の子の脇腹を刺すと引っこ抜いた。すると鮮血がバースデーケーキに飛び散り、まるで苺ソースに見えた。


「…………」


 犯人はぼう然と鮮血ケーキを見つめてから、ダンスの引き出しを物色始めた。するとまだ生きていた男の子が血だらけの手で犯人の背中を掴んだ。


 思わず振り返った犯人。

 その驚愕した顔は、テレビの前に立つ斉藤に間違いなかった。

 映像が続く。


「おかぁさんを……がえじで……」

「…………」


 涙を流しながら訴える男の子に対し、画面の中の斉藤は恐怖で引き攣りながら背中をメッタ刺しにし返り血を浴びながら殺す映像で終わった。


「お前っ分かっているのかっ!?」


 あまりに残忍っあまりに親子が哀れに思ったミカエルが斉藤に叫んだ。


「ヒヒ、だからバースデーケーキは後味の悪りぃ記憶が蘇ってたまんねぇんだよな……しかしよぉ……あれから強盗を続けながらまた人を殺し、サツから逃げ回って寿命が来てよ。見事逃げ切ってやったぜへへ……」

「コイツ……許せん」


 ミカエルが鞘から長剣を引き抜いた。するとエンジェが右手で遮り止めた。


「ここからはぽくの仕事でしゅ」

「ああ、バースデーケーキを用意したのも、奴の生前の行いを見せたのも、君の段取り通りだったな。なら存分に亡者を裁くがいい」

「あいっ」


 エンジェが斉藤の前に立った。


「なんだガキ。お前もテレビのガキのように俺に殺されたいのか?」

「困りましゅね〜、どうせ無理でしょうけど」

「なんだと舐めんなっ!」


 斉藤がパーカーをめくり、腹部に差していたナイフを取り出し握った。


「ほ〜う」

「……」


 二人は怯えるどころか微動だにしない。


「あのでしゅね〜、自分の罪を認めないとえらいことになりましゅよ」

「なにを言って……んぐっ!」


 急に斉藤がヒザをついた。


「かっ、体が、まるで鉛のように重くなった……」

「でしょうね。ぽくの店に来る客は皆、食に関係した心の重しを抱えてるでしゅう。ぽくの仕事は食で心の重しを解消してやって霊界に送り出す。でも中にはお客さん……いや、斉藤っお前みたいな悪人が来ることがたまにあるでしゅ、その場合は罪をはっきりさせ、逆に心の重しをより重くする」


 そう言ってエンジェが扇子を取り出すと先っちょを斉藤に向けた。すると斉藤の肩にズッシリと圧力がかかる。


「ひっ! なっ、なんだよっおめえっ!?」


 まるで床が底無し沼のように、斉藤の足元を飲み込んでいく。


「やっやめろっ! おっ、俺はやってないっ」

「テレビの映像がお前の悪行の真実。ぽくに嘘は絶対につけないでしゅ」

「ぐああっ!」


 閉じた扇子を向けるエンジェが冷めた目で斉藤を見おろす。まるで罪人に裁きを行う地獄の使者のようだ。


「がっ、なんなんだテメエはっ……」

「……ぽくの名はエンジェ……」

「エンジェッて、あ、あんた天使さんかいっ!? て、天使だったら頼むっ俺を天国に連れて行ってくれよなっ」


 顔をあげた斉藤がエンジェにすがりつき助けを求めた。まぁ人を殺しておいて虫の良い話しだ。だからエンジェは目を細めた。


「……あのでしゅね。どうちて罪他人が都合良く天国に行けると思うのでしゅか?」

「えっ、……そこをなんとか頼むっ!」


 斉藤はエンジェの前で土下座して手を合わせた。生前彼は博打が趣味で一か八かの勝負が好きだった。だから今賭けに出た。


 エンジェは扇子をパッと開いて口元を隠す。扇子の表面の絵柄は白い翼を生やし微笑む女天使だ。


「……あの、しょうがない人間でちゅねぇ、頭をあげよ……」

「はいっ」


 なにを勘違いしたのか斉藤は笑ながら顔をあげた。するとエンジェが扇子を反転させ裏面を見せた。

 表面の優しい天使の絵柄とは真逆の、裏面には怒りの表情を浮かべた地獄の閻魔大王の絵柄だった。


「ひっ!」


 閻魔の絵柄を見た斉藤が思わず鳴咽を漏らした。


「ぐひっ!」


 さらに斉藤の全身に圧力がかかりヒザまで泥沼に沈んだ。すると慌ててとり乱す。


「この扇子の表と裏の絵柄には意味があるでしゅ……ぽくの母は天使で、父は閻魔大王でしゅね」

「えっ、閻魔大王っ!」

「そうでしゅちなみに、エンジェのエンは父の(エン)から取って、ジェは母から取ってましゅ」


 バチンッ!


 エンジェが扇子を閉じ先っぽを斉藤に向けると、被っていたコック帽が閻魔大王が被っている王冠に変化した。


「ひいいっ、え、閻魔大王っお許しをっ!」

「……あのでしゅねぇ、人に頼む時は最低限の礼儀が必要。それが斉藤っお前は微塵も感じられん」


 エンジェの幼児口調から急に厳格な口調に変化した。また、それだけではない。表情も険しい。


「おっ、お助けくださいっ、なんでもしますっ! なにとぞわ、わたしに慈悲をっ」

「……主」

「はいっ……」


 エンジェに呼ばれ命乞いが効いたと思った斉藤が顔をあげ、引きつる笑みを浮かべた。


「お主はどうなんじゃ?」

「はいっ……?」

「生前お主に命乞いしてきた罪なき者たちに、主は見逃したのか?」

「え、……あ、いや…………ああ、もちろんっ見逃してやりましたよっぐべっ!」


 強力な圧力が斉藤の全身にのしかかり、顔面を泥沼に打ちつけた。


「愚か者めがっ我の眼が節穴だと思うてかっ斉藤! うぬの生前の悪行全てお見通しじゃっ、よってこの下、地獄送りの刑に処す!」

「ひいいっ! げっふっ、嫌だっやめてっじ、地獄なんかいっ、いぎだくないっうぎゃあああっ」


 泥沼に首元まで沈んだ斉藤は右手を伸ばし、もがいたが最後は力尽きて奈落の底に沈んで行った。



「やれやれ、とんだ無銭飲食客でしゅたね」


 王冠がコック帽に戻り、エンジェの口調がいつも通りの幼児口調になっていた。


「流石だ」


 横で見ていたミカエルはこれが彼女の裏の仕事だと改めて理解した。

 ミカエルはそっとエンジェの左肩に触れた。


「見事な裁きだった」

「……あのでしゅね〜、料理人としてじぇんじぇん嬉しくないでしゅよ。本来の仕事は、料理を作ってお客さんを喜ばせ、心の重しを消して笑顔で霊界に送り届けることでしゅよ」

「ああ、今回は残念だったけど、敵討ちが出来て殺された親子がこれで報われる」

「そうでしゅね……ミカ」

「おいっ!」

「奴に殺された者たち。特に親子をなんとか天国に連れて行ってくれないでしゅか?」

「ああ、それこそ僕の仕事だ。任せろ」

「ありがとでしゅミカ」

「だからその呼び方はやめろ! まっ、必ず親子を天国に導いてやる。ところで……さっきから腹が減ってんだ。なにか食わせろ」


 するとエンジェが苺ソースがけのバースデーケーキを指差した。すると顔を青くしたミカエルが舌を出しげんなりした。


「チ、チーズケーキを持って来てくれ」


 エンジェはただの苺ソースだと説明したがミカエルは首を横に振り、バースデーケーキをさげろの一点張りで決して主張を曲げなかった。


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