幽界2番地の小さなレストラン
死者が最初に辿り着く場所。
それが幽界と呼ばれる世界。現世とあの世の真ん中に位置する。分かり易く言うと幽界は、サンドイッチの具だ。
詳しく説明すると、幽界は108の番地に区切られる。なにかの偶然か、仏教の教えの108の煩悩の数と一致するのが興味深い。
また番地ごとそれぞれ異なる特性を持つ。例えば好色な死者があつまる番地が有り、スポーツ好きが集まる番地も有る。あと野鳥観察好きが集まる変わった番地が有る。
要するに死者たちの生前の趣味に合った番地に集まる仕組みだ。
そんな108のの番地の中で特に死者が集まるのが、人間の3大欲求の一つ。食の特性を持つ2番地だ。一番広大で揉めごとも多いので、2番地の警備を担当するのが、天使騎士団隊長のミカエルだ。
腰に剣を装備したミカエルが口元を下にキリリと結びながら繁華街をパトロールする。すると彼を見た婦人たちが歓喜する。
それもその筈、彼は前髪を切り揃えた金髪ボブカットで端正な顔立ち。189センチのスラリとした体型に白生地と金の刺繍が施された軍服を着て、背中には純白の翼を生やしている。このルックスと気品溢れる姿に女性たちを虜にする。
ただ本人にはその自覚がないから罪な男だ。
そんなミカエルがお昼時になるといつも通うレストランがある。その店は繁華街を通り抜け、小高い丘を登って突き当たりにある二階建ての小じんまりした洋食屋。
「また来てしまったな」
店の前でミカエルが見あげる。看板には『ソウルレストラン』とペンキで書かれていた。
入り口ドアの前で彼は咳払いしてからドアノブを掴んで開けた。すると備え付けてあったドアベルが鳴った。
ミカエルは店内を見回す。
クラシックな洋風の作りでカウター席とテーブル席が4脚の狭い店内だ。それでも問題ないと彼は思う。何故ならいつ来ても客が一人も居ないから混雑の心配する必要がない。だったら経営の心配しそうだけど、それもしない。何故なら魂の世界はなんでも無料で手に入る。だから本来仕事をしなくても生きていける。
自分を含め何故仕事をするのか? それは使命であったり生き甲斐が無料で働く原動力になっている。
とはいえこの店のコックが作る料理は唯一無二。わざわざ足を運ばないと味わえないのだ。
『今日も僕一人か……』と思いながらミカエルは奥の左のテーブル席に座る。
足を組んで店主が来るのをぼんやりと待つ。ふと左奥に目をやると、45インチのテレビが置かれている。せっかく雰囲気の良い店内がテレビのせいで台無しだとミカエルは思ったが、このテレビは店主が行う仕事には欠かせない道具と知っているので気になるが、目を瞑った。
「それにしても遅いな……」
まだ10分も経過していないのにミカエルが人差し指でテーブルを叩き始めた。彼は意外とせっかちな性格かも知れない。
するとカウター奥の調理場のドアが開を開けて店主が姿を現した。
「いらっしゃいましぇでしゅ〜」
店主にしては声が幼く幼児言葉だ。
それもそのハズ調理場から現れたのは、身長100センチで銀色の肩まで伸ばした髪に縦長のコック帽ことトックブランシュを被り、純白の調理服のコックコートを身につけた、白い肌にクリクリした大きな青い眼が可愛いちびっ子だ。
どう見てもコック服の幼稚園児にしか見えないが、彼女の名は『エンジェ』。この幽界2番地の『ソウルレストラン』の店主兼コックだ。
見た目は不安になるが腕は確かで、世界各国の料理をマスターしており、幻の名店の味まで完璧に再現出来るほどの調理テクニックの持ち主だ。
ミカエルは彼女の腕に惚れ込んで、この店に毎日通っている。
「ずいぶん待たせたな」
ミカエルが席を立ちちびっ子を睨んだ。
「あのでしゅね〜、ミカが来店してからまだ5分しか経ってましぇんけど……」
「ええいっ僕のことを二度とミカと呼ぶなっ! それより腹が減った。なにか作ってくれ」
ミカエルは中性的な顔立ちとボブカットのせいで女性と間違われることがある。それで略してミカと呼ばれるのを極端に嫌っている。
しかし何度も注意しても呼ぶのをやめない。むしろ面白がってワザと言ってくる。要するにエンジェは見た目も中身も子供なのだ。
「しょうがないでしゅね〜、で、今日はミカさんはどんな料理食べたいでしゅか?」
「お前えな……」
エンジェは人の言うことを全く聞かないし、会話にならないこともしばしば。
それでミカエルは頭を抱えた。
「むうっ……そうだな、たまには異国の料理が食べたい」
ミカエルはこの店に毎日通い。定番のハンバーグ定食やカレーライスを注文している。しかし今日は未知なる料理が食べたくなったのだ。
ミカエルは改めて座り直すと真剣に注目する料理を考える。
その間にエンジェが予め用意した踏み台(ちびっ子なのでテーブルに皿を乗せられないから)に乗ってお冷やを置いた。
「ふうむ……異国の料理と言っても、いざ考えると分からないな……なぁエンジェ……」
「……あいっ、今からオススメお作りしましゅね」
「んっ、エンジェ……おいっ!」
エンジェはさっさと厨房に引っ込んでしまって、ミカエルはリクエストを言い損ねた。今回のおまかせが異国の料理と言うのが一抹の不安を与えるが、まぁ不味い料理は出さないだろうとエンジェを信じることにした。
「う〜む、たまにはシークレットメニューもいいか……」
心が広いミカエルはこのまま料理を待つことにした。ガラスコップに入ったお冷やを飲みながら時間を潰していると、入り口ドアのベルが鳴って誰かが入って来た。
「僕以外の客が来るとは珍しいな……」
他の客と一緒になること自体初めてだったので、好奇心が湧いたミカエルは客を確認した。
客は一人でグレーのパーカーを被った男だ。顔が見えないせいもあるが、不穏な空気を感じる。
パーカー男が店内を見回すとカウターの椅子に座った。そして店員を呼ぶ素振りを見せずただじっとしていた。
静観していたミカエルだったが、パーカー男から発する臭気に思わず鼻を手で押さえた。
これは死の匂いだ。
彼が普段戦っている相手が悪霊や死神モドキなどで、そいつらの放つ臭気が死臭だから敏感に反応した。
「……お前まさか……」
幽界はまだ霊界の手前の世界。だからたまに招かれざる者が入って来ることもある。だからミカエルは立ちあがって腰に差した剣に手をやり、フードの男に近づき声をかけた。
「お待たせしました〜」
タイミング悪いことに、エンジェが料理を運んで来たのでミカエルは仕方なく席に戻った。
そしてエンジェが一品をテーブルに置いたのでミカエルが覗き込む。
「ん……ゆで卵……?」
皿にパンパンに膨らんだ三つの卵が湯気をあげていた。ちょっと違和感があるが、ゆで卵なので少し安堵した。
しかし、ゆで卵なんて珍しくもないと思った。
「おいっ、僕は異国の料理が食べたいと言ったが、なんだコレは? 単なるゆで卵じゃないのか?」
「……あのでしゅね〜、この料理はベトナムの孵化寸前のアヒルの卵を塩茹でしたビットロンと呼ばれる料理でして、単なるゆで卵じゃないでしゅ」
「なに、孵化寸前のアヒルの卵だと……」
「食べましゅか?」
エンジェが卵の殻を割った。
「おいっ……なにを勝手に……うっ!」
殻から、黄色い羽の生えた粘液塗れのヒヨコがドロンと出でた。血管が透けて見えてヌルッとしていて、慣れない人にとってはグロテスクな料理だ。実は潔癖症のミカエルがたまらず吐き気をもよおし両手で口を押さえた。
「うっぷ、お前……いくら僕が異国の料理が食べたいとリクエストしたからって、なにもゲテモノゆで卵を作って来ることはないだろ?」
「ミカ……好き嫌いは良くないでしゅ」
話しを聞かないエンジェが茹でヒヨコをフォークで突き刺すと、ミカエルの口元に持っていった。
これは超弩級の嫌がらせだ。
「おいっ!」
「はいあ〜んでしゅ」
「あ、えっあーーって、出来るかっ! もうちょっと食欲が増す料理をだな……」
「あのでしゅねぇ……見た目は非常によろしくないでしゅが……食べてみると以外にイケるでしゅ」
「……その見た目が良くないって言ってるだろ? どうしても僕に食べさせたいようだな……だったらお前が食べてみろ!」
「イヤでしゅ」
「お前な……自分も食えない料理を僕に食わせるなよ……」
他人の話しを聞かないエンジェとはどうも会話が噛み合わない。
これまで何度も注意したが変わらない。だからミカエルは半分諦めた。
「おいっチビッ! 俺も注文いいか?」
「あいっ?」
すると、今までカウンター席で黙っていたフードの男が振り向きエンジェに声をかけた。
ミカエルはこの男にただならぬ気配を感じ、警戒していたが、ただ単に食事しに来ただけかと知って警戒を緩めた。
「しかし臭うな……」
顔をしかめ呟くミカエル。
この男から死臭が漂っていたからだ。




