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龍痣の少女と断罪の双子― IYK物語 ―  作者: ヤニコチンタール人
第1章 【龍痣を背負った妹を追って】
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9話 「アイクVSガンザイ(B級)」

 ヤマトと別れたアイクが向かったのは、帝都から南東に位置する「赤鋼の採石場」跡地だった。岩肌が剥き出しになった巨大な採石場は、昼間でも人影がなく、異能者同士が力比べをするには最適な場所だ。


 アイクの今回の標的は、討伐級(B級)の賞金がかかった律違犯者“ガンザイ”。強靭な肉体と、律式を岩石に注入し自在に操る能力を持ち、これまでに幾度も討伐隊を退けてきた実力者だ。


 アイクは呟いた。

「さっさと片付けて、カレンのいる場所を探す。無駄な時間は使えない」


 アイクは鬱蒼とした森を抜け、開けた採石場に入った瞬間、地面から突き出した巨大な岩の壁に動きを止められた。この場所は、過去の異能者による激戦の痕跡か、微かな律式残滓が靄のように漂い、空間の流れを乱していた。 その乱れが、裁定の刃の精密な調整をわずかに阻害している。


「ここは律の残滓が濃い。裁定の刃を振るうには、最悪の環境だ」

 アイクは静かに告げた。


 アイクは圧倒的な身体能力と規格外の《星幽(アストラル・)容量(キャパシティ)》を持つため、最大出力を叩き出すことは得意とするが、その一方で“必要最小限”に抑える制御だけは苦手だった。


 この《星幽(アストラル・)容量(キャパシティ)》は、律式やスキルといった異能を行使するために必須のエネルギー総量である。


 律式を個人が特定の形で応用し具現化したものがスキル(異能)であり、アイクのスキル《至高(スプリーム)法典(・コード)》は、ゼラントス家が襲撃されたあの時に発現したばかりである。


「逃げても無駄だ。この刃が通れば、お前の抵抗は全て無意味になる」

 アイクは続けた。


 しかし、返答はなかった。

 代わりに――

 ゴオオオッ!


 アイクの頭上、採石場の崖上から、律式を圧縮し加速させた巨大な岩塊が、砲弾のように降り注ぐ。アイクは反射的に跳躍し、岩塊が着弾した跡地は大穴となって煙を上げた。


 アイクは律式を集中させた。彼の身体を覆う青白い光が強まり、腕を薙ぐと、空間を断ち切る鋭利な律式の刃、《至高(スプリーム)法典(・コード)》による《(れっ)(くう)》が放たれた。


 シュウッ――ッ!


 それは岩塊や鉄骨を豆腐のように切り裂きながら、ガンザイの潜む崖へと殺到する。


「来るか、小僧!」

 ガンザイが咆哮する。



 崖の陰から姿を現したガンザイは、身長3メートル近い巨漢だった。

 彼は律式を両腕の皮膚下に凝縮させ、全身をダイヤモンドのように硬い岩の皮膚で覆い、アイクの刃を受け止めた。


 キン!


 《(れっ)(くう)》はガンザイの皮膚を容易く貫通し、律式の裁定干渉は成立した。

 しかし、アイクは反射的に律式の出力を上げすぎた。その結果、裁定の刃は法則の律結合を断ち切るに至ったが、律式の消費量が要求された最低限のラインを大幅に上回っていた。ガンザイの肩を切り裂きながらも、その軌跡は律式を無駄に浪費した証だった。


「チッ、出力を上げすぎたか……! これではスキルの発動を効率的に使えない!」

 アイクは舌打ちした。


 ガンザイは肩を庇いながらも、その圧倒的な破壊力の片鱗に戦慄する。


「お前の刃が律式を断つなら、俺の律式は全てを結合させる! お前の裁定は無効だ!」

 ガンザイが叫ぶ。


 地面の岩が意志を持ったかのように隆起し、アイクを閉じ込める巨大なドームを形成しようとする。アイクは囲まれる前に脱出するため、さらに多くの律式を刃に注ぎ込んだ。


「まだ足りないのか……! スキル発動を起こせるギリギリの出力に持っていけてない!」

 アイクは焦燥感を露わにする。


(確かにやっかいそうなスキルだ。大出力で叩き潰せば確実に終わる。だが、それだけではあの序列一位のヤロウには届かない。このガンザイを、最低限倒せる出力で効率的に力を使って倒す! この修行を成功させなければ!)

 アイクは自分に試練を与えながら戦うことを改めて決意する。


 大量の律式は制御を欠き、効率的な裁定には至らない。大量の律式はただ無為に採石場に撒き散らされ、岩を破壊するだけの無駄な力となって消えた。


 アイクは地面に片膝をついたまま、自身の律式を鎮めようと必死に集中する。


(違う!余計な《星幽(アストラル・)容量(キャパシティ)》を消耗するだけだ。相手の律結合を解くには、一点の正確さが必要なのに、裁定を起こす最低出力を安定させようとすると刃がブレる!)


 彼の脳裏に、遠い日の父の言葉が蘇る。


「アイク。真の剣とは、力ではない。 揺らぎのない“心”だ。 お前の刃は、荒れ狂う波を割る剣ではない。 静かな湖面に落ちる一滴のように、 一点を見極めて世界を変える刃だ。 力を込めすぎれば、その一滴はただの濁りになる。」


 アイクはハッと我に返った。(そうだ。父さんの言う「揺らぎのない心」は、このスキルの「裁定の精度」に通じる!)

 必要なのは、ただ威力を上げることではない。律式そのものの連続性を断ち切る「裁定の精度」だ。


 アイクは深く、腹の底から絞り出すように息を吐き出した。父から習った剣の型を思い出し、指先に全意識を集中させる。律式が収束する際、空間が圧縮され、焦げ付くような律式残滓の匂いが辺りに立ち込めた。


 アイクは静かに断言する。「《至高(スプリーム)法典(・コード)》は……破壊じゃない。裁定だ!」


 アイクは、「ガンザイが発動させた律結合」を『違法』と裁定した。彼の腕に凝縮された青白い律式は、それまでの拡散的な光から一転、絶対零度の光の線へと収束した。

 刃は、ガンザイの能力の根幹である律結合の干渉境界を、わずか原子の層一枚分の誤差で断ち切った。


「な……っ! まさか、結合のスキルを……!」

 ガンザイは絶叫する。


 結合を断たれたガンザイの硬化能力は一瞬で無効化された。

 防御を失ったガンザイは、アイクの圧倒的な能力の前にもはや抵抗できず、アイクが能力を開放して放った《(れっ)(くう)》によって、巨大な岩塊が崩れるかのように無数の断片へと切り裂かれた。


 ドォオオオオオン!


 凄まじい轟音とともに採石場の崖の一部が崩落し、広大な破壊の跡が残った。


 アイクは地面に膝をついた。能力の極限制御で、精神は疲労していたが、致命的な消耗ではない。


「クソ……ヤマトの奴なら、もっと《星幽(アストラル・)容量(キャパシティ)》の効率を考えて戦うだろうに」

 アイクは苦笑する。


 アイクは汗を拭い、立ち上がった。

 その時、採石場の入口、崩落した岩石を避けるようにして、静かに一人の少年が立っていた。それは、ヤマトだった。


 ヤマトは、目の前で繰り広げられた山の崩壊と、疲れ果てたアイクの姿、そして律式の過剰使用による空間の歪みを瞬時に把握した。ヤマトはアイクの剣柄に結ばれた白い花を視界の隅で認めた。


「これが、アイクの『試練』か。勝利は揺るがない。だけど、力の効率化という視点で見れば、改善の余地があるね」

 ヤマトは淡々と分析する。


 アイクはヤマトを見上げ、力なく笑った。


「わかってるよ、計算式。とりあえず、帰ろうか」


 ヤマトは静かに、彼の勝利の痕跡である巨大な破壊の跡を見つめた。

(アイクは効率とは無縁の爆発力で世界をねじ伏せることができる。それが、俺にはない強さだ。それに加えて繊細なコントロールまでできるようになれば――)


 ヤマトの知性による効率と、アイクの能力特性による非効率な力。


 二つの試練は、今、ここに交差した。


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