8話 「ヤマトVSカガミ(A級)」
本日2話目です。
ヤマトが向かったのは、宿からそれほど遠くない、寂れた倉庫街だった。夜の闇と、立ち並ぶ鉄骨の影が、人目を避けたい異能者には最適な場所だ。
依頼主の報告によれば、この倉庫街は高額な裁定級(A級)の賞金がかけられた律違犯者の隠れ家となっている。
律違犯者とは、世界の法則たる律に反する行為で秩序を乱した罪人のことだ。カガミは以前、帝都近郊で「第五管区・時流消失事件」を引き起こし、自身の再試行の失敗により、その一帯の時系列の連続性を破壊したことで、最高危険度の律違犯者とされた経緯がある。
カガミの能力は時間律の《反復》と推測され、その乱用により律式の流れが不安定になっているという。壁には同じ場所に何度も衝突したような焦げ跡が残っていた。
ヤマトは倉庫の陰に身を潜め、周囲の僅かな律式の乱れを感知しようと集中した。律式は“律”を利用する技術だ。その乱れは、異能者が能力を使った痕跡を示す。
依頼情報:「対象の行動は、何度も繰り返される」。それだけが、ヤマトが能力について持つ、唯一の具体的なヒントだった。
「繰り返される……か」
彼の心臓がゆっくりと鼓動を打つたびに、視界の隅に前世の記憶がフラッシュバックする。
(――律式の乱れは、時間律の局所的な反復を示している。彼の能力は『時間遡行』、すなわち自身の失敗を繰り返す能力である可能性が最も高い)
「これ……まるで、昔ゲームで見た『パターン学習型ボス』の挙動だ」
ヤマトの脳内で、時間操作を持つ敵キャラクターの攻略パターンが戦術データのように展開される。
「もし時間操作なら、彼の行動は失敗を繰り返すたびに効率的になっているはずだ。こちらが一度目の観測で、彼の失敗の痕跡を読み取れれば、対策は可能だ」
その時、倉庫の扉が開き、顔の下半分を特徴的な布で覆った男が飛び出してきた。
「見つけたぞ、逃げ回る異能者め!」
カガミは周囲を確認する間もなく、律式に介入し、その流れを局所的に加速させて圧縮した衝撃波(圧縮衝撃)をヤマトの潜む倉庫の影に向けて放った。
ドォン!
ヤマトは間一髪で回避するが、その攻撃は逃走ではなく、確実に「排除」を目的としていた。
ヤマトは隠れたまま、カガミの攻撃と回避行動を脳内に記録した。男はそのまま跳躍し、正面の窓を破って逃走する、というパターンだ。
(今の攻撃は、完全に無駄な行動だ。A級の異能者が確認を怠り、攻撃を切り上げるのは非効率的すぎる。“確認する必要がない“ということは、一度目の試行ではない!)
ヤマトは動かない。周囲の律式の乱れは、カガミが能力を起動するたびに、時間の連続性を歪めていることを示していた。その歪みの強度から、ヤマトの《記憶階梯》による推察では、カガミが少なくとも二回以上、失敗を繰り返していると判断した。
カガミはヤマトを排除しきれないまま、倉庫の陰へ向け苛立ちの表情を隠し、時間を巻き戻した。
カガミは三度目の試行で脱出と排除に失敗し、時間を巻き戻した。そして四度目。
(このルートは計算済みだ。律の流れを最適化し、奴の回避先も潰した。四度目で必ず成功させる!)
カガミは倉庫の扉から跳び出し、先程よりも精度を上げた圧縮衝撃を放ちながら、脱出ルートを確保しようとする。
カガミの《反復》は、失敗した行動を“経験値”として蓄積する。 そのため、試行を重ねるほど行動は洗練されていく。
「逆に読みやすい!今度こそ、逃がすもんか……!」
ヤマトは、カガミが四度目の試行に入ったことを察知していた。
(来る。奴の行動パターンは……この角度、この速度なら、回避率98%。いや――)
ヤマトの脳内で展開されていた戦術データが一瞬、熱を帯びたノイズのように乱れた。カガミの能力は、ヤマトの予測のさらに先、つまり予測の予測すら上書きしてくる。A級の知性は、単なる逃走ではない。
「ぐっ……!」
ヤマトは咄嗟に体を捻り、圧縮衝撃を紙一重で回避したが、その余波として生じた時間の歪みが、ヤマトの頬を僅かに切り裂いた。
「どうした、計算通りじゃないのかよ、小僧!」
カガミは畳み掛けるように、律式干渉による《時間歪曲弾》をヤマトの足元に仕掛け、一気に距離を取ろうとする。
「(違う。単なる最適解の予測では、間に合わない。能力そのものを無効化する、より複雑な座標を計算する必要がある!)」
――未来座標――
ヤマトは《記憶階梯》を限界まで稼働させ、《未来座標》を発動させる。
彼の視界は無数の数値と予測線で埋め尽くされ、脳内温度が急激に上昇する。
十歳の肉体に、前世の膨大なデータ処理を無理やり詰め込んでいるのだ。
ヤマトは迫りくる《時間歪曲弾》を、父の剣術の記憶を頼りに回避しつつ、呼吸すら忘れて計算を続けた。カガミは距離を取りながら、ヤマトの回避行動に合わせた再々最適化された攻撃を連射する。
「(カガミの《時間遡行)》が律に干渉できる『律式の時間軸干渉境界』、その限界座標を叩く……! 律式の流れから逆算……半径12.5メートル……そしてその外側にある鉄骨……)」
ヤマトは激しい頭痛に耐え、血の味がするほど奥歯を噛みしめた。この計算は、能力が許す限界であり、肉体が耐えられる限界だった。
「残念ながら、そのルートは五度目の失敗になるはずだった」
ヤマトはそう告げると、カガミの進行方向とは全く逆の方向へ向かって、律式を放つ。
ヤマトの能力《記憶階梯》は、「過去の失敗」を糧に「未来の最適解」を導き出す。彼の律式は攻撃ではなく、カガミの能力が干渉できる律式の限界座標を打ち破る『破壊信号』だった。
ヤマトの律式がカガミの背後の鉄骨に当たる。律式は鉄骨を貫くが、その瞬間、カガミの身体に激しいフィードバックが走った。
「ぐっ……!? 律が……戻らない!?」
カガミの《時間遡行》は、「律式の時間軸干渉境界」の外側にあるものには干渉できない。ヤマトは、自身を犠牲にする覚悟で膨大な演算を完了させ、カガミが「やり直し」を試行するであろう未来の座標を計算し、事前に干渉限界の壁を破壊したのだ。
ヤマトの脳裏には、「カガミの能力干渉範囲は半径12.5メートル。この座標なら、巻き戻しは不可能。ヤマト・ゼラントス、確率100%で勝利。――これが、俺の『裁定』だ」という、前世の戦術データに基づく数値が浮かんでいた。
律式の限界を破壊されたカガミは、もはや時間を巻き戻すことができず、四度目の試行の失敗という「現在」に固定されてしまった。
「もうスキルによる《反復》はできないな」
「なぜだ!? なぜ俺の失敗が、お前にわかる!?」
ヤマトは静かに、アイクから借り受けた捕縛用の道具を構える。ヤマトは頭痛で全身が震えていたが、その瞳の光は少しも揺らがなかった。
「お前の能力が、律に残した痕跡を見た。律は、この世界の法則だ。法則を弄ぶことはできるが、法則への干渉は、必ず痕跡を残す。その痕跡こそが、俺の知性に残された『データ』だ」
ヤマトはカガミを捕縛した。その一連の行動は、数分間に及ぶ死闘と情報戦の末に、事前に完璧にプログラミングされた戦術のように完了した。
ヤマトは捕縛したカガミを依頼主に引き渡し、高額な裁定級(A級)の報酬と、次の目標に関する情報を得た。
(この勝利は、俺の知性の正しさを証明した。だが、こんな小細工は、ゼラントス家の襲撃
者である序列一位のグラヴィス・レーンには通用しないだろう)
ヤマトは、カガミ戦で得た教訓を、新たなデータとして脳内の『知識の階層』へ蓄積する。
「アイクの『試練』は、南東の山岳地帯。俺の『試練』は、この街で完了だ」
ヤマトは、アイクと合流するため、南東の山岳地帯へ向かって歩き出した。
彼の瞳は、次に待ち受ける世界の法則を解き明かそうと、静かに光っていた。
次はアイク戦になります。




