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龍痣の少女と断罪の双子― IYK物語 ―  作者: ヤニコチンタール人
第1章 【龍痣を背負った妹を追って】
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5話 「兄弟のスキル発動」

 日が傾き、空が赤く染まり始めた頃。アイクとヤマトは、当てのない旅路を下流へ向かって歩いていた。


 妹の痕跡を追う旅は、手がかりもないまま時間だけが過ぎていく。風は冷たく、地面は乾いている。


「そろそろ宿を探すか」

 アイクがそう言うと、ヤマトは地図を見ながら首を振った。

 アイクは懐を探ったが、虚しい感触だけが指先に伝わる。ようやく金がないことに気づく。


「金、ねえな」

「当たり前だが俺もだ」

 二人は顔を見合わせ、盛大にため息をついた。


 暗くなる前に、付近の大きめの街へ入ることにする。

 街の名は”バルド”というらしい。


 門をくぐると、槍を持った門番に呼び止められた。

「旅の者か。名と目的を記してもらおう」

 差し出されたのは、墨で書かれた入域記録簿。筆と和紙が並び、名前や目的を記入する。

 アイクは眉をひそめながらも、黙って名を書いた。

 ヤマトは慣れた様子で「探索」と記す。


 門番は記録簿を巻き、印を押して通行を許可した。「グラシア伯爵領へようこそ。規律を守る限り、滞在は自由だ」

 門をくぐると律式の光が柔らかく二人を迎えてくれた。


「金を稼ぐ手段、あるか?」

 歩きながらアイクの問いに、ヤマトは一枚の木製看板を指差した。


 《バウンティ・ハンター登録所》――帝国認可の賞金組織。討伐・確保・情報提供によって報酬が得られる制度。シアリー直轄。律違反者や反制度組織の情報が紙帳簿で管理されている。


 登録所の空気は重かった。剣を研ぐ音、墨の筆が走る音、低く唸る声。

 壁際には、討伐専門の傭兵たちが無言で座っていた。鎧の隙間から覗く傷跡が、彼らの経歴を物語っていた。


 一方、奥の机では、地図を広げた探索者が筆を走らせていた。

「《カゴノトリ》の拠点、昨日は南の廃村にいたらしい。足跡と焚き火の痕があった」

 明らかに軽装な男は討伐には向かないが、情報提供だけで賞金を得ているらしい。


 アイクは傭兵たちを一瞥し、ヤマトは探索者の報告書に目を留めた。

「……俺たちは、両方やれるな」

「ああ。だが、まずは剣で黙らせる方が早い」


「アイク、まずは情報の整理だ」

 ヤマトは掲示板のランク表を指差した。


「バウンティハントのランクは、律への脅威度で決められている。賞金額は、そのまま危険度と資金調達の効率に直結する。

 まず、軽微な違反で生活費程度の報酬の『見習級(F~E級)』

 そして、一般の賞金首で旅費稼ぎになる『追跡級(D級)』」

 さらに、組織の確保が中心となる『確保級(C級)』と続く」


「そして、高額な賞金がかけられた危険な単独異能者が中心の『討伐級(B級)』、

 その先が『裁定級(A級)』だ。裁定級は、律違犯者の中でも特に高度な能力を持ち、俺たちが目指すべき当面の目標だ。報酬が高く、能力に関する情報も得やすい」


「最高位が『断罪級(S級)』これは帝国の中枢にまで影響を及ぼすような化け物で、今の俺たちには手を出すべきではない。

 効率を考えれば、まずは『追跡級(D級)』あたりで肩慣らしと情報収集だ」

 ヤマトは冷静に分析し、アイクは感心する。


 そしてヤマトは受付に並び、羊皮紙の登録用紙に筆を走らせた。

 アイクは無言で署名し、剣を背負ったまま賞金対象一覧の紙束をめくる。

 その中に、目を引く項目があった。


 《人さらい組織カゴノトリC級:討伐・確保・情報提供対象》

 活動範囲:バルド南部。

 被害報告:複数。少女の失踪。


「予定よりランクが高いけどこれにしようか」

 先ほど聞こえてきた組織名を確認すると、アイクが短く告げた。ヤマトは頷く。


「妹とは関係ないかもしれない。でも、放ってはおけない」

 南部へ向かった二人は、ある気配を察知した。

 そして悲鳴が響いた。少女の声。静寂を裂くような、切実な叫び。

 二人は走った。


 そこには、高価そうな馬車を襲撃する人さらい集団と、次々と倒れていく護衛たちの姿があった。


「まずはスキルなしでいくぞ」

 アイクが言い、剣を抜いた。ヤマトは頷き、手にした剣を構える。


 敵の数は二十人前後。だが、二人にとっては問題ではなかった。

 アイクは拍子抜けした顔で次々と敵を倒していく。剣の軌道は無駄がなく、敵の動きはすべて見切られていた。


 一方ヤマトは一瞬、前世の記憶を思い出す。人を殺すという行為に、わずかな戸惑いを覚えながらも、冷静に動いた。


「実戦はやはり勉強になるな」

「なんか、手ごたえがなかったな」

 アイクが呟き、ヤマトが答える。


「人数差があったとは言え、護衛も倒しているんだ。

 それなりの強さのはずなんだがな……訓練をつけてくれていた父上は相当強かったんだな。」


「ましてや……あのヤロウとは比べ物にならんな」

 アイクが吐き捨て、剣を振るう。



「そろそろスキルを使うか」

 残り半数になったところで、二人はスキルを解放する。


「や、やるじゃねーか」

 追い詰められた人さらいのボスが、焦燥に駆られた声で叫んだ。

 その手には、直径一メートルを超す真紅の炎の球が急速に形成されていく。

 凄まじい熱量を撒き散らしながら、それがアイクに向かって放たれた。


 しかし、アイクが剣を構えた瞬間、周囲の空気が一瞬で“沈黙”した。

 風が止み、音が消え、“律”の流れそのものが一瞬凍りついたように感じられる。


 ――《(れっ)(くう)》――


 剣が振るわれると、空間が文字通り“断たれた”。


 その一閃は、炎の球の直前で空間に深紅の亀裂を生み出した。

 通過しようとした亀裂に触れた炎の『熱』という法則が、絶対的に無効化される。


 ゴォという轟音はそのままに、球体から突如として熱と光だけが消失した。

 灼熱のはずの炎は、一瞬でただの黒い煤の固まりへと成り果て、勢いを失い地面に落ちて崩れた。


「ば、馬鹿な……!?」

 火球を無効化され、絶句するボス。


 一方、ヤマトは残りの残党たちへ向かっていく。


 敵が一斉に動いた。

 十人の人さらい――それぞれが刃を振り上げ、ヤマトを囲む。


 ヤマトは目を閉じた。

 その瞬間、頭の中に“十通りの記憶”が走った。


 ――《多重(たじゅう)演算(えんざん)》――


 父の剣。兄の跳躍。かつて見た屋敷の騎士長の回避。

 それらが、同時に再生される。


 ヤマトの瞳が開く。

 その奥には、十の記憶が並列に走っていた。


「……十人か。なら、十通りの“過去”を再生する」

 敵の一人が突き出した剣。

 ヤマトは、かつて父に教わった“紙一重の避け方”を再現し、刃を肩先でかわす。


 二人目が背後から跳びかかる。

 ヤマトの足が、兄の跳躍をなぞるように地を蹴り、空中で回転する。


 三人目が横から斬りかかる。

 ヤマトの腕が、騎士長がかつて見せた“回避の癖”を再現し、刃を滑らせる。


 四人目、五人目――

 それぞれの動きに、ヤマトは“記憶された誰かの動き”で応じていく。


「全部、俺が“見てきた”動きだ。だから、全部、俺の中にある」

 敵の動きが重なる。


 ヤマトの身体が、十通りの記憶をなぞるように動き、空間を裂く。


 一人、また一人と崩れ落ちる。

 ヤマトは、ただ“記憶された最適解”をなぞっていただけだった。

 最後の一人が震えながら後退する。


 その背後に、アイクが静かに立っていた。


 ヤマトは息を吐いた。

 十通りの思考が収束し、静寂が戻る。


「残り一人になったな」

 アイクが言い終わる前に、人さらいのボスが震えながら叫んだ。


「た、たすけてくれ……」

「こいつがボスっぽいな。一応情報を引き出す為に、殺さないで突き出すか」

 アイクはそう言うと、剣の柄でボスの頭を打ちつけ、気絶させた。


 馬車の扉を開けると、小さな女の子が怯えた目でこちらを見ていた。

 妹とあまり変わらない年齢だ。


「大丈夫?」

 ヤマトが優しく声をかけると、付き人の女性が深く頭を下げた。


「本当にありがとうございました。リュミナお嬢様も、ぜひお礼をしたいと……」

 宿泊場所が決まっていないと伝えると、女の子が小さな声で言った。


「うちに泊まっていって……お礼がしたい」

 その言葉に、二人は顔を見合わせて微笑んだ。

 その言葉に、二人は顔を見合わせた。

 アイクが小さく息を吐き、ヤマトがリュミナの目を見て静かに言った。


「……それは、本当によろしいのですか?」

 少女はこくりと頷いた。


「では、お言葉に甘えて。ご迷惑でなければ、泊まらせていただきます」

 二人は深く頭を下げた。付き人は微笑み、そのまま屋敷へと案内しようとする。


「すみません、その前に少しだけ」

 アイクは気絶させたボスを引きずりながら、ヤマトと顔を見合わせた。


 まずは捕縛した人さらいのボスを連行し、バウンティ・ハンター登録所へ向かう。討伐報告書に署名し、証人欄に付き人の名を記入。手続きを済ませ、ようやく金を手にした二人は、改めて案内された屋敷を目指した。


 屋敷はゼラントス家よりも大きく、街並みも整っている。ここは《グラシア伯爵家》の本邸であり、バルドの中心に位置する、石造りの屋敷。


 門をくぐると、律式の光が柔らかく迎えてくれた。

「律式か……生活に溶け込んでるんだな」

(……あの家では、律式は“甘え”だった)


「水の生成も律式でできる人もいるはずなのに、川まで汲みに行かされてたな」

(それも修行とか言われて)

 強さを求めて律式の使用も最低限だった実家との違いを感じるヤマト。


 だが、今の二人はその名を名乗ることはできなかった。

 そして応接室に通されると、威厳ある男が現れた。


 グラシア家当主、”エルネスト・グラシア”

 背筋の伸びた姿勢と、静かな眼差しが空気を引き締める。


「本当にありがとうございました。お名前を伺っても?」

 アイクは一瞬、言葉に詰まった。

 ヤマトが静かに答える。


「ヤマトです。」

「ア、アイクです。」

 二人はあえて家名を名乗らなかった。


 何か言いたげな雰囲気だったが、エルネストは何も言わずわずかに頷いた。


「分かりました。ごゆっくりお過ごしください。この家は、恩を忘れません」

 その言葉に、アイクは深く頭を下げた。

 ヤマトも静かに礼を返す。


 グラシア家の浴室は広く、石と木で組まれた静かな空間だった。

 湯は律式によって温度と香りが調整されている。

 だが、そんな贅沢さよりも、静けさが心に染みた。



 ヤマトは湯気の中で目を閉じた。

 妹のこと、亡くなった両親、燃えた家。

 記憶(メモリ・)階梯(アセンド)が静かに開き、過去の断片が浮かび上がる。


 かつて父と剣を交えた訓練場。

 紙一重で避けた、あの一瞬の感覚。

 今も、身体が覚えている。


「……あの時と同じように」

 湯の中で、ヤマトの指がわずかに動いた。

 記憶の中の斬撃が、空気を裂くように再現される。

 涙が頬を伝った。誰にも見られない場所で、静かに、確かに。


 その夜、二人は久しぶりに温かい布団で眠った。

 妹の痕跡はまだ遠い。だが、守るべきものは確かにある。



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