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龍痣の少女と断罪の双子  作者: ヤニコチンタール人
第1章 【龍痣を背負った妹を追って】
4/4

4話 「命の値段」

 帝都から遠く離れた辺境の村。

 朝霧の中、診療所の窓辺に一枚の紙が置かれていた。

 帝国広報紙。

 その一面に、黒々とした告示文が印刷されている。


 《龍痣保持者・カレン・ゼラントスに対する賞金令》

 《所在情報に最大金貨一千枚。生死問わず、即時断罪対象》

 《帝国司法局(シアリー)にて処理を担当》


 診療所の外では、村人たちが広報紙を囲んでいた。

 誰も声を上げない。ただ、視線だけがゼラントス家があった方角へ向けられている。

 その沈黙が、言葉よりも重かった。


 その中に混ざりヤマトはその紙を見つめていた。

 指先が震えているのは、寒さのせいではなかった。

「……カレンの命に、値段がついた」

 呟いた声は、誰にも届かないほど低かった。


 金貨一千枚。

 この世界で金貨一枚は、庶民の月収に相当する。

 それが千枚――つまり、妹の命に現代の日本円に換算すると“一億円”の値がついたということだ。


「帝国はもう、“見届ける”気なんてない。殺す気だ……」


 背後で、アイクが紙を覗き込む。

 その瞳が、ゆっくりと揺れた。


「俺が……アイツを倒せなかったから、こんなことに……」

 拳を握りしめるアイク。

 その手は、まだ小さく、震えていた。


「違う。カレンは、まだ生きてる」

「とても5歳とは思えないほど賢い妹だった。」

 ヤマトは静かに言った。


「帝国は“律を壊す因子”を排除する気だ。」

「俺は妹を守るために剣を振った。それが罪だって言うなら――俺がその律を壊す」

 アイクはそう言い顔を上げる。


 その瞳に、決意が宿っていた。

「俺が……守る。カレンを。絶対に」


 ヤマトはその言葉を聞きながら、遠い記憶が開くのを感じた。

 記憶(メモリ・)階梯(アセンド)――前世の記憶が、静かに浮かび上がる。


 葬儀の光景。

 黒い服。泣き崩れる母。

 誰もが“悲しみ”を共有していた世界。


(前世では、家族を失うことは“事件”だった。でも今は、“簡単起きてしまう事実”だ。律が壊れた者は、排除される。それがこの世界だ)


 父も、母も、――もう、いない。

 自分たちだけが残された。

「それでも、守るしかない。この世界が間違ってるなら――いつか、俺が、何かを変えられるかもしれない」

 ヤマトはそう呟き、紙を静かに折りたたんだ。


 診療所の奥、まだ誰もいない部屋。


 ヤマトは荷物をまとめながら、静かに言った。

「この村にも、賞金令は届いた。帝国の広報紙は、律式印刷で全域に拡散される。

 遅くとも三日後には、密告者が動き出す」


 アイクは黙って頷いた。


 その目は、もう迷っていなかった。

「俺が守る。カレンは俺が救う。」

 その言葉には、揺らぎがなかった。


 剣を振るった理由が、今も彼を支えている。


 ヤマトはその言葉を聞きながら、心の奥に沈んでいた感情が、少しずつ浮かび上がってくるのを感じた。


 ヤマトは古びた地図を広げた。

 茶色く焼けた羊皮紙には、大陸の輪郭が手描きで記されている。


 中央には帝都ヴァルメリア。白銀の柱が並ぶ裁極殿の印が、世界の中心であることを示していた。

 その周囲には、旧王国カリヴェル、旧共和国ヴェルディア、旧宗教領セフィリア、そして旧五都連盟――帝国に統合されたかつての勢力の名残が、薄く刻まれている。


 北西の山岳地帯。そこに、ゼラントス伯爵領があった。

「ここだ……俺たちの家があった場所――」

 山脈の縁に位置するその領地は、帝都から遠く離れ、霧と雪に閉ざされた孤地だった。


 帝国の中心から見れば、ゼラントス家は辺境。

 ヤマトは指先で地図をなぞりながら、記憶の底に沈んだ風景を思い出していた。

 地図には、ゼラントス領から南へ流れる一本の川が描かれていた。


 山の雪解けを集め、帝国街道を横切りながら、五都連盟の港町へと続いている。

「妹が逃げたなら、この川沿いだ。


 街道を避けて、村を渡りながら下流へ向かう。

 水と食料が確保できて、追跡者の目も散る。……俺たちも、川を辿るしかない。」

 ヤマトは地図を折り、アイクに目を向けた。


「下流に向かおう。妹の痕跡があるなら、そこだ」


 朝霧が晴れ始め、遠くの山が輪郭を取り戻す。

 ヤマトは荷物を背負い、アイクに向き直る。


「行こう。カレンを探す。この世界がどうであれ――俺たちが、選ぶ」

 アイクは頷いた。

 その瞳に、炎のような決意が宿っていた。


 少しずつ思い出してきた記憶で浮かんでくるのは、前世の妹が描いた似顔絵だった。

「お兄ちゃんは、いつも守ってくれる」

 その言葉が、紙の端に幼い字で書かれていた。


 記憶(メモリ・)階梯(アセンド)――


 前世の記憶が、静かに浮かび上がる。

 妹の誕生日。父の声。母の笑顔。

 守られていた日々。

 何も知らず、何も選ばず、ただ“家族”の中にいた。

「前は、守られていた。でも今は、守る側だ。それが、こんなにも重いとは思わなかった。」

 ヤマトは紙を見つめ、静かに懐にしまった。

 その手は、わずかに震えていた。


 一方、アイクは剣を背負い、前を向いていた。その背中は、以前よりも大きく見えた。

「あいつは俺が、、俺たちが取り戻す」

 その言葉には、揺らぎがなかった。


 剣を振るった理由が、今も彼を支えている。


 ヤマトはその姿を見ながら、思った。

「俺は、前世の記憶がある分だけ冷静に考えられる。

 効率とか合理性とか……そういう“考え方”が身についている。でもアイクは違う。前世なんて知らないのに、“理由”だけで強くなっていく。守るという意志が、あいつを常識という枠外へ押し出している。」


 アイクは剣を抜き、空に向かって一閃した。

 アイクが振り抜いた剣先が、朝霧を裂いた。

 霧が一瞬だけ左右に割れ、細い道のように空間が開く。

 ヤマトはその光景に息を呑んだ。


「……速い」

 ヤマトは目を見張った。

 胸の奥が、わずかにざわついた。

(まただ。あいつは、俺の知らない場所へ先に行く)


「スキルの理解もそこまでできていないはずなのに、なんでそんな動きができるんだ?」

 アイクは剣を収めながら言った。


「わからない。でも、動ける。カレンを守るって決めた時から、身体が勝手に動くようになったんだ。」


 ヤマトはその言葉に、少しだけ嫉妬を覚えた。


 アイクは“魂”で戦っていた。


 だが、自分は知識で戦っている。そしてこれからも合理的・効率的に修練していなければ、

 あっという間に強さが離れてしまうという危惧が生まれた。


 この旅は、妹を探す旅であると同時に――

 兄弟が“何者になるか”を決める旅でもあった。


 そして二人は診療所を後にした。

 賞金令が世界を動かす前に、妹を見つけるために。


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