表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍痣の少女と断罪の双子― IYK物語 ―  作者: ヤニコチンタール人
第1章 【龍痣を背負った妹を追って】
23/23

23話 「決着」

 大武会の熱狂は、最高潮に達しようとしていた。

 アイクの放った一撃は、グエンを吹き飛ばすだけに留まらなかった。待機所の頑強な石壁に穿たれた巨大な風穴は、本来“隔離”されていたはずの参加者たちと舞台を、物理的に繋いでしまったのだ。


 遮る壁は消失した。アイクが壊したその巨大な穴の向こう側から、すべての参加者の、そして観客の視線が、次戦を控えたヤマトへと一斉に注がれる。

 今や、誰がどのような戦いを見せるのかを、会場にいる全員が遮るものなく目撃できる状態になっていた。


(……これじゃ、隠し通すことも、独り静かに備えることもできないな)


 ヤマトは淡々とそう思考を整理すると、粉塵の舞う風穴を通り抜け、舞台へと歩み出た。

 その傍らを、肩で荒い息をつくアイクが通り過ぎる。スキルという補助を一切使わず、己の肉体だけで物理限界を超えた代償は重く、アイクの右腕は微かに震え、その瞳にはどす黒い疲労の色が滲んでいた。

 アイクはかろうじて舞台を降り、瓦礫の山となった待機所へと戻っていった。


 アイクが去り、どよめきが残る舞台。立会人である剣神カゲツが、静かに右手を挙げた。 「――次なる戦いを。影神ヌイ、前へ」


 “スッ……”と。

 そこに初めから存在していたかのように、舞台中央に影神ヌイが立っていた。

 予兆なきその出現に、観客は息を呑むことさえ忘れた。


 カゲツは鋭く手魄を打つ。

「――始めいッ!」


 合図と同時に、ヤマトの全神経はヌイという存在へと向けられた。

 ヌイの動きには一切の予備動作がない。地面を蹴る音も、衣擦れの音すらもなく、気づいた時にはヌイがヤマトの死角に滑り込んでいた。


「……っ!」

 ヤマトは背筋を走る悪寒を頼りに、即座に身を沈めた。頭上を鋭い風が通り抜ける。ヌイの手にした、取り回しを優先した短剣が空気を切り裂いた音だ。

 ヌイの敏捷性はグエンを遥かに凌駕し、その斬撃は針の穴を通すような精密さでヤマトの急所を狙い澄ましていた。


(この人……本気で殺しに来ている。技でも流派でもない、“生き方”そのものが刃だ)


 スキルによる解析は封じられている。今のヤマトにできるのは、相手の四肢の動き、視線の先、筋肉のわずかな強張りを“観察”し、反射的に肉体を対応させることだけだった。


(重心の移動を消しているんだ。……なら、一挙手一投足を見逃すな。この人の『リズム』を盗み取るんだ……!)


 ヌイは黒い衣を翻し、舞台上の夕陽がつくる“影”に紛れるようにして断続的に迫る。それは律に依存する行動やスキルではなく、極限まで磨き上げられた敏捷性と、無駄を削ぎ落とした装備による超人的な身のこなし

 対するヤマトは、水月流の“柔”をその身で体現しようとしていた。

 ヌイの矢のような刺突に対し、ヤマトは最小限の体捌きで回避を繰り返す。


 だが、回避だけでは限界があった。ヌイの速度が一段階跳ね上がり、ヤマトの頬に赤い線が走る。


(……避けるだけじゃダメだ。この速度を『殺さなきゃ』勝機はない!)


 ヤマトは回避の最中、アイクが破壊した待機所の壁際を掠めた。足元に転がる石灰質の瓦礫を密かに拾い上げると、掌の中で握り潰し、さらに微細な粉末へと変える。


(アイク、お前が壊したこの壁……利用させてもらうよ!)


 ヤマトはあえて自分から一歩深く、ヌイの間合いへと踏み込んだ。

「そこだ……!」

 ヤマトは掌に隠し持っていた“白い塵”を、至近距離からヌイの足元へ叩きつけた。


 パッ、と舞台に舞った微細な石粉が、ヌイの黒い装束に付着し、その輪郭を浮き彫りにする。背景の影に溶け込む隠密術を物理的に無効化され、ヌイの動きに一瞬の停滞が生じた。


 ヤマトは最短距離で短剣を突き出した。

 ガツッ!

 金属同士が噛み合う重い衝撃。ヤマトはヌイの神速の斬撃を、初めてその正面で真っ向から止めてみせたのだ。


「おおおおおおっ!!」


 静まり返っていた会場から、割れんばかりの歓声が巻き起こった。誰もがこの信じがたい少年ヤマトによる影神ヌイの攻撃阻止に熱狂し、少年アイクVS鬼神グエン戦の結果の再来を予感し、視線を舞台の中央へと釘付けにした


 ――その瞬間だった。


 極限の盛り上がりを見せる会場の、誰の目も届かない“死角”から、不吉な影が躍り出た。


 標的は、戦っているヤマトでも、見守るアイクでもない。観覧席の中央に座す、将軍だった。ヌイの一番弟子、ルエット。その手には、暗器が握られていた。

 歓声に紛れ、暗殺者の刃が将軍の喉元へと迫る。


「――終わりだ。この国の歪んだ静寂と共に、消えろ」


「……っ!」

 壁の穴からそれを見ていたアイクが、反射的に駆け出そうとする。

 だが、限界を超えて酷使された肉体は思うように動かない。一歩目を踏み出そうとした瞬間、右足の筋肉が激しく痙攣し、アイクはその場に膝をついた。


 刃が将軍を裂く寸前、一閃の火花が闇を薙いだ。


 ガギィィン!!

「……させないっ!」


 間に割って入ったのは、ミヅキだった。《水月流・瞬月》を極限まで引き絞り、彼女は自身の肉体を盾にするようにしてルエットの刃を弾き飛ばした。

 衝撃でミヅキの肩口から血が噴き出すが、彼女はその激痛を意志でねじ伏せ、眼前の敵を睨み据える。


「ミヅキ……!」

 膝をついたまま、アイクがその名を叫ぶ。

 会場は一転して混沌の渦に叩き落とされた。将軍の警護兵たちが一斉に動き出し、観客の悲鳴が闘技場を揺らす。


「……興が削がれたな」

 ヌイの低く冷徹な声が、ヤマトの耳を打つ。ヌイは背後のヤマトを振り返ることすらなく、視線をルエットへと向けた。


「ルエット。我が影を汚した報いは、奈落で受けよ」

 ヌイの体が墨汁に溶けるように地面へと沈み込む。試合は強制的に『中止』となった。

 ヌイはそのまま、逃走を図るルエットを追って、影の底へと消えていった。


 静寂が戻った舞台の上で、ヤマトは真っ先に駆け出した。向かう先は、血を流して膝をつくミヅキのもとだ。


「ミヅキ! 大丈夫か!?」


「あ……ヤマト。ええ、なんとか。少し、掠めただけ……っ」


 強がるミヅキの肩口からは、痛々しく鮮血が滲んでいる。遅れて、激痛に顔を歪めたアイクも瓦礫の穴から這い出るようにして二人のもとへ辿り着いた。

 アイクはまともに動かない足を引きずり、ミヅキの無事を確認すると、安堵からその場に崩れ落ちた。


「……申し訳ない、ミヅキ。俺が、動けなかったから……」


「なんてことはありません、アイク様。……むしろアイク様があの壁を壊してくれたから、私はここから全部見て、間に合わせることができました」


 ミヅキは力なく笑い、ヤマトの手を借りて立ち上がる。

 その時、周囲を固めていた警護兵たちが左右に分かれた。現れたのは、暗殺の刃を突きつけられた直後とは思えぬほど、泰然自若とした佇まいの将軍だった。


「……見事な連携であった。皆の者よ、其方の壊した壁が、結果としてミヅキの視界を拓き、ヤマトよ、其方の執念が会場の目を引きつけ、ルエットの焦りを生んだ。そしてミヅキ、其方の剣が、不忠の刃を遮った」


 将軍は三人の若者を等しく見据え、深く、重みのある声で告げる。


「其方たちの奔放な『武』、しかと見届けた。後日、城へ参れ。特別賞として、其方たちを改めて饗応しよう。それまでの間、その傷を癒やしておくが良い」


 観客席からは、将軍に認められた三人の英雄を称える、地鳴りのような歓声が沸き起こった。アイクとミヅキは照れくさそうに、あるいは誇らしげにその声を受け止めている。だが、その輪の中にいながら、ヤマトの心だけは別の場所にあった。


(城へ招待……。そこでなら、カレンを連れ去った連中の正体や、彼女が今どこで、何に巻き込まれているのか……その端緒が掴めるかもしれない)


 ヤマトは将軍に深く頭を下げながら、その瞳の奥に、かつての無邪気さとは異なる鋭い光を宿していた。


 数日後。城での拝謁を行う前夜。

 ヤマトは一人、港に立ち、大陸へと続く黒い海を見つめていた。


 一人は、武の極地を往く、銀白の剣。

 一人は、理の支配を狙う、深緑の知。


 ヤマトの瞳には、もはや迷いはない。

 彼は静かに背を向け、まだ見ぬ大陸の闇へと、最初の一歩を踏み出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ