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龍痣の少女と断罪の双子― IYK物語 ―  作者: ヤニコチンタール人
第1章 【龍痣を背負った妹を追って】
19/22

19話 「動く影」

 ヒナカミの都に足を踏み入れた三人を迎えたのは、天を突く断崖絶壁と一体化した荘厳な“ヒナカミ城”だった。


 純白の石壁が朝陽を浴びて輝き、黒鉄の装飾が鋭く影を落とすその姿は、気高く翼を広げた白鷺と、天空にそびえる峻険な岩山を思わせた。

 切り立った巨岩をそのまま石垣に取り込み、山そのものが武装して立ち上がったかのような実戦的な美しさ。

 城壁の一つひとつに刻まれた封印の紋様は、律のないこの地で育まれた禁忌の理を体現し、侵入者を静かに拒絶する殺気を放っていた。


 ヤマトはそれを仰ぎ、異世界の記憶に重ねざるを得なかった。

(……姫路城の優美さと、備中松山城の孤高な峻険さを併せ持っているようだ。だが、それ以上だ。この城は、ただの要塞じゃない。封印の檻そのもの……カレンを縛る鎖の源が、ここにある)

 アイクは拳を握りしめ、ミヅキは静かに息を吐いた。


 三人は城下の喧騒へと足を進め、大武会の熱気に飲み込まれていった。


 登録確認を済ませると、三人はすぐに別々の控室へと案内された。

 この大会の厳格なルール――対戦相手の情報は一切与えず、事前の対策を封じる。

 勝利条件は「場外」「気絶」「棄権の宣言」。

 そして、命に危機が及んだ場合のみ立会人が介入する「立会人判定」のみ。

 公平を極めた、冷酷な武の舞台。


【ヤマトの控室】

 石造りの冷たい部屋。壁の湿気が肌にまとわりつく。

 ヤマトは壁に背を預け、深く息を吐いた。

 解析スキルを封じられ、相手の情報はゼロ。

 頼れるのは、水月流で体得した「流れ」の感覚だけ。


(怖くはない。でも、この静寂が……心を削るようだ)

 壁一枚隔てた隣室に、アイクとミヅキの気配を感じ取る。

 双子の絆が、かすかな安心を与えてくれた。

 ヤマトは目を閉じ、無意識の解析を呼び起こす。

 自らが源流となる流れを、脳裏に繰り返し描き続ける。

(カレン……もう少しだ。必ず、迎えに行く。ミヅキも、アイクも……みんなで)


【アイクの控室】

 アイクは狭い室内を猛獣のように往復していた。

 溢れる剛の力が、拳を握るたびみしりと音を立てる。

(待ってろ、カレン……。この剣で、あの封印の鎖をぶち壊す。

 あと少しだ。あと、少しで将軍家の懐へ――)

 ヤマトの緊張が、自分の胸にも響く。

 ミヅキの静かな決意も、かすかに伝わってくる。

 アイクは短く笑い、愛刀の柄を強く握りしめた。

「負けんなよ、ヤマト……ミヅキも。俺たち三人で、全部ぶち壊すんだからな」


【ミヅキの控室】

 ミヅキは静かに座り、木刀を膝に置いていた。

 父の教えが、胸に蘇る。

(父上……この剣は、私のものになりました。

 お二人のためにも、父上の教えを、水月流の強さを証明するためにも……勝たなければ)


『――開門ッ!!』


 巨大な陣太鼓が地響きを立て、大武会の幕が開いた。

 観衆の怒号が嵐のように降り注ぐ中、正面の特等席にはヒナカミ将軍家が着座。

 その傍らに、立会人として剣神カゲツが静かに腰を据えていた。


 第1試合:アイク・ゼラントス。

 相手は長槍使いの猛者。巨漢で、槍の穂先が陽光を浴びて不気味に輝く。

 観衆の歓声が沸き起こる中、アイクは静かに構えた。

 刺突が連続で襲う。風を切り裂く音が、舞台に響く。

 アイクは水月流の「柔」でわずかに受け流す。

 槍の勢いを借り、溜まった運動量が爆発的な加速へと転換――「動的な剛」。


(今だ……! 力を爆発させる!)

 踏み込み一歩で石畳を粉砕。

 木刀の一閃が槍を叩き折り、衝撃波だけで相手を舞台外へ吹き飛ばした。

 巨漢の体が宙を舞い、地面に叩きつけられる音が響く。


 観衆がどよめく。

「なんだあの速さは!」「一撃で……!」


「勝者、アイク!」

(……ふむ。柔を剛の道としたか。力任せの域を脱したな。だが、まだ本質の圧砕剛が眠っている……)

 カゲツは静かに喉を鳴らし、満足げに頷いた。


 第2試合:ヤマト・ゼラントス。

 相手は双刀の迅捷な剣士。刃が二本、嵐のように襲う。

 連撃がヤマトの周囲を包み、逃げ場を塞ぐ。

 ヤマトは、水が岩を避けるように全ていなし。

 一瞬の隙を突き、吸い込まれるような軌道で峰打ちを頸動脈へ。

(流れ……俺自身が、源流だ。相手の刃を、飲み込む!)

 相手の目が見開かれ、刀を握ったまま崩れ落ちる。


 観衆が息を呑む。

「あのいなし方……水みたいだ」「完璧すぎる……」


「勝者、ヤマト!」

(……良い。自らが流れの源流となったか。影すら捉えられる域だ)

 カゲツの目に、静かな期待が宿る。


 第3試合:ミヅキ。

 凛とした佇いで舞台に立つミヅキ。

 相手は重武装の斧使い。巨斧が振り下ろされるより早く、ミヅキは一歩。

 父の教えを基にしながら、彼女だけの「速さ」――水月流の変種、「影月一閃」。

 刀が残光を残し、相手の喉元で止まる。

 相手は斧を振り上げた姿勢のまま、凍りついた。


 観衆が沸騰。

「あの速さ……すごい!」「あれが剣神カゲツの娘か!」


「勝者、ミヅキ!」

(……ミヅキ。お前自身の速さを選んだな。父の教えを超える日が来たか)

 カゲツは親の顔で、優しく目を細めた。


 勝利の余韻が冷めやらぬ舞台裏。

 三人が移動の合間に顔を合わせた瞬間――


 観衆の歓声が一瞬途切れた。

 将軍家の特等席へ向かう通路の影で、何かが動いた。

 洗練されつつも素早く、観客の視線を避けるように、建物と建物の隙間を縫う人影。

 笠を深く被り、無駄のない歩み。

 ヒナカミの街で感じたあの気配――喧騒から隔絶された静けさ、殺気の影が、再び現れた。

 人目を避け、城の裏手にある古い塔の屋根へ滑り込むように移動。

 遠くから将軍席を狙う位置――大会の喧騒に紛れ、誰も気づかない死角。


 ミヅキの瞳が見開かれる。

(……今! 警備が試合に集中している今、あの影は建物の中から、遠く将軍席を狙っている……! このままでは……)


 彼女は静かに息を吐き、決意を固めた。

「……棄権します。私は、影を追います」


「待てよミヅキ! 危ない、一人じゃ――俺も行く!」

 アイクが肩を掴む。


「俺も行く。三人で向かった方が……」

 ヤマトも続ける。


 だが、ミヅキは二人の手を、静かに、しかし毅然と振り払った。

 彼女の瞳は、揺るぎない覚悟に満ちていた。


「今この時、将軍も観衆も、あなたたちが活躍しているこの大会に釘付け。

 あの影は建物の中から、遠く将軍を狙っている。この瞬間を逃せば……取り返しのつかないことが起きます」


(……父上の教えは、守るためだけの剣ではない。あなたたちのために……私が、影の刃を止めてみせます)


「お二人がこの舞台で暴れ、視線を奪うこと。それが、私が影を捉えるための、唯一の道なんです。……信じてください。私を、仲間として」

 ヤマトは拳を握りしめ、言葉を失う。

 アイクは天を仰ぎ、吐き捨てるように息を吐いた。


 そして、ミヅキの頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫でる。

「……分かったよ。絶対に生きて戻ってくれ。必ずしも倒す必要はない。相手の目的を阻止できればそれでいいんだからな。」

 ミヅキは小さく微笑み、頰をわずかに赤らめながら頷いた。


 ミヅキは受付へ棄権を宣言。

 影のように、城内深部へと消えていった。


 表の舞台では、鬼神グエンや影神ヌイという絶対的な壁が、次なる牙を剥こうとしていた。


 一方、城の奥深く、建物の中――誰にも知られぬまま、二つの「影」が激突の刻を迎えようとしている。


 三人の道は、ここで分かれた。

 だが、その絆は、決して断ち切れない。

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