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龍痣の少女と断罪の双子― IYK物語 ―  作者: ヤニコチンタール人
第1章 【龍痣を背負った妹を追って】
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18話 「ヒナカミ御前大武会」

 ヤマトとミヅキが街から戻ると、道場一帯は夜の静寂に包まれていた。

 ヤマトは真っ直ぐに裏の竹林へと向かう。 青白い月光の下、アイクは微動だにせず胡坐をかいていた。

 自身の内に潜む“剛”の本質を問い続けていたその瞳には、かつての荒々しさとは異なる、静謐で深い輝きが宿っていた。


「アイク、修行中にすまない。カレンを救うための『鍵』の在処が判明した」


 ヤマトの声に、アイクがゆっくりと瞼を持ち上げる。ヤマトは、将軍家が「封印術式の確立者」であること、そして彼らが主催する『ヒナカミ御前大武会』が最短の道であることを伝えた。


「封印術式の……確立者か……」 アイクが低く呟く。

 その拳がみしりと音を立てた。

「……フン。そいつがカレンを縛る鎖の鍵を持ってるってんなら、力ずくでその手を開かせるだけだ。そのために、俺はここで力を磨き直してきたんだからな」


「……その戦い、私も同行させてください。私も、この大武会に出場します」


「え!? ミヅキ……お前、本気か?」

 背後から響いた凛とした声に、アイクは驚いたように跳ね起きた。


 ミヅキは一歩前に出て、月光を真っ向から受けて頷いた。

「はい。この道場という箱庭を出て、父上の教えが……私の剣が、この国の猛者たちにどこまで通用するのか試したいのです。それに、お二人が将軍家に近づくなら、ヒナカミの理を知る者の助けが必ず必要になります」


 ……はは、まいったな。足手まといになんて言おうかなと思ったけど、ミヅキのその気合、今の俺より強いくらいだ。……分かった。ミヅキがいれば、俺やヤマトが熱くなりすぎても、冷静に支えてくれそうだしな。頼むよ」

 アイクは鼻を鳴らし、少し照れくさそうに頭を掻いた。


 ミヅキが嬉しそうに微笑むと、ヤマトも優しい眼差しで頷いた。 「アイクの言う通りだね。ミヅキは守るだけの対象じゃなくて、一緒に戦う大事な『仲間』だ。……そうだろ?」 「ああ、もちろんだ。背中は任せたぜ、ミヅキ!」


「威勢がいいのは結構だが、お前たち、この国の成り立ちを知らずに挑むのは無謀というものだぞ」


 不意に、竹林の奥から重みのある声が響いた。カゲツ師範だ。

「話は聞かせてもらった。……ヤマト、お前は立て札に俺の絵があったと言ったな。だが、勘違いするなよ。俺はこの大会には参加せん」


「えっ……参加しないんですか!?」 アイクが拍子抜けしたような声を出す。


「当たり前だ。俺は将軍家の剣術指南役という立場にある。指南役自らが出場して無双しては、大会の公平性が保てんからな。“立会人”として、お前たち全員の戦いを一番近くで見届けさせてもらう。公正な審判を下すのが今大会での俺の役目だ」

 カゲツは当然だと言わんばかりに胸を張った。


「……師範。だったら、なんであんなに大々的に『三神集結』なんて絵に描かれてるんですか?」

 それを聞いたヤマトが、呆れたように口を開いた。


「ハッハッハ! そりゃあお前、『三神』の名が載ってなきゃ祭典が盛り上がらんだろう! いわゆる客寄せのパンフレットみたいなものだ。気にするな」


「……あんな威圧的な絵で、客寄せですか」 ヤマトは溜息をついたが、ミヅキが真剣な面持ちで口を開き、場の空気が引き締まった。


「……ヤマト様、アイク様。将軍家がなぜ『封印の王』と呼ばれるか、その理由をお話しします。かつて龍が暴れた時代、将軍家は皇帝やセリフィアと共に封印術を確立した英雄でした。ですが、その力があまりに強大で、世界の律(理)を乱すと恐れた彼らに裏切られ、この『律のないヒナカミ』へ追放されたのです」


「追放……? 力を削ぐために、何もねえ土地へ追い出したってことか」 アイクの言葉に、カゲツ師範が深く頷く。


「左様。皇帝家は、律がない土地なら封印術は弱体化すると考えた。だが、それは大きな計算違いだった。封印術とは『力を固定する術』。律の流れが存在しないこの地こそ、封印を完成させるための唯一の聖域だったのだ。将軍家は追放という屈辱の中で、逆に術を極限まで進化させ、独自の武芸体系をも生み出した」


「……さて。歴史の講釈はこの程度にしよう。ヤマト、アイク、ミヅキ。その決意、言葉ではなく刃で示してみよ。本戦開催まであと三か月。 それまでにお前たちがどこまで届くか、俺が見極めてやろう」


 カゲツ師範が傍らの木刀を手に取り、スッと中段に構えた。その瞬間、竹林の空気が一変した。まるで見えない巨大な滝の底に沈められたような、凄まじい圧力が三人へと襲いかかる。


「最後だ。三人がかりで来い。一撃でも俺の衣に触れてみせろ」


 最初に動いたのはアイクだった。地面を爆砕する勢いで踏み込み、最短距離で突きを放つ。だが、カゲツはわずか数センチ頭をずらしただけでそれを回避し、アイクの木刀に己の木刀を添えた。

「アイク! 柔は剛を殺すためのものではない。剛の爆発を一点へ、淀みなく繋げるための『道』だ!」

 カゲツが木刀をなぞらせるだけで、アイクの全力の突進は横へと逸らされ、彼は自分の勢いで前のめりに崩れる。


「ヤマト、続け!」

 ヤマトは今の自分にできる限りの集中力を研ぎ澄ませ、水の流れのような軌道で横一文字を放つ。

「ヤマト! 迷いを捨てよ。お前は今、相手に合わせようとしすぎている。だが、流れそのものになるなら、相手と『合わせる』必要さえない。お前自身が流れの源流となり、敵を飲み込め!」

 ヤマトの剣が、岩に当たった波のように霧散させられる。


 そこへミヅキが鋭い踏み込みで父の死角を突く。

「ミヅキ! 父である俺の剣をなぞるな。お前の中に眠る、お前だけの『形』を解き放て!」


 三人は何度も立ち上がり、満身創痍になりながらも師範が放つ底知れない強さの深淵に挑み続けた。十数分後、ヤマトの剣がわずかに師範の袖を掠めた瞬間、カゲツは木刀を引いた。


「……ふむ。十分だ。お前たちの剣に、迷いではなく『覚悟』が宿った。

 ヤマト、流れの源流となれ。アイク、剛の剣を見失うな。ミヅキ、お前だけの誇りを持て。……三か月後、帝都の立会人の席で待っている。将軍の前で、存分に暴れてこい」


 三か月後。三人は予選会場となる帝都近郊の街へと足を踏み入れた。活気溢れる雑踏。

 しかし、ヤマトはある一角で足を止めた。背筋を凍りつかせるような戦慄が走ったのだ。


(……!? なんだ、今の感覚は……。スキルがなくてもわかる。本能が警鐘を鳴らしている……)


 ヤマトの視界の中で、ある一人の人物が歩くその周囲だけ、空気が張り詰めているように感じた。

「……気のせいじゃないな。どっかに、とんでもねえ化け物が混じってやがる」

 アイクもまた、本能的な防衛反応で喉を鳴らした。


 その視線の先、笠を深く被った人影が、音もなく路地の闇へと消えていく。その歩みは、周囲の喧騒から隔絶されたように静かで、無駄が一切ない。


「……あの人……どこかで……?」

 ミヅキが小さく呟き、眉をひそめた。


「ミヅキ、何か知っているのか?」

「……いえ。ただ、あの無駄のない動き。父上が仰っていた、三神の一角である“影神ヌイ”が体現する、隠密と暗殺を極めた武の到達点……それに近い何かを、あの影に感じました」


「……へへ、面白くなってきたな。あんなとんでもない壁が山ほどいるなら、ここに来た甲斐があったってもんだ。な、ヤマト?」

 アイクは不敵ながらも、どこか楽しそうに口角を上げた。


「そうだね。簡単じゃないからこそ、僕たちがここに来た意味があるんだと思う」

 ヤマトはアイクの言葉に静かに頷き、鋭くもどこか澄んだ眼差しで、帝都の広い空を仰いだ。


 三人の胸の中に灯った火は、未知の強者たちの気配と、将軍家が背負う重い歴史を肌で感じたことで、消えるどころか、より一層温かく、そして力強く燃え上がっていった。



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